結核院内感染防止を目的とした複十字病院改修の
有効性とその問題点



結核予防会複十字病院
副院長・呼吸器外科
中島 由槻


はじめに

 結核予防会複十字病院は,平成11年度に国から多剤耐性結核診療の関東甲信越広域拠点施設に指定されたが,平成7年から11年にかけて結核院内感染防止を目的に,施設の改修を行った。その改修の内容,有効性,問題点については,平成14年度厚生労働科学研究「建築物と結核」に詳細に報告してあるが,ここではまず改修の概要を示し,さらに有効性と問題点の要点を述べる。

複十字病院における改修の概要

 結核予防会複十字病院は平成7年度厚生省HIV合併結核対策モデル事業にて,HIV合併結核患者用への個室の改修, 病理解剖室のバイオハザード対策に則った改修,平成8〜10年度の病院全体の改修事業にて結核排菌患者用外来陰圧診察兼待合室,外来採痰ブース,陰圧手術室,呼吸器外科病棟(2S病棟)陰陽圧兼用個室などの増築や改修,内視鏡室内へクリーンボックスの導入を行った。また,平成11年度厚生省多剤耐性結核専門医療機関整備事業により,4B結核隔離病棟全体の陰圧化とホール,ナースステーションの陽圧化,細菌検査室のバイオハザード対策P2レベル(一般細菌検査室),P3レベル(結核菌検査室)への改修を行い,さらに歯科診療室,理髪店にパネル型空気浄化装置を設置し,多剤耐性肺結核患者を含めた排菌結核患者を診療するに際して必要と思われる,施設面での結核感染対策を施行した(図1)
 現在それらの運用指針に従って結核患者を診療し,外来排菌患者のトリアージ,職員のN95マスク着用励行による個人的感染防御を徹底し,さらに年2回の職員健康診断,ツ反強陽性者以外の職員を対象とした年1回のツ反実施と,陽転と判定された場合の予防投薬の勧告などの対策で,職員の健康管理に努めている。










改修の有効性の検証



 上記改修施設における結核感染対策の観点から見た空気浄化の有効性を,(1)パーティクルカウンターによる室内粒子密度の測定(Lyon社;主として室内中央部空気1 中に浮遊する径1μm以上の粒子数を経時的に測定),(2)煙による気流の確認,(3)気流シミュレーションによる空気浄化度のコンピューター解析(気流シミュレーションソフト「ストリーム」使用),にて検証した。それらの検証結果の要点を示す。

(1)パーティクルカウンターによる室内粒子密度の経時的測定
 陰圧で,ヘパフィルター付きファンコイルによる室内空気循環システム(天井面装着)が,4B病棟内の全病室,処置室,談話室と,2S病棟2個室に設置された。それらの室内における空気浄化の程度をパーティクルカウンターにて測定したが,ここでは4B隔離病棟内処置室における測定結果を示す(図2)
 図2のように室内の径1μm以上の粒子は,室内に棚,ワゴン,処置用ベッド,汚物流しなど種々の物が置かれている状況においても,システム運転開始後7分間でその95%が除去されることが確認された。このことは他の同じシステムの導入されている室内でも,4床室では浄化時間に数分の遅れがあったものの,基本的には同じ結果であった。さらに室内の大きさにほぼ見合う移動可能なクリーンユニットを,内視鏡室,歯科診察室などに設置運転し,同じく経時的粒子測定にて同様の結果が得られた。また採痰ブースを独自に立案し,電話ボックス程度の広さの中で1時間600回のヘパフィルターを通した換気をさせ,15秒間でほぼ粒子がゼロになるようなブースを椛蝓社に製作させたが,今回ブース内空気浄化に関する能力も同様に確認した。
(2)煙による気流の確認
 室内が陰圧になるように空調が運転されていても,実際に気流が外部へ漏出しているか否か,扉の開放時はどうか,などについては煙やロウソク炎のたなびきによる気流方向の確認作業が必要である。今回前室のない陰圧室である陰圧手術室,2S病棟個室における気流の方向を煙にて測定した。これらの部屋の扉は引き戸で,扉閉鎖時は十分な陰圧が維持されていることが,扉と床のわずかな隙間の気流の速さと方向にて確認された。しかしながら扉を全開した場合,2S病棟個室では計算上扉面の気流速度は外部から室内方向へ20cm/秒であるが,実際の気流は高いところでは室内へ,低いところでは室外へ向かい,扉面を中央にして対流していることが判明した。この現象は陰圧手術室の扉全開時にも認められた。 
 ところで気流方向測定にて判明した最大の問題点は,4B病棟ナースステーションへのホールからの空気の流入であった。結核病棟ホールには結核排菌患者や多剤耐性結核患者の出入りがあり,主としてナースステーション内に勤務する1名の職員に院内感染と疑われる発病があった。これについてはその対策も含め後述する。
(3)気流シミュレーションによる空気浄化度のコンピューター解析
 結核感染対策における空気浄化の問題は,必ずしも空気そのものの浄化を必要とするのではなく,空気中の結核菌のみを浄化すれば解決する。その点ではパーティクルカウンターによる全粒子の測定は実際的でなく,また空気サンプラーによる結核菌の検出(培養による)は,いくつかの報告であまり成功していない。そこで 潟_イダンの研究所に依頼し,ある換気条件を与えて結核菌の浄化についてコンピューターシミュレーションを行った。その結果を図3に示す。ガフキー3号は痰1ml当たり100〜200万個の結核菌を含むと推定されるが,その4分の1が飛沫核となって空気中に 浮遊すると仮定し,1カ所の給気口と2カ所の排気口を持ち1時間に22回の換気がなされる室内(実際の結核患者外来診察室)での,結核菌の広がりと浄化の推移をコンピューターに計算させた。結核菌浄化度はCDCガイドラインに記載されている表と大差なかったが,興味深いのは結核菌の広がりである。今回のシミュレーションでは,結核菌は3分後には室内全体に高密度に広がり,同一室内にいる限りは,排菌源からの距離は結核菌吸入の危険度にあまり関連がないと推測された。

改修後の問題点とその対策

 上記のように改修後の最大の問題点が,4B病棟におけるホールからナースステーションへの気流の流れであることは前述した。そこで平成14年度に,それを改善するための改良工事を行い,ホールに排気ファンを設置し,ナースステーション内に給気吹き出し口を設け,ナースステーション内処置室の排気を止めることで,少なくともホールからナースステーションへの直接的な空気の流入は気流測定では消失した。
 ただしその後早稲田大学理工学部建築学科田辺新一教授グループの,PFT法(PFT放散源(C6F6,C7F8)とパッシヴサンプラー使用)によるナースステーション内へのホールの空気の混入度調査にて,ナースステーション内の空気の約28%がホールの空気の混入であることが判明した(図4)。この結果はナースステーションへの出入りにより頻回にホールとのドアの開閉(開き戸)があるため,日常の状態ではホールの空気の流入を完全にブロックし得ないことを明らかにした。現在この点についての対策を検討中であるが,実際にはナースステーション内にはヘパフィルター付きの空気浄化システムが作動しており,空気浄化はある程度は得られている。
 ところで4Bナースステーションへの空気流入,2S個室や陰圧手術室の扉面における対流現象などは,汚染空気を完全に封じ込めておくことの困難さを示している。これらの問題の解決方法として,陽圧の前室の役割が極めて重要であることをあらためて認識した。今後排菌結核患者,特に多剤耐性の患者の入る部屋では,必ず陽圧の前室を設けるべきであろう。
 ヘパフィルター付きの空気浄化装置は飛沫核の除去に有効である。室内の広さによっては小型の移動式の装置でもかなり浄化し得る。運転中の音と風向に配慮すれば,浄化装置を天井面等に改修設置できない部所において,移動式装置でも使用の意義はあるであろう。しかしフィルターの維持と交換のためのコストは覚悟しなければならない。
 空気中に放出され飛沫核となった結核菌は,同一室内にいる場合部屋のどこにいても吸入する危険が高いと,今後認識を改めるべきである。したがって室内空気の浄化はもとより,その室内に入るときは必ずN95などの高性能マスクの着用を励行すべきであると考える。

おわりに

 結核院内感染防止対策として,複十字病院で施行した施設改修の有効性とその問題点の概要について述べた。はじめに述べたように,これらの詳細は平成14年度厚生労働科学研究「建築物と結核(総括研究者山下武子)」における分担研究報告書「結核院内感染防止に関する研究(分担研究者中島由槻)にまとめてある。拙文が結核感染防止のための一助になれば幸いである。


参考文献
・Centers for Disease Control and Prevention: Guidelines for  preventing the transmission of tuberculosis in health-care facilities, 1994,MMWR 43(RR-13):1-132,1994
・中島由槻,森亨:結核に対する院内感染の予防と対策.病院58: 971-978, 1999
・中島由槻:結核院内感染防止に関する研究,平成14年度厚生労働 科学研究「建築物と結核(総括研究者山下武子)」分担研究報告書



updated 04/02/17