減らそう結核5ヵ年大作戦


秋田県能代山本健康福祉センター 企画・高齢者班主査 小林保子



はじめに

 秋田県能代保健所では、「減らそう結核5ヵ年大作戦」と名付けた結核対策を、平成7年度から実施しています。

 この事業に取り組む直前の、平成6年における結核の状況を表1に示します。当時秋田県内には八つの保健所がありましたが、能代保健所は罹患率・登録率が県内で最も高く、有病率も本荘保健所に次いで2番目に高いという状況でした。

 能代保健所はどうしてこんなに高いのだろうと、素朴な疑問を持つと同時に、せめて全国あるいは県平均並に、これら結核に関する指標値を下げたいというのが、今回の「大作戦」を立案した当時の担当者の思いだったそうです。

主な事業の概要

 これまで5年間の主な取り組みを表2にまとめてみました。

 平成7年度は、結核の実態調査と結核ハンドブックの作成に取り組みました。昭和54年から平成6年までに管内で新しく登録された肺結核患者1052名の記録などを分析し、「管内の結核患者の状況について」としてまとめました。その状況を踏まえ、関係機関、特に医療機関に結核の実情と対策の実際について知っていただきたいと考えたのが、結核ハンドブックの作成、配布となったわけです。このハンドブックには、結核の届け出などの各種様式を添付したほか、結核の医療や対策の一覧を掲載しました。また、結核研究所の青木所長(当時)をお招きし、医療関係者を対象に研修会を開催しました。


表1.保健所別罹患率、有病率、登録率(平成6年)


表2.「減らそう結核5ヵ年大作戦」の主な事業内容


 平成8年度は、前年度の実態調査から保健婦の保健指導に統一性を欠く面が見られたため「保健指導マニュアル」を作成し、このマニュアルを使用することによって一貫した保健指導を行えるようにしました。さらに実態調査から症例を選び、所内で予防可能例の検討会を行い、予防対策についても検討を加えました。「予防可能例」を定義した山形保健所阿彦所長(当時)のご指導をいただくための先進地視察も行っております。この年に地元医師会が「学校結核検診委員会」を設置したことから、この委員会と共同で小中学校における結核検診の検討、特にツベルクリン反応とBCG接種の評価を開始しました。この年の春に行われた学校結核検診の後で、多くのマル初の届け出があったことから、学校結核検診でのツベルクリン反応強陽性の解釈について、委員会として一定の見解を示していただきました。また一般住民向けに啓発普及用のリーフレットを作成し、この年から2ヵ年の計画で全戸配布を行いました。

 平成9年度は、「保健指導マニュアル」を活用し、患者・家族指導と管理を徹底しました。患者届け出から2週間以内にできるだけ患者本人に面接することを目標に、独自に作成したリーフレットを利用しながら患者あるいは家族への保健指導を行いました。その結果、治療脱落の防止、治療完了率の向上、家族検診の受診率の向上などの成果を得ることができました。また、定期的な管理検診を勧奨することにより、病状不明者を少なくし登録期間を短縮することができました。この年は結核研究所の石川副所長に結核予防婦人会と一般住民向けの研修会の講師をお願いし、また山形保健所阿彦所長(当時)には、管内の小中学校の養護教諭を対象にした研修会の講師をお願いしました。

 平成10年度は、地域住民への啓発普及と検診の長期未受診者への働きかけを行いました。市町村と連携し、保健所で作成した「結核パネル」を活用しながら、保健婦が地区ごとに行われる集会に出向いて結核教育を行いました。秋には複十字病院の伊藤先生を講師に迎え、一般住民を対象に、改めて結核の基礎知識から対策についてまで講演していただきました。長期未受診者対策としては、老人クラブ連合会の協力により受診希望者を募り、検診車をきめ細かく移動させながら検診を行いました。検診受診時にアンケート調査を行い、併せて結核教育も実施しました。検診は合計で380名の受診者があり、結果的には結核の患者は発見されませんでした。

 最後の平成11年度は、これまでの総まとめとして、予防対策から地域の健康づくりを目指し、関係者による結核フォーラムを開催しました。その直前に厚生大臣から結核緊急事態宣言が出されたこともあって、大変な盛り上がりをみせた集会となりました。会場には結核研究所の山下研修部長にもご参加を願い、貴重なご助言をいただくことができました。

事業の成果とこれからの取り組み

 全国あるいは秋田県全体と比較するために、平成6年〜10年の結核の指標を図1、表3に示します。

 新登録患者数は事業開始前に比べ半減し、罹患率も全国平均以下となりました。活動性結核患者数は4分の1になり、有病率も全国平均以下となりました。結核登録患者数は3分の1になり、能代保健所が設置(昭和19年)されて以来初めて二桁台の86名となりました。以上のように三つの指標で評価すれば、結核半減を実現し事業の効果は大きかったと総括することができますが、その反面この事業を開始するまでの結核対策に不備な面があったことは率直に認めなければなりません。


図1.罹患率、有病率、登録率


表3.罹患率、有病率、登録率



 「減らそう結核5ヵ年大作戦」を終了するにあたって感じたことを次に述べてみたいと思います。

 結核対策を結核予防法に基づいて忠実に実施していれば、結核に関する諸指標が全県一悪いという事態にはならなかったと思いますが、ともすれば精神や難病などの他の業務に忙殺され、結核対策が疎かになっていたのかもしれません。あるいは結核はもうすでに過去の病気という意識が保健婦の心の中にあったのかもしれません。そういう意識を変えてくれたのが、結核研究所で行われる研修でした。ほぼ毎年のように、結核研究所で行われる研修会に担当者が参加し、たくさんの刺激を受けて帰ってきました。

 次に、目標をしっかりと持ち、戦略を考え戦術を練り、実践することによって次の評価につなげていくという、いわば公衆衛生活動の原点をこの事業を通して学ぶことができました。罹患率や有病率あるいは登録率の比較という明確な目標があったことが、大きな励みになったと思います。また、常に予防的な視点を持って保健活動を行う重要性を、結核患者・家族の保健指導から再確認できました。

 普段の業務の中で、「関係機関との連携」という言葉を何気なく使っていますが、今回改めて連携の重要性を感じました。この事業で連携した機関といえば、市町村、医療機関、医師会、学校保健会、養護教諭部会、結核予防婦人会、老人クラブ連合会、検診実施機関などの団体名を挙げることができます。保健所が中心となって関係機関と連携をしたので、これだけの成果をあげることができたのだと思います。中でも医師会と共同して結核対策を検討し、医療機関と共に実践できたことは大きな収穫でした。また、学校結核検診を通して学校保健と連携できたことも、結核以外の地域保健を進めるうえで有益でした。結核研究所からは毎年のように研修会の講師を派遣していただき、感謝しております。

 この事業を計画した当時は、「いまさら結核なんて」という声がなかったわけではありません。また5年目の総まとめとして行う結核フォーラムに、どれだけの参加者が見込めるのか危惧する声があったのも事実です。結果的には平成11年夏に、厚生大臣から結核緊急事態宣言が出されたこともあり、大変に時宜を得た事業であったと考えています。これまでの結核対策が疎かだったのが、当たり前になっただけという厳しい批判も受けましたが、結核対策は保健所事業、そして公衆衛生活動の原点であるということを学ぶことができました。秋田県では平成12年度から保健所と福祉事務所が統合されます。疾病予防担当はこれまで6名の職員がいましたが、統合後は3名となる予定です。わずか3名でこれだけの規模の事業を新たに企画していけるか自信はありませんが、この事業で得られた多くの成果を、これからの保健所活動、そして結核以外の事業にも生かしていきたいと考えています。

 

Updated 00/07/25