結核対策特別促進事業の動向
(その結核対策への貢献の歴史)

結核研究所対策支援部
企画科長 星野 斉之
企画科   中西 志乃

まとめ

 結核対策特別促進事業は、地域の事情に対応したきめ細かい結核対策の実施が可能となる有意義な事業である。近年の同事業による日本の結核対策への貢献について検討した。都市地域におけるDOTS事業や地方における高齢者対策、院内感染・集団感染対策、結核診査会の強化など、地域の結核まん延状況や結核対策上の課題に対応した適切な事業が行われている。また、結核対策の基盤となる研修事業や普及・啓発事業なども、多くの地域で地道に取り組まれている。平成9年以降3年間続いた結核の逆転上昇が、平成12年以降再び減少に転じたが、同事業が寄与した部分も少なからずあるのではないかと考えられる。

はじめに

 平成10年、11年、12年における結核対策特別促進事業(以下特対事業)について、対策支援部でまとめた。結核まん延状況、同事業による結核対策への貢献、そして新しい結核対策への先駆けとなった事業などについて考察したので報告する。この時期は、減少速度の鈍化から戦後初の結核逆転上昇が生じ、平成9年以降3年連続で結核罹患率及び患者数が増加した時期に当たる。平成11年には厚生省(現厚生労働省)より結核緊急事態宣言も出され、各地において積極的に結核対策の強化が進められた。結核対策の強化を目指す中で、多くの自治体において特対事業が結核対策の強化方法の1つとして実施された。

表1 近年の結核対策特別促進事業の推移
  平成10年 平成11年 平成12年
DOTS及び患者管理事業 16 26
高齢者対策事業 22 33 57
健康診断事業 68 96 131
院内感染・集団感染対策事業 29 43
結核診査会・症例検討会事業 12 24 34
結核対策推進事業 35 36 52
研修事業 98 113 226
普及・啓発事業 77 72 109
地区組織活動事業 25 19 19
調査・研究・モニター事業 75 101 196
肺機能障害者対策事業 24 25 28
その他の事業 13 17 15

特対事業の内容の趨勢

 表1に、資料が得られた3年間における特対事業について、事業内容別に取り組んだ自治体数の推移を示した。結核逆転上昇の時期に当たり、特対事業の事業数が増加しているが、結核状況の主要課題の解決に取り組む事業の増加が見て取れる。事業数の推移では、「研修事業」が最も多く、保健所や医療機関における結核対策実施の基盤となる人材育成が目指されている。次に「調査・研究・モニター事業」が多い。この分野は内容に大きな変動があり、平成10年はコホート観察による検討が大半を占めていたが、後年には定期病状調査とBCGモニタリング事業が加わり、事業数が増加した。コホート観察は、DOTS戦略の主な要素の1つである治療効果のモニタリングの基礎となるものであり、発生動向調査上の治療経過の入力の精度向上に貢献していると思われる。また、RFLPを用いた感染経路に関する研究事業が増加している。そして「健診事業」が続く。健診事業も、ハイリスク者健診の試行として、精神病院入院患者や寝たきりの高齢者、日本語学校生、住所不定者等を対象にしたものが多い。
 一方、3年間で最も増加率が著しかったのが、「DOTS及び患者管理事業」で、「院内感染・集団感染対策事業」が続き、「結核診査会・症例検討会事業」が3番目で続いた。「DOTS事業及び患者管理事業」は、実施する自治体が大幅に増加している。また、院内感染・集団感染事例の増加に対応して、医療機関に対する院内感染防止の取り組みが活発化した。また、近年の結核対策の発展(診断における菌検査の重視、短期化学療法の普及、治療期間の短縮等)により、現状の診療内容との隔たりへの対策として、「結核診査会の強化事業」や「症例検討会事業」が増加していると思われる。
 次に、同時期の結核まん延状況における主要な課題別に、特対事業の内容を検討する。

DOTS事業の胎動

 「DOTS及び患者管理事業」について見ると、諸外国ではDOTSを用いた治療により、高い治療成功率と薬剤耐性の発生防止が成果として示され、日本にもDOTSの導入の必要性が指摘されていた。90年代前半からコホート分析による治療成績の分析が日本でも特対事業により全国規模で行われ、高齢者における高い死亡率と一部の社会経済的弱者における低い治療成功率の課題が指摘されていた。飯場を中心として、高い罹患率と低い治療成功率を抱える社会経済的弱者層を持つ一部の都市地域におけるDOTS事業の試行を、平成10年の特対事業に見ることができる。この年は、都市部の3自治体(横浜市、川崎市、呉市)のみが、DOTSに関わる事業に取り組んでいる。内容はそれぞれ、DOTSのモデル実施(対象患者数は12人)、地域の結核の特徴を明らかにするための(仮)DOTS推進会議の開催、訪問及び文書指導による服薬確認であり、DOTS導入の取り組みの第1歩を印すものであった。その後関係者の熱意と努力等により、各事業は治療成功率の向上と対象患者数の拡大を進め、平成12年は7自治体において様々なDOTS事業が展開され、治療成功率の改善などの成果が示されている。これまでに本誌や結核病学会、公衆衛生学会総会等において、横浜市、川崎市、大阪市、東京都、新宿区などにおけるDOTS事業の成果が紹介されている。

高齢者対策事業

 その時期のもう1つの結核の課題は、高齢者における高い罹患率と死亡率であった。「高齢者対策事業」もこの時期強化されている。平成10年度は22事業中、大半(16事業)が健康診断を主とした事業であったが、次年度からはINHによる予防内服の検討も見られるようになった(平成12年は青森県、石川県、神奈川県、宮崎県、京都府、尼崎市、千葉市の7自治体)。健診方法も、ポータブル撮影機や寝たきり者用の検診車の導入、喀痰検査による健診などが試みられており、千葉県や新潟県などで高い患者発見率を示して、患者発見に貢献している。現在でも、日本における高齢者層の高い罹患率とコホート分析における高い死亡率は大きな課題であり、今後も早期発見と発病予防方法の開発・普及に取り組む必要がある。

健康診断事業

 健診事業では、患者発見率が高いと考えられるが、一般住民健診ではカバーできない、または対象にならない集団を対象にした健診の取り組みが行われている。例としては、日本語学校を中心とした外国人(平成12年は全国33自治体)、精神病院入院患者(熊本県、大分県、宮崎県、東京都など)、住所不定者(大阪市、東京都、京都府、新宿区、台東区、尼崎市、福岡県など)などである(一部の自治体は高齢者も含めて事業を行っている)。今後の結核対策での患者発見対策において推進されるハイリスク者健診の先駆けになったと思われる。

院内感染・集団感染対策

 この時期は、院内感染事例や集団感染事例の増加が見られた時期でもあり、事業数の増加が認められる。医療機関の感染対策担当者への研修(千葉県、岐阜県、大阪府、大分県等)や院内感染対策マニュアルの作成(鹿児島県、宮城県、神戸市等)、その他実態調査を目的とするアンケート調査や、集団感染事例の検討と予防対策の検討などの事業が行われている。

結核診査会の強化事業、症例検討会

 結核症の診断の精度と適正医療の普及には、診査会が適切に機能することが必須である。モデル診査会において、具体的な事例を通じて、診療結果の適切な評価の方法及び診査結果の還元方法が示される。成果としては、胸部X線検査に頼った過剰診断の予防、PZAを含んだ短期化学療法の普及、菌検査の励行と検査結果をもとにした診断、治療薬剤の選択及び治療効果の評価、薬剤耐性結核の作るような不適切な処方の防止、長すぎる治療期間の短縮などがある。平成12年には全国34自治体で行われた。

結核対策推進事業

 地域における結核の課題の検討や実情に即した結核対策の実施には、その地域の保健医療に関わる者が検討し取り組む必要がある。結核対策推進協議会またはその機能を担う会が、多くの自治体(青森県、福島県、岡山県、滋賀県、栃木県など)で発足した。今日では、各自治体による結核対策計画の立案が求められており、その先駆けとなった事業である。

調査・研究・モニター事業より
(RFLPを用いた感染経路の検討)

 調査研究事業の中で、地域の感染源の特定や結核感染経路の解析を目的として、RFLP法を用いた分子疫学的手法に取り組む自治体(沖縄県、札幌市、大阪市、岡山県)が見られる。RFLP分析により、従来の方法では判明しなかった感染経路の検討が可能であり、また結核まん延の状況を疫学的に検討することも視野に入れている。最近は上に挙げた自治体から結果報告がなされており、感染状況の解明や感染予防対策に寄与している。

調査・研究・モニター事業より
(BCG接種技術評価の取り組み)

 乳幼児期BCGの接種技術の確保の重要性については、小学校1年生のツ反陽性率の状況より以前から指摘されていたが、小中学校におけるツ反・BCGが廃止となり、ますますその重要性が大きくなっている。BCG接種技術の定期的な評価とその還元は、小児の結核対策を進める上で、重要な施策の1つとなるであろう。平成12年には大分県と宮崎市において、特対事業によりBCG針痕数の調査が行われていた。

新しい結核対策の先駆けとなった特対事業

 厚生労働省が検討している新しい結核対策の内容を見ると、この時代に特対事業として取り組まれ、多くの成果が得られ、その効果が確立されて対策に組み込まれたものも少なくないと思う。例を挙げれば、住所不定者、寝たきりの高齢者、外国人、精神病院患者等を対象にしたハイリスク者健診、喀痰検査による健診、保健所と医療機関及び他関係機関を含めた連携作り、DOTS事業、結核診査会の強化、症例検討会による臨床能力の向上、針痕数を用いたBCG接種技術の評価、RFLPを用いた感染経路の疫学的検討など、枚挙にいとまがない。また、結核まん延状況の地域差に対応した結核対策の必要性を考慮すると、各地域特有の課題に取り組む形をとる同事業の形態は、今後も有効に機能するであろう。特対事業が今後も地域の実情に合った結核対策の実施や結核対策の調査研究に貢献することを期待する。


Updated 03/05/16