外来性再感染も含む多剤耐性結核菌による
院内集団感染事例について


露口 一成氏 国立療養所近畿中央病院
臨床研究センター
薬剤耐性治療研究室長.
露口 一成
はじめに
 近年,結核既感染率の低下に伴い結核の集団感染が生じやすい状況となっており,新聞やテレビでしばしば報道されるようになった。今回ここに述べる事例も近畿地区を中心に報道されたもので,56歳男性の多剤耐性肺結核患者が感染源となり,家族1人と看護師2人を含む5人に発病させた院内集団感染事例である。マスコミではあまり詳述はされなかったが,結核に携わる医療従事者にとってはショッキングな事例であった。それは,@従来病原性が弱いと漠然と考えられてきた多剤耐性結核菌による集団感染であったこと,Aうち2名は,全剤感受性結核にて治療中に多剤耐性結核菌の重感染を受けて発病したと考えられること,による。今後の結核感染対策にも影響を及ぼす重要な事例であると思われるのでここに報告する(なお,菌株の検討も加えた当事例の詳細は,後に原著として発表する予定である)。

事  例
患者A(感染源)
 初発患者Aは56歳の男性であり,湿性咳嗽を主訴として平成12年3月27日X病院を受診し,胸部X線異常及び喀痰抗酸菌塗抹陽性のため肺結核として同院入院となった。その際の喀痰培養で結核菌を認め,感受性検査にてINH,RFPを含む多くの抗結核薬に耐性であった。過去に抗結核治療の既往はなく,初回多剤耐性結核と考えられた。当初INH,RFP,PZA,EBによる化学療法が開始され,感受性判明後はCS,EVM,PAS,ニューキノロン剤等による治療が行われたが排菌は持続し改善を認めないため,外科的治療の適応検討のため平成13年6月6日Y病院転院となる。しかし,病巣が左右肺にわたって広く存在するため手術は困難と判断し,PZA,EVM,CPFX(シプロフロキサシン),MINO(ミノマイシン),CVA/AMPC(クラブラニック酸/アモキシリン)等による化学療法が継続されていた。
 平成14年6月,他患者とのトラブルがあり同院入院継続が困難となったため6月12日当院転院となる。転院後化学療法を継続していたが,大量排菌は持続し改善傾向は全くみられなかった。病巣は左右肺にわたってはいたが,空洞は右上葉のみであったため,空洞部分の菌量減少を目的に,平成14年11月19日空洞切開術を施行した。以後現在に至るまで,化学療法を継続しながら空洞部のガーゼ交換を行っており,平成15年6月からは,わずかに空洞の縮小と排菌の減少がみられてきている。初診時より6年余りに及ぶ経過を通じ,大量排菌と激しい咳嗽が持続している。
患者B
 63歳の男性で,55歳より糖尿病があるが無治療であった。結核の既往はなし。平成13年6月より湿性咳嗽,発熱出現し,近医受診にて胸部異常影,喀痰抗酸菌塗抹陽性を指摘されたため7月2日Y病院入院となる。同日よりINH,RFP,EBによる化学療法を開始し,喀痰培養検査でも全剤感受性の結核菌と判明,順調に排菌も陰性化して10月19日退院となる。入院中患者Aとは約3カ月半同室であった(なお,病室は空気感染対策を施した陰圧部屋であった)。退院後は患者Aとは接触はない。退院後,徐々に生活が乱れがちとなり服薬も不規則となった。平成14年2月頃より胸部陰影の悪化を認め,入院を勧められるも拒否していた。4月9日左自然気胸を生じたため再入院となる。その際の喀痰培養にて多剤耐性結核菌を認めた。胸腔ドレナージにより気胸は軽快するも,5月6日に大喀血を生じたため挿管,人工呼吸管理となる。その後一般状態は悪化し,肺内病変の進行を認め6月28日死亡される。
患者C
 53歳の男性で,糖尿病にて治療を受けていた。平成9年10月15日より平成10年4月5日までX病院にて全剤感受性肺結核にて入院加療を行い,排菌陰性化して退院となる。治療継続中の平成12年10月5日から平成13年1月22日まで糖尿病のコントロールのため同院に再入院。この時患者Aと病棟は違ったが,数回の接触歴あり。平成13年9月12日の画像にて右上肺S3に新たな陰影の出現を認め,9月26日の喀痰培養にて30コロニーの結核菌を認めたため,11月1日再入院となる。多剤耐性と判明したため,LVFX(レボフロキサシン),SM,CS,PAS,TH,PZAによる治療を行うも塗抹,培養ともに排菌持続するため平成15年1月23日当院受診,1月24日入院となる。PZA,CS,EVM,CAM(クラリスロマイシン),CVA/AMPCにて現在も治療中である。
患者D
 23歳の女性で,既往歴に特記すべきことはない。平成13年4月より看護師としてX病院結核病棟に勤務しており,患者Aを含む複数の多剤耐性結核患者との接触があった。平成14年に同じ病棟の看護師が結核を発病し,定期外健診にて右S6に結節影を認めたため,肺結核として平成14年6月19日よりINH,RFP,PZA,EBによる抗結核療法を開始された。その後,喀痰培養にて結核菌を認め,感受性検査を行ったところ多剤耐性であったため,手術目的にて平成14年8月20日当院紹介受診,入院となる。CS, LVFX, TH, EVMにて化学療法を行った後に,10月24日右肺S6区域切除術施行。以後化学療法を継続し,平成15年7月現在,経過は良好である。
患者E
 24歳の女性で,既往歴に特記すべきことはない。平成11年4月より看護師としてX病院結核病棟に勤務しており,患者Dと同様に多剤耐性結核患者との接触あり。平成14年5月24日左頚部のリンパ節腫脹あり,生検にて結核と診断され6月14日からINH,RFP,PZA,EBによる治療を開始されるもリンパ節腫脹はむしろ悪化し,胸部X線上も陰影を認めたため,11月6日に気管支鏡施行し結核菌を検出した。感受性結果で多剤耐性と判明したため,12月よりTH,PAS,SMによる治療に変更され,手術目的にて当院紹介入院となる。平成15年3月25日左上区部分切除術施行し,以後化学療法を継続中である。
患者F
 31歳の女性で,既往歴に特記すべきことはない。患者Aの同居家族であり,患者Aが肺結核発病後もしばしば接触していた。平成14年11月より発熱,咳嗽出現し,近医受診にて左肺の異常影を指摘され,X病院入院となり,喀痰PCR検査にて結核菌陽性のためINH,RFP,EB,PZAによる治療を開始される。その後培養菌の感受性検査にて多剤耐性と判明したため,平成15年1月よりEVM,CS,TH,PZA,CAMによる治療に変更され,外科的治療を含めた治療方針再検討のため当院転院となる。転院後も化学療法をそのまま継続したところ陰影は著明に改善し,手術の適応はないと判断されたため退院とし,現在も化学療法を継続中である。

 本事例の6人の患者から分離された多剤耐性結核菌の薬剤感受性は,EVM,CSに対する感受性に少しずつ差はあるものの,いずれもINH,RFP,EB,PZA,SM,KM,LVFX,TH,PASのすべてに耐性を示していた。6人の患者は全員HIV陰性であった。


院内感染を疑うに至った経過とRFLP分析について
 今回の事例発見の端緒となったのは,患者Bが肺結核再発にて再入院となった際の検出菌が,以前に使用していない薬剤に対しても耐性である多剤耐性結核菌であり,しかもその薬剤感受性パターンが患者Aからの検出菌とほぼ同一であることが判明したことである。Y病院でこの2つの菌につきRFLP分析を行ったところ同一菌であるとの結果が得られた。患者Aと患者Bが接触したのは入院中だけであったので,患者Bが感受性結核にて治療中に患者Aの菌による再感染を受けたことにより,多剤耐性結核を発病したことがほぼ確実となった。その後,患者Aと接触歴のある多剤耐性結核患者C,D,E,Fが当院入院となり薬剤感受性検査がほぼ一致したことより,全員が同一菌による感染である可能性を疑いRFLP分析により確認した(図1)。
 以上より,今回の事例が多剤耐性結核菌による院内集団感染であることが明らかとなった。時間的な経過より,患者Aが感染源であり,患者B,Cは感受性結核治療中に再感染を受け,患者D,Eは病院内で感染を受け,患者Fは家族内で感染を受けてそれぞれ発病したものと考えられた(図2)。

考  察
図1 患者6名のRFLP分析結果
患者6名のRFLP分析結果1,2 患者F
3  患者B
4  患者D
5  患者C
6  患者A
7  患者E
*大阪府立公衆衛生研究所 田丸亜貴先生に依頼
図2 治療経過図(患者間の関係)
治療経過図(患者間の関係
 本事例は,多剤耐性結核菌による院内集団感染事例である。耐性結核菌は従来から病原性が弱いのではないかと考えられてきた。これは,INH耐性菌ではしばしばカタラーゼ活性を欠き動物実験において感受性菌より増殖が劣ることなどから推定されたものである。 その後,Sniderらの報告により,INH/SM耐性菌と感受性菌では感染リスクに差はないことが示された1)ものの,感染した後の発病リスクには差があるのではないか,短期間に多数の患者を発病させる集団感染などは起こしにくいのではないか,と考えられてきた。実際,多剤耐性結核菌による集団感染はアメリカを中心に近年多くの報告があるが,そのほとんどは免疫の極度に低下したHIV感染者におけるものである。また,HIV感染の未だ少ないわが国においてはこれまで2事例の報告があるのみである2) 3)。今回の事例では,約3年間の間に5名に多剤耐性結核を発病させている。全員HIV陰性者で,しかも3名は若年健康女性であった。このことからも本事例の結核菌は病原性の強い菌であったと考えられる。
 さらにこの菌の強い病原性を示唆するのは,患者Bと患者Cの2名において,感受性結核治療中に重感染して多剤耐性結核を発病させていることである。通常の成人型肺結核症の発症については,最初に感染した菌が再び増殖することによる内因性再燃と,新たに別の菌が感染することによる外来性再感染とがある。従来わが国では,ほとんどが内因性再燃によるもので,再感染はほとんどないとの考えが主流であった。近年のRFLPを用いた解析によりHIV感染者ではしばしば再感染が生じており4),さらにHIV陰性者でも再感染発病があり得る5)ことがそれぞれ報告されているが,免疫の低下していないHIV陰性者では一般に再感染はまれなことと考えられている6)。本事例の患者Bと患者CはHIV陰性であるにもかかわらず再感染を受けており,しかも感受性結核に対する治療中に感染したという点が注目に値する。同様の事例は,INH・SM耐性結核で治療を受けていたHIV陰性患者に多剤耐性結核菌が重感染したという報告が一例あるのみである7)。
 従来我が国では,多剤耐性結核患者と感受性結核患者を同室にすることがしばしばあり,また結核病棟に陰圧設備を備えるようになったのはごく最近のことであるにもかかわらず,今回のような事例の報告はない。従って本事例は,病原性の強い多剤耐性結核菌による例外的な院内集団感染と考えられる。しかし菌を検出した段階で病原性の強さを推定することは不可能であるため,すべての多剤耐性結核患者は陰圧設備のある個室隔離が望ましい。さらに言えば,入院当初は薬剤感受性が不明なので,すべての排菌陽性結核は,感受性が判明するまでは個室隔離が望ましいということにもなる。今後の結核病床のあり方として,感受性不明の患者及び多剤耐性結核患者は陰圧設備を持つ個室に収容し,一方で感受性と判明し治療が軌道に乗った患者は早期退院させるなど,より感染対策上実効性のある対応が求められる。

文献
1) Snider DE Jr., Kelly GD, Cauthen GM, et al.: Infection and disease among contacts of tuberculosis cases with drug-resistant and drug-susceptible bacilli. Am Rev Respir Dis. 1985; 132: 125-132.
2) 尾形英雄,杉田博宣,小林典子他. 家内工場で発生した多剤耐性結核の集団感染. 結核1997; 72: 329
3) 佐々木結花,山岸文雄,水谷文雄他. 中高年者を中心に生じた多剤耐性結核菌による集団感染事例. 結核1999; 74: 549-553
4) Small PM, Shafer RW, Hopewell PC, et al.: Exogenous reinfection with multidrug-resistant mycobacterium tuberculosis in patients with advanced HIV infection. N Engl J Med 1993;328:1137-44
5) van Rie A, Warren R, Richardson M, et al.: Exogenous reinfection as a cause of recurrent tuberculosis after curative treatment. NEngl J Med 1999;341:1174-9
6) Bates JH. Reinfection tuberculosis: how important is it? Am J Respir Crit Care Med 2001; 163: 600-601
7) Nieman S, Richter E, Rusch-Gerdes S et al. : Double Infection with a Resistant and a Multidrug-Resistant Strain of Mycobacterium tuberculosis. Emerg Infect Dis 2002;6;548-51

updated 03/11/25