院内感染対策<2>
−特に施設面について

結核予防会複十字病院副院長 中島由槻

 結核院内感染対策における施設面での対応について具体策を述べ、さらに結核予防会複十字病院におけるいくつかの改修点について述べた。施設に関しては、新築であれ改修であれ、病室であれ急患室処置室であれ、(前室付)陰圧室とし、高換気、HEPAフィルターユニットによる室内循環換気システム、HEPAフィルター付室内浄化ユニット、紫外線ユニットの諸設備の有効な組み合わせで室内の空気浄化を達成する。一般病院、保健所等においては、前述の空気浄化対策のある室を、病室、外来に少なくとも各1室確保する。さらに外来では採痰ブースを設置する。 今後結核病棟においても、排菌患者を収容する同様の前室付陰圧室の設置が望ましい。複十字病院では、陰圧の外来待合い、診察室、非結核病棟内高換気処置室、MDR手術用の陰圧空気浄化対策済み個室、陰圧手術室等を改修または新築で設け、さらに外来に採痰ブース、内視鏡室にHEPAフィルター付室内浄化ユニットを設置した。今後結核病棟、細菌検査室の改修を予定している。

 

はじめに

 前号「結核院内感染対策1」では空気感染である結核の感染経路をいかに遮断するかという観点から、その原則論を述べた。ここではそのうちの細菌性浮遊飛沫核に対する具体的な空気浄化システムについて考察し、最後にニューヨーク市ベルビュー病院やわれわれ結核予防会複十字病院において施行された施設面での対策を示す。

 

1.新たに施設を作る場合

1)病室
 室内の陰圧を維持し空気が室外へ漏れないようにするために、出入口、窓などをできるだけ気密性の保てる構造にする。出入口には適当な広さの(ストレッチャーでの患者移送が可能な程度で奥行きは約1mくらいでよい)陽圧の前室を設けられれば理想的である。もし場所やコストの点から前室を置けない場合は、出入口のドアは開く動作中もドア内外の圧差が保たれ、かつ外からうちへの気流が維持されやすい引き戸にすべきである。
   なおICUに陰圧室を設置する場合は前室は不要である。なぜなら、ICUは準クリーンルームとして通常陽圧に設定されていて、その中の陰圧室は必要な換気回数をもった単独排気システムと引き戸であれば、室内の空気浄化がなされ、かつ陰圧室外のICU内へ空気は漏れないからである。
 給排気口の位置としては、可及的に出入口に近い部分から患者ベッドの頭部に近いところへ、一定の方向へ気流が流れるように設置する。換気能力は1時間に12回程度の室内気の入れ替えができるシステムとするが、熱効率を考え新鮮空気の取り入れは1時間に4回分とし、残りはHEPAフィルターを排気ダクト内に設置した循環換気システムとする。換気量のうち循環しない分の排気は屋外への単独排気とする。排菌患者が常時居室する病室では、個室であろうと大部屋であろうと、室の広さに見合った換気能力とHEPAフィルターを正しく選択すれば、以上のシステムで十分である。

2)急患室、処置室、気管支鏡室等
 排菌患者の一時的収容場所である急患室、処置室、気管支鏡室などでは、居住性、熱効率等は病室ほど考慮しなくてもよい。これらは室の性格上人の出入りが激しく、常時陰圧を保つのが困難であるが、汚染された空気が極力室外へ漏出しないよう出入口は密閉構造にする。換気は室内の空気の流れが一定になるように給排気口を設置し、排気は屋外への単独排気とする。排菌患者の収容が一時的であるので、循環ダクト内にHEPAフィルターを置く換気循環システムはコストが高いかもしれない。結核排菌患者の収容中、処置中は出入口を密閉し、 1時間12回以上の換気を行うか、または1時間6回の換気+ユニットの運転(1時間に30回の循環通過)でよい。また排菌患者が退出した後は、上記の換気とHEPAフィルター浄化ユニットの使用、天井から下げた紫外線ユニットの使用で、1時間後には室内の空気は十分浄化されているはずである。もし外来で結核排菌患者を診療する機会が多ければ排菌の疑いのある患者をTriage(選別)した後、外来の一画に設置した前述の高換気で陰圧の待合室と診察室を使用すればよい。採痰室、ネブライザー室の基本構造は上記処置室等と同じと考えるが、小スペースの移動式採痰ブースがわが国でも最近作られている。

3)細菌検査室、病理解剖室
 結核菌を扱う可能性のある細菌検査室には、屋外排気のクラスUB型安全キャビネットの設置は必須である。検体の処理はすべて安全キャビネット内で行われなければならない。安全キャビネットが正しく使用されている限りは、結核菌の感染対策はまず必要ないと思われるが、念のため室内の空気浄化対策はしておいてもよい。さらに結核菌の取扱件数が多い検査室や、多剤耐性患者を扱う施設の細菌検査ではP3レベルのバイオハザード対策が望まれる。病理解剖室のバイオハザード対策については、日本病理学会の指針がある。

 

2.既存構造を改築する場合

 排菌患者が常時居室する病室は、理想的には「1.」で述べたものと同じ構造にできればよいが、室内を陰圧にしかつ排気ダクト内にHEPAフィルターを組み込んだ循環システムを、既存の構造に組み込むのは困難な場合が多い。そこで最低限必要なことは、@室の気密性をできるだけ保てるようにする、A換気システムは1時間に6回程度(そのうち2回分は屋外気を取り入れる)の換気ができるものとし、室内気は単独で屋外に排気されるか、中央換気システムに循環せざるをえない場合は室からの排気ダクト内にHEPAフィルター(できれば紫外線ユニットも)を設置する、 B室内の天井または壁の上部にHEPAフィルター内蔵の循環式室内浄化ユニットを設置する、Cさらに天井吊り下げ式紫外線ユニットを追加してもよい。これらの処置によって結核菌の浮遊飛沫核はかなり除去されるはずである。
 排菌のある肺結核、または肺結核が疑わしく排菌の恐れがある患者を一時的に収容する急患室や処置室、ICU、内視鏡室等での結核菌による空気汚染を完全に回避することは不可能である。一方、これらの諸施設の陰圧化、換気システムの改造等にかかるコストは、膨大なものになろう。そこで以下のことを提案する。

 

3.結核病棟のない一般的医療機関、保健所における具体策

 まず自分の医療機関に年間どのくらいの結核患者が訪れるか、リスクアセスメントをする必要がある。それによって月々の結核患者を扱う数が分かり、どの程度の対策を要するか予測が可能である。しかしながら現在排菌陽性結核患者は年間約1万8,000人であり、地域差を考慮したとしても一般的医療機関であれば、多くても月に数例の排菌患者に遭遇する程度であろう。そしてそれらの患者の大部分は、結核と診断された段階で直ちに隔離施設へ転送または収容される。したがって、排菌患者が診断未確定で救急に来る場合の頻度の少なさを考慮すれば、そのような患者を特別に収容する、先に述べた結核菌対策を施した室(天井吊り下げ式紫外線照射ユニットも併用)を外来部門に1室、病棟、ICU部門に個室1〜2室準備すればよいであろう。
 すなわち、症状、経過、胸部単純XPで肺結核が疑わしい患者であれば、直ちに喀痰検査をすると同時に、患者にサージカルマスクを着用させ前述の別室に収容し、職員も高性能フィルターマスクを着用して診察や口腔内吸引、緊急気管支鏡、挿管等を含む救急処置を行う。患者の状態が一般病室への入院でよければ、排菌患者用の病室に収容し、ICU管理が必要な状態であればICUに併設した排菌患者用の個室に収容し、患者の状態が落ち着いたら排菌患者用の病室に移す。 さらに病棟内で排菌患者、または排菌疑いの患者に対する救急を含めての種々の処置(挿管、気管支鏡を含む)を要する場合も、必ず排菌患者用の個室を使用する。以上の対策によって、結核菌浮遊飛沫核の拡散はかなり防げるはずである。なお外来の待合い部門には、咳痰患者を待機させる換気のよいスペースを作る必要があるかもしれない。
 また気管支鏡検査に際して内視鏡室、透視室を使用するときは、@排菌または結核疑い患者の気管支鏡検査を安易に行わない、Aやむをえず行う場合は順番の最後に行う、B気道麻酔はキシロカインの喉頭散布ではなく、咳反射の少ないキシロカインネブライザー吸入法にする、C施行時から施行後1〜2時間はできるだけ室を締め切って、換気、HEPAフィルターユニット、紫外線ユニットを使用して室内気の浄化に努める、D換気システムが不十分であれば、室内気を循環させながらHEPAフィルターユニットと紫外線ユニットを最大限働かせる、等を励行すべきである。なおこれらのことは、咳を誘発する可能性のある上部消化管内視鏡検査に際しても留意すべきである。
 また喀痰細菌検査の頻度の多い施設では、空気浄化対策のなされた採痰ブースを外来その他に1〜2個設置する必要があろう。
結核病棟における問題点は、@結核病棟と一般病棟境界部の管理、A感染性(排菌)患者と非感染性(排菌停止)患者との選別、B多剤耐性慢性排菌患者への対応、C長期間療養生活を送らなければならない患者のアメニティ、D感染の機会の極めて高い看護婦、ヘルパー等病棟職員の感染防止、などであろう。

1)結核病棟と一般病棟境界部の管理
 結核病棟と一般病棟境界部は、結核病棟が建物として全く独立してあれば別として、結核病棟の空気が一般病棟に流れ込まないなんらかの対策が必要である。しかしながら結核病棟全体を陰圧化することは不可能なので、結核病棟の通常の出入口を1カ所にして、一般病棟との境界部のそこに陰圧の前室を設けることが勧められる。もちろん、結核病棟の換気は独立排気である。 

2)感染性患者の収容について
 初回治療の95%はINH・RFPを含む3〜4剤による強力化学療法開始後2〜3週間で菌量が1/100以下まで減少し、急速に感染性が減少すると言われている。したがって、その約3週間程度の間は先に述べた空気浄化対策のなされた室内に収容し、患者および職員もそれぞれ必要なマスクを装着して対処する。その間できるだけ患者が室外へ出るのを防ぐために、収容する室内にはトイレ、シャワー、テレビ、電話等、患者のアメニティを考慮した配慮が必要である。 そして感染性がほぼ消失したと思われる時点で結核病棟内の一般病室に移せばよい。このような空気浄化対策のなされた病室を結核病棟内にいくつ設ければよいのかについては、その結核病棟への排菌患者の年間入院患者数から、個室数床で対応できるか、さらに大部屋を必要とするか決まってくるであろう。

3)多剤耐性慢性排菌患者への対応
 INH・RFP耐性の多剤耐性肺結核患者は現在日本全国で年間約80人程度発生し、累積患者数として約1,500〜2,000人存在すると言われている。(2))これらの患者は長期入院生活を強いられており、入院生活への不満から病棟外、院外への外出が頻繁で、その管理に難渋しているのが現状である。一方、多剤耐性結核菌による集団感染、院内感染の報告も多くなり、これらの対策が急務となってきている(2))。 ただし、正しい結核の治療とDOTSなどを活用した服薬の貫徹で発生が激減することは、ニューヨーク市の経験でも明らかである。また新しく発生する多剤耐性肺結核患者のおそらく半数程度は、他の薬剤による化学療法や外科療法で排菌を止められると推定されるし、また現在療養中の患者においてもその一部は外科療法で排菌を停止せしめえると思われる。したがって、今後このような多剤耐性菌患者がどの程度累積していくかは予測しにくいが、外科的治療を含めた集学的治療で可及的に排菌を止める努力をした後でも排菌の止まらない患者の入院の長期化は、現在の日本ではやむをえない。この場合は長期の入院生活の、言い換えれば病院で生活するための配慮が必要となる。
 一般に長期間単独で居室する場合のストレスは相当なものがあり、もしこのような患者が数人いれば先に述べた空気浄化対策済みの大部屋で居室させるのがよいと思われる。もちろん室内の患者のアメニティを配慮した諸設備の設置、出入口(引き戸)の閉鎖、室に入るときのマスクの着用は当然であるが、ただ閉塞感をできるだけ和らげるために、出入り口を透明にする等なんらかの工夫が必要であろう。
 なお個体の細胞性免疫が正常であれば結核の再感染はないのであるから、一般的に耐性菌患者と感性菌患者を同室にしてもよい。したがって、長期間の入院に配慮した多剤耐性菌患者用の大部屋を数室作り、通常の感性菌患者をその排菌期間中の2〜3週間のみそこに収容することが、病室のもっとも有効な活用方法であると思われる。

4)長期間療養生活を送らなければならない患者のアメニティ(略)

5)感染の機会の極めて高い看護婦、ヘルパー等病棟職員の感染防止
 種々の病室対策を施行しても、結局患者は室外へ出てくるのが常である。排菌患者にマスクの装着を徹底させるにしても、場所によってはなんらかの空気浄化対策が必要であろう。特に病棟内で吸入、排痰訓練、気管支鏡、挿管等の処置をする処置室は陰圧にして厳重な空気浄化対策を施行すべきである。その他廊下や食堂等は換気回数を増やすことが求められるし、看護室、看護準備室は陽圧(室内に給気され廊下等室外へ排気される構造)にすべきであろう。

 

5.結核予防会複十字病院における施設の改造について

 平成9年後半から10年前半にかけて、複十字病院では手術室、理学療法室、呼吸器外科病棟、整形外科病棟を含む建物を新築し、併せて建築以来20年経過した本館建物のうち、非結核呼吸器診療を中心とした病棟および外来部門の改修を行った。以下、この機会に当院において施行されたいくつかの改善策について提示する。

1)外来
 外来は結核菌の排菌患者がそれと気づかずに、または結核として紹介された未治療の患者が隔離される前に、一般の患者に混じって同一領域内で待機しまたは処置を受けるので、もし排菌患者がいた場合、結核菌で汚染された空気を、たとえ1〜2時間といえども、多くの一般の患者や職員が吸入する危険性が大きい。当院では現在も年間250〜300人くらいの排菌陽性患者の入院があり、そのすべてが外来診察を受けるわけではないが(紹介による直接入院がある。ただしそれでも外来での事務手続きは必要)、平均して週に数人の排菌患者が外来を訪れることになり、外来にいる結核未感染者が感染を受ける機会は大きいと言わざるをえない。
 これまで20年間、当院では結核患者であろうとなかろうと、呼吸器系の患者はすべて呼吸器外来患者の待合室で待機し、呼吸器の新患外来ブースで診察を受け、約1m四方の換気のない採痰室を共用していた。結核の既感染者が多かった過去においてはそれでも問題はなかったであろうし、事実、当院において院内感染に由来すると思われる結核の発病は、現在までのところほとんどみられていない。しかしながら、中年以下の年代の大部分が結核未感染者となりつつある現在、感染の危険を極力減少させるため外来においては以下の改造を行った。

 (1)陰圧外来待合室・診察室の増設
 
陰圧外来待合室
写真1 陰圧外来待合室
中央に採痰ブースが見える

図1 外来結核診察室待合室

 呼吸器外来の端の一画に、7.6×5.8mの広さの独立した換気システムをもつ結核排菌患者用の待合室と診察室を設置した(図1・写真1)。そのスペースはできるだけ気密性が保てるように、他の呼吸器外来ブースとの境をパネルで堅固なものとし、待合室、診察室共用の前室を設けた。換気は前室は給気のみの陽圧、待合室は1時間に24回の換気ができるよう排気量を設定し、排気量の25%は外気から直接室内への給気、残り75%のうち3%は前室から、72%はホール内の室内気が前室のガラリを通って待合室に流れ込むようにした。 診察室は同じく22回/時の換気ができるよう排気量を設定、給気は外気からの室内への直接給気が46%、前室から3%、ホールから51%となっている。もちろん、両室の排気は共通のダクトからHEPAフィルターを通して屋外へ単独に排気されている。このような給排気のシステムにより、室内の十分な換気が維持され、汚染された室内気のホール等屋内の他の部位への漏出が防止され、かつホールの空気を約60%程度取り入れることにより、熱効率のロスをできるだけ軽減している。

 (2)採痰ブースの設置
 図2 採痰ブース
 排菌患者の採痰用に結核患者待合室内に1台、一般患者の中に排菌患者が紛れ込む場合に備えて通常の呼吸器外来待合室の一画に1台の、計2台の採痰ブースを設置した。これらは米国の既製品を参考に、既存のエアーロックルームを改良設計し作製した(図2・写真1)。採痰ブースの基本構造は、130×80×250cmのボックスに人1人が立って入れる(痰の出しにくい人の吸入のために収納型の小椅子を付設)ような80×80×180cmの小室を作り、その中をHEPAフィルターを通した空気が1時間に610回循環するようになっている。このことにより、約15秒でブース内空気中の0.3μ以上の粒子は99.99%以上除去される。循環する空気の18%はHEPAフィルター付き排気ファンで強制的に室外(通常の待合ホール)へ排気され、その排気量に見合った空気がホールから給気ダンパーを通して室内に流入する。 この給気ダンパーを適度に閉めることにより、室内(採痰ブース内)の陰圧が維持される。採痰ブースの作製に際しての問題点は、扉を開けたときいかにして室内の汚染された空気の外部への漏出を防ぐかであった。スペース的には扉は片開きにせざるをえないが、開けた瞬間に室内外の圧勾配が崩れ内部の汚染された空気が室外へ漏出する。米国の既製品では、扉を開けた瞬間にドアスイッチにより強力な排気ファンが作動する構造であたが、それでも汚染空気の漏出は避けられない。筆者らは痰喀出後直ちに扉を開けるのでなく、少しの間(15〜18秒間)患者に室内にとどまってもらうような機構を採用した。この採痰ブースは呼吸器患者の多い一般病院や保健所の外来の一画に設置可能である。

 (3)呼吸器外科病棟内に陰陽圧切り換え可能な準クリーンルームの設置

図3 呼吸器外科病棟 ICU2室
図3 呼吸器外科病棟 ICU断面図
呼吸器外科病棟内
写真2 天井にHEPAフィルター付き
空気循環換気システム設置
 当院呼吸器外科では病院の性格上、多剤耐性肺結核、膿胸の患者の手術がしばしばある。特に近年は増加傾向にあり、平成9年は6例、平成10年は上半期で5例の多きに達し、さらに数例の待機患者がいる。ところでこれらの患者には、肺機能に余裕がない、術式が複雑等の条件が重なり比較的リスクが悪いものが多く、術後呼吸器外科病棟において注意深い管理が必要である。一方、これらの患者の約70%は手術時に排菌陽性であり(3))、開窓術や胸郭成形の術後はもちろんのこと、空洞性病巣を含む肺切除術後においても短期間排菌のみられることがある。したがって、術後患者を収容する病室には、空気浄化の設備が不可欠であると考えられる。 このような考えから、筆者らはICUの個室2室を、陰陽圧切り換え可能で空気浄化対策を施した準クリーンルームとした(図3・写真2)。それぞれの室ではHEPAフィルターを通して室内の空気が1時間に35回循環し、そのうち3.4回分は外気を取り入れ、2.4回分排気することで室内が陽圧に、6.1回分強制排気することで陰圧になる構造になっている。もちろん排気は単独屋外排気である。また前室はないが出入口は引き戸にした。このような空気浄化システムにより、実測で10分以内に陽圧時99.9%の、陰圧時98%の(陰圧時は扉の隙間から室外の空気が常時少しずつ流入するので、パーティクルカウンターによる実測値は陽圧時より悪くなる)室内浄化能力が達成された。

 (4)陰圧手術室の設置
 (3)に述べたと同じ理由で、4手術室のうちの1室を陰圧にした。元来手術室は、クリーンルーム以外でも手術台の上からHEPAフィルターを通った清浄気が吹き出して、一部を室の四隅で排気し一部を室のダンパーから室外へ逃がし、結果的に陽圧になる構造になっている。しかしながらそれでは麻酔挿管時や術中の耐性結核菌に汚染された空気が他の部位へ広がることになる。そこで室の四隅からの排気量を手術台の上部から出てくる清浄気の給気量より6%多く設定し、給排気量の差により、清浄気が吹き出している廊下の空気がダンパーを通して室内へ入るようにした。ちなみにこの手術室の換気回数は、1時間に25.4回である。

 (5)非結核呼吸器病棟内1個室の処置室への転換と換気システムの改良
 当院では結核と診断された患者はすべて結核病棟への入院となるので、非結核呼吸器病棟に排菌患者が紛れ込むことはほとんどないが、急患または急変時の処置室用として、または理学療法での排痰訓練用として、個室の一室を大容量排気ファンによる独立排気システムに変更した。その概要は1時間に10.4回の換気能力をもつ排気ファンを天井に2台設置し、通常は1台で運転し、ドア解放時にはドアスイッチを作動させもう1台を並列で運転することにより1時間に21回の換気が得られるようにしたこと、排気は天井から独立した排気ダクトで屋外へ誘導するようにしたことである。しかしこの改修の問題点は、既存の木製の開き扉にドアスイッチを付設したことである。ドアの頻回の開閉でドアスイッチが作動しなくなるようであり、ドアスイッチを使うのであれば、ドアも含めて相当堅固なものにする必要があると思われる。

 (6)内視鏡室の改修
 当院では気管支鏡検査は、キシロカインの気管内噴霧と非透視の気管支鏡検査用の1室、およびその隣のリングアーム室の2室で行われている。リングアーム室は換気回数が1時間に16回で屋外へ独立排気され、さらに天井吊り下げ式紫外線照射装置が1台既設されているので、不十分ながら空気浄化対策はなされていると思われる。しかし非透視の気管支鏡室はエアコンのみで排気はアコーディオンカーテンのみの出入口から室外へ自然に流出するだけであった。この室は当初、アコーディオンカーテンを扉に変更し、天井に1時間に14回以上の換気をする強制排気ファンと屋外への独立排気ダクトを増設し、室内に1時間当たり室の容積の24.5回分の空気循環をするエアークリーンボックスを設置する予定であったが、現在気管支鏡室の移転計画がもち上がり、とりあえず扉とエアークリーンボックスだけを設置した。なおエアークリーンボックスは、空気の吹き出し口が狭く風速が大きいので、吹き出し口の方向を工夫する必要がある。

 (7)結核病棟における病室の改修
 今回の改修は結核病棟は対象外であった。それは@資金的問題、A増築と改修が計画された当初は結核病棟における施設面での院内感染対策をどうすべきか結論が出ていなかったこと、Bエイズに合併した結核の治療の国のモデル病棟として、平成8年に個室(1床室)の一部8室が陰圧または陽陰圧切り替え室に改修されていたことなどが理由であった。しかしこの8室は少なくとも結核菌に汚染された空気の浄化対策はなされているのであり、当面この8室の上手な運用が望まれている。
 ここでは8室の概要を述べておく。それぞれの室では、単独で熱交換機を通して屋外気からの給気と屋外への排気がなされ(給排気ともHEPAフィルターを通過)、1時間に室用量の10回分の給気量で、陰圧時は1時間に14回分の排気量が設定されている。すなわち、また各室にはオゾン発生ダクト内紫外線照射装置が壁に付設されている。
 (注)本稿校閲時に結核病棟内の改修計画がスタートした。その概要は結核病棟の一区画を排菌患者用に改修し、そこへの入り口に前室を設け、十分な空気浄化対策を施した4床室2室、2床室2室、処置室、談話室、バス、トイレを造るものである。

 (8)病理解剖室
 上記結核病棟個室の改修時、同時に日本病理学会の指針に従って病理解剖室の厳重なバイオハザード対策も行われた。

 (9)細菌検査室
 現在細菌検査室には安全キャビネットが1台あるが、もう1台UB型を追加し、それらを使用する場所はP3レベルのバイオハザード対策を取る予定である。

 (10)その他の場所
 その他病院内の共有場所についての空気浄化対策は、今回断念せざるをえなかった。しかし、それらの場所における基本的な考え方を述べておきたい。
 まず塗抹陽性で感染力のある期間は排菌患者の出入りを可及的に制限し、やむをえないときはサージカルマスクを着けて行動させることで対応する。ただしXP室(胸部単純、断層、CT室)、歯科、聴力検査室、眼科検査室は換気能力のアップと、共用換気システムに戻る排気ダクト内にHEPAフィルターの設置が必要であろう。心電図は結核病棟内で専用のものを使う。排菌患者に肺機能検査を行う場合はフローボリューム検査のみとし、病棟で使用できるポータブルタイプのものを使用する。なお排菌患者の理学療法は空気浄化対策のとられた病棟内処置室にて行うべきであると考える。

 

6.ニューヨーク市ベルビュー病院における対策

 ベルビュー病院では1992年から結核の院内感染対策の見直し作業がスタートし、米国のCDCの勧告に従って施設と運用の改善が行われた。その結果、職員の結核感染率は約1/4に減少したとのことである。詳しくは拙文(4))を参照していただきたいが、わが国でも比較的低コストで導入できると思われる前室なしの個室における換気システムについて、その改良前後のシェーマを示しておく(図4)(5))。標準的な方法として参考にしていただきたい。
図4 結核患者収容病室の比較(ベルビュー病院)

 

おわりに

 昨今、新聞紙上に結核の集団感染、院内感染がたびたび大きく取り上げられている。結核の既感染率が中年以下で激減し、BCGは結核の感染を予防できない(発病の予防効果はある)以上、麻疹、水痘と同じ空気感染である結核の感染を集団的に防止することは、実は以外に困難なことであるかもしれない。結核は同じ空気感染をする麻疹、水痘と異なり、結核菌による組織の修復不能な破壊が生じ、病気の進行度により治癒後の個体のQOL、予後に決定的な差異をもたらす。その点を考えると、実は極めてやっかいな空気感染症ということができよう。したがって、ここまで述べてきたような感染防止対策は、本腰を入れてまじめに行われなければならないと思われる。
 これらの施設の改良に関するコストは、どのくらい完璧に行うかで大きな差があると言われている。しかしちなみに個室の天井に排気ファンとダクトを設置するだけなら約100〜200万円くらいでできるようであるし、既成のクリーンボックスも大部屋用で1台100万円前後、採痰ブースも150〜200万円くらいとされている。HEPAフィルターも60×60×4cmのもので約6万円で、呼吸器外科病棟のICUの個室ではそれが1室当たり2枚使用されているのみであり、寿命は数カ月〜1 年間とされている。大きな予算が取れないとしても、これらの比較的安価でできる改良をいくつか行うのみでも、当面ある程度の有効性は確保されると思われる。

 

文 献

 1)中島由槻.結核院内感染対策<1>(特に施設面について).資料と展望1998;26:1-9.
 2)公衆衛生審議会結核予防部会提言「緊急に取り組むべき結核対策について」.平成10.7.3.
 3)中島由槻.耐性肺結核の外科治療.結核、1997;72:25-34.
 4)中島由槻.ニューヨークにおける結核院内感染対策.複十字1998;261:3-5.
 5)青木正和.JATAブックス12「結核の院内感染」(改訂版).東京:(財)結核予防会、1998.


Updated 00/07/13