世界から見た日本の結核対策

        1月15〜20日,日本の結核対策合同レビュー            
   
           結核研究所国際協力部企画調査科長 
須知雅史        

平成13年 1月15 〜20 日の6日間,海外から招いた結核の専門家を中心にチームが編成され,東京都清瀬市にある結核研究所において,日本の結核対策の合同レビューが行われた。この合同レビューを事務局の一員としてお手伝いしたので,概略を報告する。

合同レビューとは

 合同レビュー(Joint Review )を一言で言うと,「国内外の結核の専門家により,現行の対策の現状分析を行い,必要な改善策を探る」となろう。もともとは,多くの開発途上国にDOTS戦略を導入するために,世界保健機関(WHO )によって積極的に実施されてきた。1990 年代の前半,WHO がDOTS 戦略を積極的に各国に売り込む際,まず合同レビューを行い,現状分析を基にそれぞれの対策の改善点を示し,そしてその改善のためにDOTS 戦略が有用であるという提言を行っていった。しかし今回のように,日本のような先進工業国で合同レビューを行った例はなく,結核新登録患者数が逆転上昇に転じ,緊急事態宣言が出された現在の日本で実施されることは,非常にタイムリーであり意義が深い。

合同レビューには主に3 つの目的がある。1,その国の結核問題の大きさを把握し,2,現行の対策の政策と方法が,結核問題改善に適切であるか評価し,3,現行の対策の向上のために対策の組織,技術,運営の改善を促進すること,の3点である。そして合同レビューを実施することにより,1,国家結核対策の有効性の向上,2,結核の現状に対する認識を深め,政府の結核対策に対する積極的な関与の強化,3,結核対策に対するNGO,民間組織を含む共同体の設立,4,合同レビューに参加したスタッフの問題解決と監督能力の向上などが期待できるとしている。

今回の合同レビュ―の目的、メンバーと方法

 今回の合同レビューは,日本の結核問題とその推移,そして結核対策の組織,政策,方法論と人的資源を詳細に分析し,現在の対策の成果と問題点,そしてその問題の根底にある原因を明らかにし,今後の日本における結核対策の戦略と方向性を提言することを目的として行われた。
 メンバーとして,4 名の海外の結核の専門家が招かれた。1,現在最も効果的な結核対策と言われるDOTS 戦略を推奨するWHO (Dr.Jacob Kumaresan ,WHO ストップTB パートナーシップ事務局長),2,1980年代後半の結核の逆転上昇と,それに引き続く強力な対策の導入とそれによる再減少を経験した米国(Dr.Lee B.Reichman ,ニュージャージー医科大学国立結核センター所長),3,日本と医療システムが似ており,また,今後日本でも問題となるであろう移民の結核と,ヨーロッパの結核対策ネットワーク構築に尽力してきたドイツ(Dr.Michael Forssbohm ,ヴィースバーデン市公衆衛生局感染症対策部長),そして4,高い治癒率を達成し薬剤耐性頻度を減少させることに成功した韓国(Dr.Young Pyo Hong ,大韓結核協会会長)からであった。韓国のDr.Hong は,長年結核研究所の国際コースの講師を務めるなど,日本の結核対策に精通していることも,招かれる理由となった。日本からは,結核研究所の森所長と,石川副所長が合同レビューチームに参加した。



日程及び内容の概要

1 月15 日から20 日までの6 日間,結核研究所において,「再興感染症としての結核対策確立のための研究」班(主任研究者 森亨),結核研究所,そして国内の大学並びに医学研究機関の研究者と合同レビューチームのメンバーが,日本における結核の疫学,疾病対策と結核対策に関連する政策,そして日本の結核の現状に影響する主な要因について詳細な検討を行い,勧告を含む報告書を取りまとめた。
 前半の1月15 日と16 日の2 日間(1 ,2日目)は,厚生労働省健康局中谷比呂樹結核感染症課長をはじめとする日本側から,日本の結核対策についての資料提供と発表が行われた。一部の資料については,事前に海外の専門家に送付してあり,1 週間という短期間で効率的に合同レビューができるようにした。そして,それらの発表を基に,作成する報告書の枠組みが検討された。また,1 月17 日(3 日目)には,2 チームに分かれて,結核対策に関係する近隣の病院,保健所,医院を訪問し,職員や患者への面接が行われ,対策の現場からの情報収集が行われた。そして,1 月18 日と19日(4 ,5 日目)には,これらの観察と先の研究者や国内の様々な結核専門家,保健従事者との協議を基に,合同レビューチームとしての日本における結核対策の今後の方向性,政策,そして戦略に関する勧告を含む報告書案がまとめられた。翌1 月20 日(6 日目)は,報告書案の勧告やその表現の妥当性など細部の検討が行われ,報告書を完成した。

報告書の概要

 先にも触れたが,日本の結核とその対策に対する,海外の結核対策専門家による系統的な合同レビューは今まで実施されたことはなく,他の欧米先進工業国においても例がない。今回,WHO ,米国,ドイツ,韓国から,それぞれの機関で対策をリードしている専門家を招き,日本の結核対策の合同レビューが行われたことは,今後の日本の結核対策の政策と方向性を考えていく上で大きな意義を持つ。
 報告書では,まず日本の結核の現状を分析し,1,患者発見率はWHO の推計の70 %以上であること,2,地域格差が大きいこと,3,結核患者に占める高齢者の割合が急速に増加していること,4,ホームレスや,結核高蔓延国からの外国生まれの人々のような,特定のリスク集団に集中する傾向が見られること,5,多剤耐性結核とHIV 結核は現在ではまだ大きな問題ではないが,今後注意が必要であることなどを明らかにした。
 そして,対策について合同レビューチームは,現在までの日本の結核対策が,極めて勤勉で経験豊かな人々によって提供され,保健サービスの優れた基盤と潤沢な資金によって支援され,過去において日本の結核の状況について目覚ましい改善をもたらした点をまず指摘している。しかし,現行の結核対策が,主要抗結核薬やDOTS 戦略などの近代的対策が現れる以前の1951 年に確立された結核予防法を基本としている点を指摘し,日本の結核対策活動がそれらの法律と伝統的慣習に大きく依存していることも指摘している。その上で,保健制度と結核サービス,患者発見,治療,予防活動,サーベイランス,結核に関する研修とアドボカシー,オペレーショナル・リサーチの各領域に関し,長所及び課題について現状分析を行った上で,21 項目の勧告を提言した。
 勧告について合同レビューチームは,「過去において,日本の国家結核対策は結核の状況について目覚ましい改善をもたらした。どのような対策にも変革の導入は,しかしながら,特に対象となる対策が過去に非常によく機能している時,抵抗と,あるいは痛みを伴う。従って,現在の疫学,保健サービスの環境,そして最も重要なことであるが,DOTSを含む結核を制圧するための新しい介入を考慮しつつ,国家結核対策を徹底的に評価し,政策を変更することは非常に時宜に合ったものである。合同レビューチームが以下に示された勧告を,日本の当局に配慮を求めるため提出するのは,この目的のためである」と報告書の中で位置づけている。

今回の合同レビューに対する私見

 今回の合同レビューでは,日本の現在の結核対策に対し,過去から現在までの努力と貢献を非常に高く評価しつつも,かなり辛口の批判がなされた。誤解を恐れず言えば,海外の結核対策専門家は,現在の結核予防法が「時代に即していない」と指摘し,その上で患者発見や治療,様々な領域での課題を指摘し,勧告を提言した。例えば,個人的には様々な理由があると思うが,不必要に長い入院と治療期間,初期強化療法期間におけるPZA の採用の不徹底,無差別的に実施されている非効率的な若年者への定期検診などが,課題として指摘された例である。
 合同レビューの一般的な目的の一つである「現行の対策の向上のために対策の組織,技術,運営の改善を促進すること」とは,要は変革を求めることである。それは,今回の合同レビューの報告書にも記されていることは,先に引用したとおりである。今後の日本の結核根絶に向けて,先に行われた緊急実態調査や様々な研究の成果,そして多くの対策従事者の声を踏まえて,この合同レビューの勧告を実践するよう努力し,日本の結核対策のさらなる向上につなぐことが必要ではないか。今回の合同レビューに事務局の一員として参加し,考えた次第である。


Updated 01/07/23