直接服薬支援による治療成功率向上と
費用対効果の関係について

結核研究所研究部主任 内村 和広
はじめに

結核治療においては患者の確実な服薬による治療の完了が基本である。しかし,近年における患者の高齢化や社会的に治療中断リスクの高い集団への偏在化といった背景から,より強力な患者支援が求められている。このような状況を受けて厚生労働省による「日本版21世紀型DOTS戦略」が発表され,現在DOTS戦略による結核対策の全国的な展開が推進されている。この日本版DOTS戦略は地域,患者の背景に応じてより効果的な服薬支援方法,DOTSモデルが選択される。一方,DOTS事業推進においてはその評価が不可欠であり,財政的・資源的に限られた条件下では事業の医療経済的側面も評価対象となる。この評価のための方法に費用対効果分析と呼ばれるものがある。今回DOTS戦略の費用対効果分析に向けての試みとして,特に患者への直接服薬支援による治療成功率向上と費用対効果の関係に焦点を当て分析を行った。

費用対効果分析

 費用対効果分析は治療方式や医療政策の意思決定の場で用いられている方法であり,治療法や政策による効果(結果)をある指標を設定して評価し,その効果を得るために要した費用を比較検討するものである。例えば,費用は安いが存命率の低い治療法と費用は高いが存命率の高い治療法を比較する場合,効果として「患者1人の救命」を設定すれば,結局は後者がより低い費用でその効果を得ている(患者救命1人あたりの費用が低い),という結果が得られる。

結核治療における分析―直接服薬支援による治療成功率向上と費用対効果の関係―

 前述のとおり,日本型DOTS戦略は地域の特性,患者の背景などによりいくつかのDOTSモデルから選択される。したがってDOTSの評価においても各DOTSの状況に応じた分析が必要となるが,いずれにおいても治療成功率の向上がその大きな目的である。そこで今回はDOTSの費用対効果分析に向けて,直接服薬支援による治療成功率向上と費用対効果の関係を調べた(図1)。
1. 効果指標について
 結核治療の費用対効果を考える場合,効果の指標として
 ・治癒件数
 ・死亡回避件数
 ・多剤耐性結核回避件数
 ・新たな感染者の少数
などが考えられ,最終的には地域の結核罹患状況の改善などが目標となるが,今回は一次的な指標として治癒件数を効果として分析した。
2. 費用
 費用は大きく,入院治療費,外来治療費そして多剤耐性結核治療費を考え,それに直接服薬支援による追加費用を設定した(表1)。直接服薬支援には外来型,訪問型を考え,それぞれの費用に1カ月患者1人あたり1万円,3万円をそれぞれ仮定した。
3. モデル
 効果指標(治癒件数,死亡回避件数等)を推定するために,患者の治療経過をモデル化する必要がある。今回結核研究所森所長の指導の下,図2に示す患者経過モデルを構成し分析を行った。
4. 分析
 分析は患者経過のモデルをもとに治療成功率を変数として,10年間での治癒件数及び治療に要する費用を推定し,費用対効果を求めた。
5. 結果
 直接服薬支援の費用が1万円,3万円の場合の治療成功率と費用対効果の関係を図3に示す。仮定した諸費用のもと直接服薬支援費用3万円の場合,治癒1人あたりの費用は治療成功率90%で130万円と推定され,治療成功率が80%,70%と低下するにつれ治癒1人あたりの費用は150万円,180万円と上昇する。
 直接服薬支援費用3万円と直接服薬支援なしの場合の治療成功率と費用対効果の関係を図4に示す。これにより,直接服薬支援がない場合と比較して直接服薬支援がどの程度費用対効果的となるか及び費用対効果となる分岐点が示される。例えば直接服薬支援がない場合の治療成功率が70%で,直接服薬支援により治療成功率が85%に向上したとすると,追加の直接服薬支援費用を要したとしても治癒1人あたりの費用としては30万円強の節減がなされたことになる。また,直接服薬支援による治療成功率が85%の費用対効果と等しくなる点をみると,直接服薬支援がない場合で79%となり,直接服薬支援なしの場合の治療成功率がこれ以下であれば直接服薬支援は費用対効果的であり,以上であれば費用対効果的ではなくなり,直接服薬支援でのより以上の治療成功率が求められることになる。

表1費用 図2患者経過モデル
表1 費用 図2 患者経過モデル
DOTS導入事例への応用

 今回,A市とB市の協力により,A市a区,B市b区のDOTS導入事例の成績を提供していただいた。両区のDOTSはタイプとしては拠点型DOTSであり,院内DOTSの後,診療所・保健所での外来型DOTSとなる。対象は両区合わせて63名で主にホームレスの患者であり,治療中断のリスクが高いと考えられる。DOTSによる治療成績は良好で治療成功率は90%,脱落中断は5%であった。これをもとに治癒1人あたりの費用対効果を計算した。ただし治療期間は入院期間が4.4カ月,外来DOTS期間が4 . 1 カ月で,前節のモデルよりも治療費用は高くなっている。また各費用も実際とは差があると考えられる。あくまで仮定下の費用のもとでの推定とご了承いただきたい。
図3治療成功率と治癒一人あたりの費用対効果 図4直接服薬支援による費用対効果の大きさと分岐点
 結果を表2に示す。DOTS後治療成功率90%での治癒1人あたりの費用対効果は239万円と推定された。この推定をもとにすると,DOTS前の治療成功率が80%であれば26万円,70%であれば66万円の治癒1人あたりの費用節減があったと考えられる。
表2DOTS導入事例の費用対効果推定

おわりに

 DOTS推進に向けてその経済的側面からの評価を行う場合,治療成功率上昇の評価を正しく行うことが重要である。これにより費用対効果的にどの程度の節減が可能かの推定が可能となり,結核対策でのより効果的な財政的・資源的配分へとつながることになると考えられる。
 本稿は第78回日本結核病学会総会でのシンポジウム「DOTS戦略の成果」での発表をまとめたものであり,詳細は雑誌に投稿予定である。


updated 03/09/04