第14回国際エイズ会議に出席して

2002年7月7日〜12日/バルセロナ(スペイン)
結核予防会顧問  島尾 忠男


格差是正への動き
 
エイズについての世界レベルでの会議は2年ごとに開催され、その中間には地域別の会議が開催されている。第13回会議は2年前に南アフリカのダーバンで開催された。この会議では、先進国のエイズ患者は抗エイズ薬の使用で死亡率が激減し、QOLも改善し、普通の社会生活を送れる者が多くなっているのに対して、途上国では薬価が高いため抗エイズ薬が使えず、死亡する者が多い南北の格差が大きな問題となり、その是正が強くアピールされた。
 国際社会もこのアピールに応えた。直後に沖縄で開かれたG8サミットでは、世界の貧困の最大原因である感染症、特にエイズ、結核、マラリアに対して、協力して立ち向かおうと言う日本の提案が採択され、それを具体化するための会議が12月に再び沖縄で開催された。翌平成13年6月には、国連の特別総会が初めて特定の疾病であるエイズを対象として開催され、エイズ対策の強化とそのための国際協力の緊密化、エイズ、結核などを対象として創設された国際保健基金への拠出が合意された。薬価を引き下げるための交渉も製薬会社との間で進展した。
 このような背景の中で、今回の第14回会議は知識と公約を行動に移すことをスローガンに掲げて、7月7日から12日まで6日間、スペインのバルセロナ市で開催された。

多彩な内容
 
バルセロナは10年前にオリンピックが開催されたことで、日本人にもお馴染みの街である。市の西南部、海に近いモンジュイックの丘にオリンピック競技場があり、その隣の室内競技場を主会場として、丘を降りたスペイン広場近くの国際会議場などでは10の分科会が同時並行で開催された。昼にはポスター展示への質疑、また技能研修のワークショップも開催され、早朝や夜にはサテライト・シンポジウムなども行われるという多彩な内容であった。
 最終日に閉会式に先立って会議を要約するセッションが行われ、7つの専門分野ごとに、内容の総まとめが紹介された。このように大きな会議で、同時並行して多くの分科会が行われる場合には、適切な企画である。主な内容を紹介すると、ワクチンの研究は現在フェーズTの段階のものが25、Uまで進んだのが5、Vまできたのが2とのことである。抗エイズ薬は1日1回の投与ですむものなど、新薬の開発は進んでいるが、根治させるほどのものはなく、また休薬期間を置く投与方式はまだ臨床研究の段階であることが強調された。検査の普及については、迅速法の採用で結果を聞きに来る者の割合が増加し、米国では検査用自動車の活用で検査件数が増えた例が紹介された。ハイチからはエイズ、結核を含め種々の感染症の治療を効果的に行っている事例が紹介された。南アでは裁判所がエイズに感染している妊婦に抗エイズ薬を使えるようにする判決を出し、政府が対応を始めている。

エイズ対策と結核対策
 
筆者が最も関心を持ったのは、エイズ対策と結核対策との関連であり、WHOの結核部門とエイズ部門が共催したサテライト・シンポジウムと、分科会のエイズと結核部門に出席した感想を述べてみたい。
  結核とエイズが相互に干渉し合い、発病や進展を促進することはよく知られているが、アフリカの大部分の国や一部のアジアの国では両疾患を併発する例が多く見られ、双方の対策がお互いを抜きにしては語れない段階まで来ている。そうなると、この10年間DOTS政策を実践してきた結核の経験と実績が生きることになる。抗結核薬を確保し全国に配布する体制の整備、標準化した処方で、特に治療開始後2ヵ月の大切な時期に、患者が確実に服薬していることを見守るやり方、記録を整備し、コホート調査で治療の成果を確認する方式などを結核対策では実施してきた。この基本的な考え方はエイズ対策を立てる際にも準用されなければならない。
 これらの国では、結核患者は極めて高率にエイズにも感染しているので、まず結核を診療しながらカウンセリングを行い、患者の同意を得てエイズの検査をして、感染者を発見することになる。免疫に重要な役割を果たしており、エイズ・ウイルスによって破壊されるCD4というリンパ球の数を調べることによって、抗エイズ薬による治療が必要か否かが決められる。したがって、カウンセリングのできる職員、エイズの検査とCD4リンパ球数を測定できる能力、それに抗エイズ薬を使える職員が加われば、結核対策の中でエイズにも対応できることになる。

結核対策とエイズ対策を一緒に行う難しさ
 
しかし、現実にはエイズに感染した者に対する結核対策には多くの問題点がある。結核患者の治療の際に中心となる役割を果たしているリファンピシンと抗エイズ薬の一部は、相互に代謝が干渉し合ってリファンピシンの濃度が高くなり、副作用が出る恐れがあり、一方抗エイズ薬であるプロテアーゼ阻止剤の一部は、濃度が低くなり効果が期待しにくくなる。したがって、エイズの病状がよほど重くない限り、まず結核の治療を始め、治療開始後当初2ヵ月の強化処方の期間終了後は、エイズの病状が許せば結核の維持期の処方を続けて、合わせて6ヵ月で結核の治療を終わり、エイズの病状が重ければ、維持期の結核の治療はリファンピシン以外の処方にして、抗エイズ薬の併用を始める。結核を治すことがエイズの経過にも良い影響を与える。
 抗エイズ薬は死亡率を低下させ、患者のQOLを改善するのには極めて有効であり、血液中のウイルスの量も検出できなくなるが、ウイルスはリンパ節内に生き残っており、現段階では治療を止めてよい目途は立たないので、いったん服薬を始めると生涯服薬を続けねばならない。このため、治療を担当する施設に、その負担増に対応できるだけの職員や予算を手当てしないと、精一杯動いている結核対策の部門が負担過重で動かなくなる恐れがある。
 エイズと結核の双方に感染しているが結核を発症していない者には、抗エイズ薬の適切な使用で、結核発病の恐れが低下することが分かっている。また、結核発病予防のためにイソニアジドの投与が有効であるが、すでに発病している患者の振り分けが適切に行われないと、イソニアジドの単独使用になり、耐性発生の恐れがある。X線検査を高い精度で行うことが難しい多くの途上国では、実際にどのようにして患者を振り分けるかが大きな問題になる。

おわりに
 
会議の最後には、米国のクリントン、南アのマンデラ、両前大統領が登場し、エイズウイルス感染者の人権を尊重し、治療に見られる格差を是正することは、21世紀の全世界に課せられた大きな問題であると述べ、満場の拍手喝采を浴びた。このことに全く異議はないが、格差是正の対象に結核や予防できる小児感染症なども含めるべきであると考えるのは、結核専門家のひがみであろうか。


updaated 02/12/02