最前線で結核と闘う医療従事者に焦点を

Frontline TB Care Providers:  Heroes in the Fight Against Tuberculosis

世界結核デー」(World TB Day)は1882年3月24日のコッホによる結核菌発見の発表を記念し,世界の結核根絶への誓いを新たにするために1997年制定され,それ以降,毎年3月24日前後に世界でイベント等が実施されています。我が国の結核予防全国大会もそのためのイベントとして開催されています(本年は4月に千葉県で)。この世界結核デーの統一テーマについて,ストップ結核パートナーシップ本部は,2005年は「結核根絶のために最前線で闘っている医療従事者とその結核対策における役割」に焦点を当てることとしました。そのねらいや意義についてご紹介し(出典:ストップ結核パートナーシップ Briefing Note 1: World Stop TB Day 2005.国連開発計画ミレニアム開発目標 http://www.undp.or.jp第7回ストップ結核調整委員会報告書),多少の解説をしたいと思います。


世界ストップ結核デーのねらいと意義

「ストップ結核パートナーシップ Briefing
Note 1: World Stop TB Day 2005.」和訳(抜粋)

背景

 世界結核デーは,結核根絶のために,世界,地域,国,地方など様々なレベルの人々を巻き込みながら,「結核は世界で年間200万人もの犠牲者を出しているが,必ず治癒できるのだ」,というメッセージを発信し,多方面から結核対策への支援を得るための絶好の機会となっている。

  • 世界結核デーの目標及びテーマは,世界中の結核対策関係者やパートナー(国や援助団体)にとって普遍性があり,分かりやすく,かつ使いやすいものでなくてはならない。
  • これまで世界結核デーでは「統一標語」を作ってきたが,しばしばそれを各国語に翻訳するのが難しかったり,また国によって考え方もしっくりしないことがあった。そのため統一標語は奨励しないこととした。ただし各パートナーは,それぞれの状況に合った標語を作成することが提案されている。結核・HIVの二重感染に対する患者運動が活発に行われており,そのなかでストップ結核キャンペーンに患者の声を反映し,患者を巻き込んだ運動を世界結核デーの活動計画に取り入れていくことが提案されている。
  • 2005年は世界目標(注1)の期限の年であり,またより長期的な目標である2015年のミレニアム開発目標(注2)との関連を考慮して「世界結核デー」を「世界ストップ結核デー」として打ち出すこととした。
  • 2005年は年間を通じてアドボカシー活動(戦略的普及啓発活動)を行う機会がいくつかある。ストップ結核第二次世界計画 (2006年〜2015年)の開始,国連ミレニアム開発目標のタスクフォース報告書の発表,ミレニアム開発目標を重視しているG8サミット会議,NGOミレニアムキャンペーン等々。世界ストップ結核デーはこれらと連携した企画を行うべきである。

1.世界目標:はじめWHOがDOTSの基準として設定し,後にストップ計画パートナーシップが正式に2005年までに達成すべき[世界目標]として制定した。発生する塗抹陽性肺結核患者の70%以上を発見し,その85%を治癒させる,これを2005年までに達成すれば世界の結核は遠からず減り出すであろう,としている。

2. ミレニアム開発目標:2000年9月ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の加盟国は,21世紀の国際社会の目標として「国連ミレニアム宣言」を採択した。このミレニアム宣言は,平和と安全,開発と貧困,環境,人権とよい統治,アフリカの特別なニーズなどを課題として掲げられ,21世紀の国連の役割に関する明確な方向性を示した。そして国連ミレニアム宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し,一つの共通の枠組みとしてまとめられたのが「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals,MDGs)である。「すべての人々に発展を」(“Development for All")のかけ声で国連事務総長の直属プロジェクトとして始められたミレニアム開発目標のための開発計画は,その健康領域のなかに結核の分野を含んでおり,これまでのDOTS拡大の実績の傾向分析・推定と将来予測によって2015年までに結核有病率・結核死亡率を半減することなどが目標として設定されている。

ストップ結核パートナーシップでは,2005年の世界ストップ結核デーは「結核根絶のため最前線で結核と闘う医療従事者及び彼らが担う役割」に焦点を当てる。

この10年間で1600万人が結核の治療を受けてきた。そして医療従事者や服薬確認者の献身的な努力により何百万もの命が救われている。世界には以下のような結核根絶のための強力な組織がある。WHO,ストップ結核パートナーシップ,技術的支援機関,世界銀行,世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM),資金提供団体,抗結核薬製造・販売業者,保健省,国家結核対策担当部局,病院,診療所,検査機関などである。これらの組織による活動の最終的な成否は,結核患者を診断・治療・支援し,年間300万人を治癒に導いている医療従事者及び服薬支援に携わっている保健ボランティアの手にかかっている。

このような結核対策における無名の英雄としては,草の根レベルの公衆衛生スタッフ,検査技師,ボランティア,刑務所の医師,開業医や薬剤師,商店主,学者,学生,患者自身,そして多くの場合隣人の幸せを考える一般の人々がいる。このような人々を広くたたえるべきである。

同時に,いまや多くの結核負担国で医療従事者不足の危機が高まり,過去10年間に得られた進歩が損なわれかねない状態になっている。このことを政策決定者に訴えるべきである。さもなければミレニアム開発目標の達成はおぼつかないであろう。

結核根絶のために今日までかなりの進歩があったが,まだ十分とは言えない。有効な治療法が開発されてから50年たった現在でも毎年900万人が結核を発病し,200万人が死亡している。世界保健総会では「2005年末までに推定される世界の全結核患者の70%を発見し,その85%を治癒する」という世界目標が設定された。さらに,この目標を達成するためにストップ結核世界計画 (2001年〜2005年)が策定された。しかし,明年刊行される予定の2003年WHO報告のデータによれば,患者発見率はいまだに44%,治癒率も81%と目標は達成されていない。DOTS実施地域が100%になったとしても,よほどの創造的な新たな努力がない限り患者発見率は50〜60%にしかならないと推定されている。

 このような時に2005年の世界ストップ結核デーにおいて医療従事者に焦点を置く理由は次の通りである。

  • この世界的な感染症との闘いにおける人的要素に重点を置くことによって,人間的な努力を重視する。同時に,医療従事者が取りもつ患者と医療側の関連,地域と医療ケアの接点の重要性に注意を向けるものである。
  • 患者の治療へのアクセスを拡大するうえで,結核対策としての貧困者対策の強化,公的機関と私的医療機関との連携の向上,結核対策とエイズ対策の協調などは,最も決定的な戦略である。これらの戦略はいずれも第一線の対策従事者の士気と動機づけに密接に依存している。
  • 治療や診断,ワクチンの開発のための努力が現在加速されつつあり,これらによる問題の解決への見込みは明るくなってきたとはいえ,第一線の医療従事者が,地域で,特に最貧階層や脆弱な人々にサービスを提供する上の重要な接点であることに変わりはない。
  • 2015年までに結核の有病率及び死亡数を半減させる」という国連ミレニアム開発目標達成のための枠組みを記している「ストップ結核第二次世界計画 (2006年〜2015年)」は2005年後半に開始されることになっている。この計画のなかで,医療に携わる労働者に関する問題点が重要な要素になっている。

  • 世界中で毎年300万人の結核患者を治療している第一線の医療従事者の懸命な働きについて認識する。
  • 現在進行中の医療従事者不足の危機について注目する。これは2015年のミレニアム目標に悪影響を与えかねない。
  • 2005年の世界目標を達成することの緊急性を強調し,また結核との闘いにおける社会的関与を強化するために市民社会を動かす。
 上の理由とテーマに基づき,我々はすべてのパートナーがそれぞれの立場で,キーとなるメッセージを策定し,標的とする対象集団を明確にすることを提唱したい。とりわけ,結核医療従事者と患者の個人的な意見表明を取り入れたメッセージと運動計画を,各パートナーの戦略の核として作成することを奨励する。さらに作られたメッセージや計画をストップ結核パートナーシップ本部に送って頂ければ,そのアイデア集を当本部ホームページに掲載し,広範なストップ計画運動で共有できるようにしたい。



 2005年は世界保健総会で設定された世界目標達成の最終期限の年です。世界の結核対策関連機関(途上国,先進国,援助国−被援助国,国際機関,民間団体等々)を糾合した「ストップ結核パートナーシップ」が構築されて以来,世界結核運動がいちだんと強化され,その下でDOTS拡大,結核/HIV対策,DOTSプラス(多剤耐性結核),抗結核薬開発,結核診断開発,結核ワクチン開発等の作業部会が目標達成のためにさまざまな戦略を立て活動を展開しています。WHOは独自の結核対策活動を行いながらも,このパートナーシップの事務局として重要な役割を担っていますが,パートナーシップは組織や財政のうえであくまでも独自の世界運動体です。

やはりWHOが事務局を受け持つ国際機関である「世界抗結核薬基金(Global Drug Facility, GDF)」は,貧困国の結核患者に良質で低価格の抗結核薬を配布する仕組みを短期間で構築し成果を上げています。さらに国連の肝煎りで「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)」という新しい強力な資金提供機関が活動を開始し,これを通じて多くの途上国,援助機関,NGO等がエイズ,結核分野に参入するようになりました。結核はこの基金額の15%を受けています。これらの動きは,お金がないから,薬がないから対策が進まない,というこれまでの途上国の悩みにズバリ応えようとするものです。
 
 ところがそうなってみて改めて気づかされるのは,そういう国や地域に足りないのはモノ(資金や薬)だけではなく,それらを動かすヒトや技術,つまり「人的資源」だということでした。また技術そのものとは別に,結核の場合には,感染の危険からくる職業上の偏見や不人気や賃金が低い,あるいはインセンティブが少ないといったことのため,なり手が少ない,有能な職員がよそに流出してしまうという国も少なくないようです。

これに対してWHOはISACイニシアチブ(Intensified Support & Assistance Country)というプロジェクトを開始しました。援助されたモノを効果的に使う技術面の支援を強化しようというものです。日本が40年にわたって続けてきた国際研修のような「人材育成」が,今更ながら,結核対策の非常に大きな課題になってきています。今回のテーマが医療従事者への注目を採り上げた大きな動機がここにあります。

途上国の結核対策を難しくしているその他の原因にエイズ問題があります。結核と密接な関係にあるエイズ対策にはさらに国連エイズ対策本部(UNAIDS)とWHOが「3 by 5(スリーバイファイブ)イニシアティブ」(2005年までに300万人にエイズ治療薬を)という運動を開始し,これによってこれまでは望めなかったエイズ治療薬が大量にエイズ蔓延途上国に入ってくるようになっています。多くのアフリカの国々やアジアの一部地域のようなエイズ蔓延地域では,結核患者の少なからぬ部分(国によりますが10〜80%)がエイズで,結核対策にはエイズ対策の連携は必須です。これまではエイズ治療薬は途上国では使えない,という理由から結核対策はこの問題を避けてきたようなところがあるのですが,これからはそうはいかなくなります。これにはますます有能な人材が必要になります。

ストップ結核パートナーシップは,2015年国連ミレニアム開発目標を自らの目標と定めました。この目標に向けて,ストップ結核パートナーシップにアドボカシー(戦略的普及啓発活動)作業グループが新たに設置されました。今後は国際社会の中だけでなく,国レベルでもこのアドボカシー戦略の作成が重要となるでしょう。このグローバルなアドボカシーである世界ストップ結核デーに,医療従事者問題が採り上げられたことを受けて,日本でもこの問題を日本の問題として考え,それを国内のアドボカシー活動につなげていき,世界に連帯することがますます望まれています。



2004年世界結核デー 呼吸するたび唱えよう、「ストップ結核!」もご覧ください。

2003年世界結核デー 「あなたもDOTSできっと治る、私のように」



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