PZAを含んだ肺結核の6カ月短期化学療法

解 説 複十字病院での試み

★ 解  説 ★

 結核の治療方法は、『抗結核薬のなかった専ら大気安静と栄養の補給を主とした化学療法法前、肺虚脱療法とストレプトマイシンとパスの時代』、 『イソニアジド、ストレプトマイシン、パスのいわゆる古典的3者併用時代』、 『リファンピシンが使用できイソニアジド、リファンピシン、ストレプトマイシン併用の時代』とに分けられます。 化学療法が進歩するに従い治療成績も向上し、治療期間も短縮化されるようになりました。

 現在日本では、『イソニアジド・リファンピシンを中心とした3剤または2剤併用療法』で9カ月から12カ月の治療方法が、 標準化学療法として推奨されていますが、実際には全国平均では約19カ月もの長期間の治療がなされています。 しかしながら国際的には肺結核初回治療方式は『isoniazide(INH)とrifampicin(RFP)にpyrazinamide(PZA)を併用した6カ月間短期化学療法』が主軸となっていますが、 わが国ではPZAを併用した6カ月短期化学療法は今回の医療基準の改訂まで標準化学療法式としては認められていませんでした。
 近年わが国では結核患者の質的な変化、つまり社会的、身体的、経済的な諸問題を抱えた患者が増えている事に鑑みて化学療法の成績の向上のために6カ月間短期化学療法が有用と思われます。 

★ 複十字病院での試み ★

結核研究所・疫学研究部長  和田 雅子

【 対 象 】

 1991年1月から1993年12月までに本院に入院治療を受けた80歳未満の初回治療肺結核患者を対象とした。 ただし肝硬変などの重篤な肝機能障害を合併した例、また治療開始時の薬剤感受性試験でINHまたはRFPに耐性例は対象から除外した。

【 治療方式 】

 最初の2カ月間INH・RFP・PZA・streptomycin(SM)あるいはethambutole(EB)の4剤併用で、その後4カ月はINH・RFP・EBまたはSMを使用した。薬剤の一日投与量は体重50kg以上ではINH 0.4g,RFP 0.45g,SMは毎日投与例は0.75g/日週2回投与では1.0g/日、EBは0.75gとした。PZAの投与量は一般的には20-30mg/kgであるが、体重にかかわらず1.2gとした。また副作用が出現した際の対応は主治医の判断に任せた。
研究初期には塗抹陽性かまたは空洞例を対象としてきたが、副作用が少なく、6カ月で治療終了できるので後には軽症例も対象といたしたため、通常筆者らが治療している対象よりもやや重症に傾いている。

【 結 果 】

【A.対象の性・年齢分布】

 この期間対象となった症例は319例だった。男性248例、女性71例平均年齢はそれぞれ46.6歳、43.7歳であった。男性は40歳代にピークが見られた。女性では20歳台にピークがあり、60歳台以上がついで多くみられた。

【B.患者職業】

 民間職員がもっとも多く、全体の31.3%を占め、次に常用労務者が27.0%、無職が19.4%と続いた。
 常用労働者と日雇い労務者90例(平均年齢44.3歳)と、民間職員100例(平均年齢42.4歳)、無職62例(平均年齢58.8歳)について患者のプロフィールを見た。 常用労務者・日雇いの患者の特徴は全症例の頻度と比較すると、塗抹陽性例が多く(81.8%)、空洞例が多く(77.7%)、 転医例が多い(10.0%)事であった。民間職員100例では検診発見例が20%と多く、他疾患管理中に発見された例は少なく(1.0%)、 広範囲空洞例が少なく(10.0%)、治療終了例が多かった(88.8%)。62例の無職の患者群では広範囲空洞型が30.7%を占めていたのがめだち、 また他疾患の管理中に発見される例が多く(8.1%)、死亡例が17.7%と多い事が特徴であった。

【C.発見動機】

 患者の発見動機は自覚症状発見 がもっとも多く全体の76.5%を占め、ついで健康診断発見であり、接触者検診発見はわずか1.6%にすぎなかった。 また他疾患治療中に発見された例は4.1%だった。
 検診発見57例と自覚症状発見の244例について病状と治療結果についてみると、 治療開始時の排菌量では自覚症状発見例では塗抹陽性例が69.9%と検診発見例の52.7%を大きく上回っていた。 X線学会病型では自覚症状発見例中広範囲空洞例は19.6%であるのに対し、検診発見例では5.3%だった。
 自覚症状発見例では7.4%が死亡していたが、検診発見例には死亡例は見られなかった。 また検診発見例は84.2%が治療終了していたが、治療中断率は両群に差はみられなかった。 

【D.既往症・合併症】

 結核発病の危険因子としての既往症または合併症をみると、糖尿病合併例が21.0%に合併し、 胃切除術例が4.4%、悪性腫瘍の既往または合併例は3.4%にみられた。 副腎皮質ホルモン剤の投与を受けた例は1.3%だった。またHIV感染は2例0.6%に見られたにすぎなかった。
 その他の合併症では精神疾患が3例0.9%に肺外結核10例3.1%気管支結核は9例2.8%に胸膜炎は21例6.6%に合併していた。

【E.治療開始時の排菌量と薬剤感受性試験結果】

 検体が喀痰の治療開始時の排菌量は68.7%は塗抹陽性で91.2%は菌陽性だった。 薬剤感受性試験の結果では菌陽性290例中1剤耐性は8.6%、(INH0.1mcg/ml耐性を含む)2剤耐性は2例0.7%、3剤耐性は1例0.1%だった。 INH0.1mcg/ml耐性をのぞくと1剤耐性頻度は6.2%だった。

【F.治療開始時のX線学会病型】

 319例の学会病型分類ではI型13例(4.1%)II3型が38例(11.9%)で51例(16.0%)が広範囲空洞例だった。 II2型は138例(43.3%)、II1型は28例(8.8%)で217例68.0%が空洞例だった。 III3は16例(5.0%)、III2型は57例(17.9%)III1型は28例(8.8%)その他1例(0.3%)であった。

【G.治療成績】

1)菌陰性化率
 図1に治療開始後6カ月目までの菌陰性化率を示した。 菌陽性で治療終了した164例について菌陰性化速度を1989年1月から1990年12月までに標準化療を受けた菌陽性140例と比較した。 PZAを含んだ治療では2カ月目の陰性率は95.1%、5カ月目に100%菌陰性化していた。4カ月目と5カ月目に陰性化した3例のうち2例は一度陰性化してから微量排菌が見られた例だった。 標準化療例では2カ月目の菌陰性化率は90.0%で、100%菌陰性化するのは6カ月後だった。 この陰性化率は標準化療方式の陰性化率と比較して統計学的に有意差はみられなかった。

2)治療終了後の再排菌率と観察期間
 治療変更なく終了した148例中治療終了後の再排菌は1例0.7%に認められた。 この例は治療開始時の排菌量はGaffky7号、X線病型はbU2、薬剤感受性試験では全剤感性であった。 糖尿病合併例で6.5カ月の治療を終了後4.5カ月後に陰影の悪化で気管支鏡検査を受け気管支洗浄液の培養で結核菌が陽性となった例だった。 再排菌時の薬剤感受性試験でも全剤感性で、12カ月の治療を行い経過良好であった。治療終了後の観察期間は平均18.5カ月だった。 最も多いのは18カ月から24カ月で31例21.1%を占めていた。

【H.最終観察時の状況(症例全体)と排菌状況】

 表1に示したように全症例319例中254例79.6%が治療終了していた。 継続治療中の1例は初回多剤耐性結核で外科手術を受けたが再排菌した治療失敗例である。 治療から脱落した例は25例だったが、3例は充分な治療を受けているにも拘らず継続治療されて患者が受診しなくなった例であった。 8例はその後治療を受けていた。死亡例が18例あり、その内の11例は結核による死亡だった。
 治療終了例と継続治療中の例255例の排菌状況をみると250例は菌陰性化し再排菌も見られなかったが治療失敗1例0.4%に、 治療終了後再排菌3例1.2%に見られた。

【I.副作用】

1)全体
 表2に示したように最も多く見られた副作用は尿酸値の上昇だった。 血清尿酸値が治療開始時正常で開始後尿酸値が10mg/ml以上となった男性例は207例中89例(43.0%)あり、 このうち関節痛が出現したのは1例0.3%であった。女性では58例中31例(53.4%)が尿酸値が8.0mg/ml以上となったが関節痛を訴えた例は見られなかった。 ついで多いのは肝機能障害だった。これは治療開始時肝機能障害がなく治療開始後血清GPT値が50IU/ml以上となった例と、 血清ビリルビン値のみが上昇した例の頻度を示している。肝機能障害のために薬剤が中止されたのは26例8.2%だった。 第3番目に多い副作用は発疹や発熱などのアレルギー反応で、17例5.3%に見られ、 この副作用のために薬剤が中止されたのは9例2.8%だった。

2)肝機能障害(治療開始時正常例)
 表3には肝機能障害についてその程度と自覚症状の有無を示した。治療開始時正常で開始後GPT値が50IU/ml以上となった53例中37例(69.8%)は150IU/ml以下だった。300IU/ml以上となった例は8例15.1%に認められた。食思不振、嘔気、嘔吐などの自覚症状の出現頻度はGPT値が100単位以下では10.3%に認められたが、300単位以上となると50.0%に見られた。自覚症状を伴う頻度は肝機能障害の程度が増すほど多くなっていた。

3)肝機能障害(治療開始時異常例)
 治療開始時の血清GPTあるいはGOTが50IU/ml以上の例は45例あり、その内の40例はトランスアミナーゼが50から100IU/mlの範囲だった。10例はPZAが中止されていたが30例は続けて投与されていた。それらの内23例はトタンスアミナーゼは不変かまたは改善しており、150IU/ml以上となった例は2例だった。治療開始時100IU/ml以上であった例は5例あり1例は中止、4例は継続治療されており、全例肝機能は不変か改善していた。

4)薬剤中止例
319例中44例は副作用のためにいづれかの薬剤が中止されていた。中止理由の最も多いのは肝機能障害で25例56.8%であった。ついで多いのが発疹で7例15.9%だった。 表4に示すようにPZAが副作用のために中止された例が35例あり、25例71.4%は肝機能障害の為に中止されていた。発熱,発疹がそれぞれ3例づつで8.6%だった。   

【J.死亡例】

 結核死11例のプロフィールをみると全例男性で平均年齢は58.7歳、31歳から77歳で、70歳以上の高齢者は3例のみだった。全例自覚症状発見であり、排菌量は9例までgaffky3号以上、胸部X線学会病型では7例が広範囲空洞例であった。死亡までの期間は3カ月以内が8例、3から6カ月以内が2例、1例は1年1カ月で死亡していた。3から6カ月以内に死亡した2例とも続発性気胸を合併しており、1例は外科手術を行ったが術後死亡、両者ともに胸水からアスペルギルスが培養された。1年1カ月で死亡した例は治療開始時の感受性試験でINHの0.1mcg/mlで耐性だったが、4剤併用で4カ月目には培養陰性となったが、塗抹陽性培養陰性菌が喀出され続けており、11カ月目には治療中にも拘らず塗抹gaffky5号培養2+となり13カ月目に死亡した。 

【K.治療有効率】

 表5には319例の治療有効率を示した。効果判定から他病死7例、転医21例をのぞく291例中、治療成功例は265例、失敗例は陰性化失敗1例、治療からの脱落14例、不規則治療8例、治療終了後再排菌3例、死亡11例、治療有効率は87.3%だった。

【L.糖尿病合併例】

 糖尿病合併例は64例あり、男性55例、女性9例で平均年齢はそれぞれ50.5歳と、54.1歳であった。治療開始時の排菌量は82.9%が塗抹陽性で、全体の68.7%と比較すると塗抹陽性例の頻度が高かった。また95.3%は菌陽性であり、全体の91.2%と比較すると高かった。X線学会病型は全体例と同様の傾向であった。PZAを2カ月使用でき治療終了した42例中の菌陰性化率は1カ月目66.7%、2カ月目92.9%、3カ月目で100%であった。 副作用では薬剤アレルギーが64例中17例(26.6%)と全体の5.3%に比較すると高率であった。64例中治療終了例が50例あり、そのうち30例が6カ月で終了していた。治療延長した20例中7例は副作用の為に1例はINH耐性のため治療期間が延長された。他の13例は延長理由が不明であった。治療終了した50例中49例は菌陰性化し、1例のみが治療終了後に再排菌が認められた。 

まとめ

 以上に'91年から'93年までに2HRS(E)4HREの治療方式で治療された初回治療成績を見ると菌陰性化率も2カ月目95.1%、治療終了後の再排菌率も0.7%と標準化学療法の治療成績と劣らない事がわかった。
 この治療成績は過去の治療成績と同様であった。また副作用でも薬剤の中止を要する肝機能障害も8.2%と従来の標準化学療法時の頻度と同様で過去の成績と同様であった。しかしPZA使用時の肝機能障害の出現時期は標準化療下でのそれに比較すると有意に短期間で起こっており、また重篤な障害はPZAを含んだ治療で起こっている事から副作用の監視とその対応は慎重に行われるべきである。漫然と長期間PZAを使用することは避けなければならない。糖尿病合併例についても菌陰性化速度では2カ月目92.9%、3カ月目で100%であった。治療終了時の再排菌は30例中1例3.3%であった。以上の結果から亀田が示すよう内外の成績でPZAの有効性は確立されているのであるから、日本でも結核の疫学状況からも患者層の変化からもこれらの状況に対応して、より強力なより短期間の治療法が望まれている今日結核の医療基準が改訂されたのはまさに時機を得たものであろう。 

  複十字病院の短期治療の研究は以下の共同研究者と共に行われた。(五十音順)

複十字病院
 伊藤邦彦・尾形英雄・杉江琢美・杉田博宣・中園智昭・水谷清二・
結核研究所
 大角晃弘・大菅克知・星野斉之・山田紀男・吉川正洋・吉山 崇
 


Updated 99/06/07