結核感染の新しい診断技術
「全血インターフェロンγ応答測定法」

結核研究所長  森  亨

 これからの結核対策のなかで、結核感染を受けたがまだ発病していない人に対して行う化学予防は、ますます重要な手段となっています。しかしこれがなかなか容易でない理由の1つとして、日本では結核感染を受けた人を正確に診断することが難しいということがあります。日本ではBCG接種が広範に行われており、既摂取者にツベルクリン反応(以下「ツ反」)検査を行うと、多くの人が結核感染を受けていないのに陽性、少なからぬ人々が強陽性の反応を示してしまいます。このため、集団生活のなかで結核患者が発生した場合に接触者にツ反検査を行うと、不必要に大勢の人々に化学予防が指示されてしまうことが少なくありません。
 ツ反というのは、結核菌の作る蛋白成分であるPPD(精製蛋白誘導体)を抗原として皮内に注射し、これで免疫記憶を担うリンパ球を刺激して一連のサイトカインという活性物質を放出させ、この物質の作用で皮膚にしこり(硬結)を作らせたり、発赤を起こさせたりするものです。ところがこのPPDは結核菌もBCG(菌)も同じように持っていますので、いずれの菌の感染を受けた人でも同じようにこのPPDに対する感受性をもっており、同じようなツ反を示してしまうのです。
 このようなことから、BCG既接種で結核感染を正確に診断する方法の開発が長いこと望まれていました。1995年以降、デンマークのアンデルセンたちは、結核菌だけにあってBCGにはないタンパク質と、それを作る遺伝子をいくつか発見しました。そうすると、これをPPDの代わりに使えば、結核菌感染を受けた人だけがそれに反応することが予想されます。
 一方、オーストラリアのセレスティス社は、感染を受けた人の血液に試験管内でPPDのような抗原を作用させ、その後24時間に放出されるサイトカイン(この場合はインターフェロンγ)を簡便なキットで測定する方法を開発しました。これははじめ牛の結核感染を診断する方法として普及しましたが、最近ではこれにPPDを用いる方法がツ反検査に準ずるものとして米国などでは承認されています(クウォンティフェロンTB、QuantiFERON-TB)。これにデンマークで発見された特異タンパク(ESAT-6及びCFP-10)を抗原として用いると、結核菌で感染を受けた人ではインターフェロンγは大量に出ますが、BCG接種を受けただけの人では出ません。このことは小規模・実験的にはいろいろ証明されていましたが、最近私たちはメーカー(ニチレイとセレスティス社)の協力のもと、全国のいくつかの施設と共同研究班を作り、本格的にこの方法の有効性を調べました。
 まず、結核感染をほとんど受けていないと思われる200余名の看護学生(平均19歳)にツ反検査と同時に本法を行いました。ツ反は83%が陽性、また26%が30mm以上の強陽性でしたが、本法では2%が陽性になっただけでした。つまり診断法としての特異度は98%以上ということになります。一方、治療開始前の結核患者150人について調べると、ツ反陽性率は92%、クウォンティフェロン陽性率もほぼ同じ89%でした。感度は89%ということになります。ということは、この方法は感染者を拾い上げる能力はツベルクリン反応並み、偽の陽性を排除する能力はほぼ万全(99〜98%)ということになります。
 すでに結核研究所ではいくつかの地域での集団感染事例にこの方法を試しています。ある地域での大規模な接触者健診で、同じ感染源に曝露された人々のうち濃厚な接触のあった集団の本法陽性率は44%、それ以外の接触者では7%でした。ツベルクリン反応検査では両群とも強陽性が90%以上でした。本法のこのようなメリットは各地で発生している集団感染疑い例への対応−特に無駄な化学予防を避けること−に有力な手段となります。
 もちろんまだ課題は残っています。既感染だが発病していない人(感染直後、長期間経過後、治癒痕のある場合など)の反応はどうか、治療中・治療終了後の反応は、年齢の影響は、ツベルクリン反応検査の影響はどうか、等々。これらについても現在結核研究所の原田科長以下免疫検査科が、千葉県支部はじめ関係施設の協力のもと鋭意研究中です。しかしいずれにせよ、この方法がツベルクリン反応検査と並んで(それに全面的に代わるとは言えないでしょうが)、今後の結核感染の診断に欠かせないものになるでしょう。またこれをきっかけにもっと簡便な方法が開発される可能性もあります。コッホによるツベルクリンの発見以来110年を経て、私たちはやっとツ反検査をしのぐ結核感染の診断方法を手にしつつあるのです。


Updated03/08/07