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結核菌検査法の最近の進歩(1)


結核予防会理事長   青木 正和


従来の結核菌検査の方法

 

 「結核」という病気は結核菌による感染症なので、その診断には結核菌を証明することが非常に大切です。実際には、まず「たん」の 中に結核菌がいるか否かを顕微鏡で調べるのですが、1mlの「たん」の中に7000個以上の菌がなければ普通見つかりません。
 そこで次の方法として「たん」を培養するわけですが、結核菌は条件が良くても15時間に1回しか分裂しません。 このため、菌の集落(コロニー)が見えるようになるのに早くても3週間くらいかかり、場合によっては8週以上もかかります。その上、「たん」 の中にはいろいろな細菌が混入しており、これらは20分に1回くらいの割合で分裂して増えていくので、これらを処理しておかないと結核菌の培養はうまくいきません。 この「前処理」は結核菌も傷めるので、「たん」の中の菌の数が少ない場合には生えてこないこともあり、結核の診断を困難にしていました。
 このため、もっと早く確実に結核菌の有無を確かめる方法の出現を誰もが願っていたわけです。その上、最近では、結核菌の仲間である「非定型抗酸菌」 による病気が増えてきたので、結核菌と非定型抗酸菌を短時間で鑑別する方法の開発も強く望まれていました。
 ローベルト・コッホが結核菌を発見した1882年(明治15年)から多くの研究が重ねられてきたのですが、その後100年の間、培地の改良によって培養をある程度早くする方法以外には、良い方法は開発できませんでした。
 

最近10数年間の目覚ましい進歩

 

 1970年代の後半からの分子生物学、遺伝子工学の進歩はまことに目覚ましいもので、これらの進歩を受けて遺伝子レベルで菌を検出する技術が次々と開発されました。 この技術を使えば、結核菌なら結核菌に特有の遺伝子の一部の有無を直接証明することになるので、菌のように発育が遅い菌の検出には願ってもない方法です。
 しかし、結核菌の細胞壁はロウ様物質を含み極めて強固なので、結核菌やその仲間の抗酸菌の遺伝子診断法の開発はやや遅れましたが、一度この方法が確立すると、その後は新しい技術を応用した 結核菌や非定型抗酸菌の検出法が次々と開発され、その進歩にはまことに目を見張るばかりです。主なものだけをみても、表1のとおりです。
 最近の10数年の進歩は、コッホが結核菌を発見した1882年からの100年間の進歩より早いと思うほどです。

表1 最近10年間の主要な抗酸菌検査法などの進歩
表2 最近新たに開発された抗酸菌検査法 表3 抗酸菌の主な検査材料
 

新しい結核菌検査法の概略

 

 表1をみても、あまり親しみのない記号がたくさん並んでいて理解に苦しみます。これらを一つずつ解説していくとそれだけで与えられた紙数を超えてしまうので、その概略をまとめると、表2のとおりです。この表の「1新しい培養法」 以外はすべて遺伝子診断です。
 その上、検査材料も「たん」だけでなく、表3にみるようにいろいろです。これらの検査材料、検査方法がさまざまに組み合わされて検査が行われているので、最近の結核菌検査、あるいは抗酸菌検査は以前に比べると画期的に進歩したと 言えますし、現場から離れている人には理解が困難になってきているとも言えるでしょう。
 

ハイブリダイゼーション

図1 DNAの二重らせん
 

 さて、DNA診断のしくみを簡単に述べれば次のとおりです。ヒトでも結核菌でもすべての生物の遺伝情報は2本鎖のデオキシリボ核酸(DNA)に保存されています。 DNAは、構成する4種類の塩基が互いに相補的なもう1本のDNA鎖の塩基と互いに水素結合し2重らせん構造を形成しているわけですが、図1にみるように、 これらの塩基は互いに決まった相手としか結合しません。アデニンはチミンと、グアニンはシトシンとだけ相補的に結合するのです。
 この2本鎖DNAは、アルカリあるいは加熱処理などでほぐれて1本鎖となりますが、相補的な塩基配列の鎖があると、これと水素結合して2本鎖になる性質があります (ハイブリダイゼーション)。従って、例えば結核菌に特異的な1本鎖DNA断片(DNAプロープ)と未知検体の1本鎖DNAとでハイブリダイゼーションが起こったことが 確かめられれば、結核菌の存在が遺伝子レベルで確保されたこととなります。
 ただし、この方法で結核菌を証明するには、1mlに10万個くらいの結核菌がないと検出できません。このため、菌を培養して増やした後でハイブリダイゼーションで菌の存在を調べるか、あるいは検体中のDNAの一部を何万個〜何10万個に増やした後で ハイブリダイゼーションを行わせて検出することが必要となります。
 表2の「2結核菌の遺伝子診断」の2つの方法は、いずれもDNAまたはRNAの一部を増幅して検出する方法ですし、「3菌種同定法」は、いずれも菌を培養して増やした後で菌種の同定を行う方法です。
 

結核菌検査法の最近の進歩(2)


 

今後も重要な喀痰塗抹検査

 

前号でみたように、バイオテクノロジーの技術を駆使した新しい検査法が次々と開発されたので、従来の検査法は不要となり、間もなく新しい検査法に取って替わられるだろうと考える方もある かも知れません。しかし事実は全く違います。新しい検査法には優れた点が多々あるため膨大な努力と費用を払って開発されたのですが、それは決して完全なものではなく欠点もあります。検査はすべて「検査の目的」があるから 行うわけですから、この目的のためにどの検査が最も適切か、よく考えて行わなければなりません。
 結核の検査でまず第一に大切なことは「結核の診断」と「感染性の診断」ですが、この2つをかなり正確に、 極めて短時間でできる方法は、最も古くから行われている「喀痰塗抹検査」です。このことは遺伝子診断が進んだ今も変わりません。確かに、喀痰塗抹検査では「たん」の中に、ある程度以上の結核菌がなければ陽性になりません。 1mlあたり6千〜7千個の菌が必要と言われています。「結核の診断」のためには1個の菌の証明でも非常に重要な意味があるので、数千個以上なければ検出できないというのは頼りないと思われるでしょう。 診断のためにはそのとおりです。しかし、実際の臨床の場、あるいは公衆衛生学的に最も重要なことの一つは、周りの人達への「感染性の有無」、あるいは「その危険性の大小」の診断です。 そしてこの目的のためには、喀痰塗抹検査が今でも非常に重要ですし、この比較的簡単な検査法の重要性は今後も変わらないでしょう。
 喀痰塗抹検査は感染性の診断のほか、簡単な検査でどこでもできること、結果が1時間程度で分かることも大きな長所です。多くの検査技師が慣れている検査であり、経済的に安価な検査である点も 長所です。
 しかし、欠点ももちろんあります。まず第一には、この検査では「抗酸菌陽性」ということが分かるだけで、結核菌か非定型抗酸菌か鑑別できないことです。 ですから、X線写真や臨床所見などから非定型抗酸菌症が疑われるときには、次に述べるPCR(アンプリコア)やMTDで検査を行い、結核菌か否か はっきりさせることが必要となるでしょう。
 この方法の第二の欠点は、生菌でも死菌でも同様に陽性とされることです。また、ガフキー1号など菌数が少ないときには、食物残渣やスライドガラスの キズが赤く染まって抗酸菌陽性とされることも時にはあります。ガフキー1号と報告された場合にはすぐに再検査を行い、抗酸菌が本当に陽性か否か確かめておくことが大切でしょう。
 喀痰塗抹検査の主な長所と短所をまとめると表1のようになります。このような欠点があることは事実ですが、利点が大きいので、結核菌検査の最も重要で基本的な検査の 一つとして今後も生き残り、特に初診時には絶対に欠かせない検査として生き続けるでしょう。
 

表1 喀痰塗抹検査の長所と短所
表2 遺伝子増幅法による抗酸菌検出法の長所と短所

遺伝子増幅法による結核菌の検出

 

 昨年、健康保険の適用となってから全国で急速に普及し、使われ過ぎと言ってもよいような状況になっているのが、MTDあるいはPCRによる抗酸菌の遺伝子診断法です。 MTDはRNAを増幅し、PCRはDNAを増幅していること。増幅の方法が異なること。MTDでは現在市販されているのは結核菌検出キットだけですが、PCRでは結核菌検出キットと MAC(M. avium complex)検出キットの両方が市販されていること。MTDは健康保険で7千5百円、PCRは結核菌の検出が6千円、MACの検出が7千円であることなど、主なところだけで みてもいくつかの点で差異がありますが、実際上は両者にあまり大きな差はありません。
 どちらも検体の中に数個の菌があれば検出できる程感度の良い検査法ですし、自施設で検査を行えば数時間で結果が得られ、外注しても4日目には結果が 報告されるので、培養結果をみるよりずっと早く結果が分かります。その上、結核菌あるいはMACの有無を、前号で述べたハイブリダイゼーションで検出しているので、 結核菌あるいはMACの鑑別も確実であるという点も大きな利点となっています。
 しかし、もちろん欠点もあります。第一の欠点は、生菌でも死菌でも区別なしに検出されることです。また、菌数が多くても少なくても同様に陽性とされ、 菌数が分からないことも「感染性の診断」や「非定型抗酸菌症の診断」の場合にはマイナスとなります。さらに、あまりにも敏感な検査なので、不注意に扱うと「偽陽性」、 つまり本当は陰性なのに誤って陽性とされることが時に見られるという欠点もあると言われています。
 また、さらに、菌の生死の判定、あるいは薬剤感受性試験のために、結局は培養検査が必要になるという問題がありますし、検査の費用が高いという欠点もあります。
 このため、この遺伝子増幅法による検査を実際の臨床の場でどう使うのが良いか、広く一致した意見はまだ得られていないというのが実状です。 今のところ、次のような場合には是非使うことが勧められるでしょう。

 

MGIT法

 

 従来から行われている小川培地による培養は、ほかの方法に比して扱い方がやさしい上に、雑菌混入によって結果が分からなくなることが少なく、 経済的にも比較的安価なので、戦後、全国的に広く使われ、最近は途上国でも使われるなど非常に優れた培養法です。結核研究所 の細菌学研究科にいらした小川辰次先生が戦後早い時期に開発されたものです。しかし、少数の菌では生えてこない、 特に培養の前処理を3%NaOHで行うと少数の菌は生えてこないということと、結果が分かるのに1月、時には2月も かかるという点が欠点になっています。
 菌を培養することは、菌の生死を知るために必要ですし、どの薬が効くかを試べる耐性検査(薬剤感受性検査) のためにもどうしても必要です。このため、少数の菌を短時間のうちに培養する培養方法の開発が待たれていました。
 比較的早く開発されたのがバクテック法ですが、アイソトープを使うため、わが国では一般には使うことができませんでした。この方法は 米国などでは広く使われており、結核菌の培養は10日から2週間でできるというのが常識になっているくらいです。
 ところが、アイソトープを使わず、バクテック法とほとんど同じように、少数の菌でも生え、しかも10日から2週間くらいで 判定できる方法が最近開発されました。MGIT法(Mycobacterium Growth Indicator Tube)です。既に研究 段階は終わり、今、厚生省に申請が出されている段階です。それ程遠くない時期に許可が下り、使えるようになることが期待 されています。
 この方法は、少数の菌でも早く検出できる点は優れていますが、小川培地培養に比べると、前処置がやや面倒なことが短所 となるかも知れません。
 この培地に一定濃度の薬剤を入れれば薬剤感受性試験も従来法に比べればずっと早くできるでしょう。耐性 培地の発売はまだ先のことですが、少数の菌でも迅速に培養できる方法が広く使えるようになる日が早く来ることが望まれます。
 

 

結核菌検査法の最近の進歩(3)


一新した抗酸菌同定法

 新しい抗酸菌検査法の開発により、すっかり変わったのが抗酸菌同定法です。
 「結核」の原因となる結核菌には、兄弟のように非常に近い関係にある「牛型菌」や「アフリカ菌」から、近い親類の「M.kansasii」、 やや遠い親類の「鳥型菌=M.avium」や「M.intracellulare」、あるいは、遠い親類で人には病気を起こさない「恥垢菌=M.smegmatis」 などまで種々様々な菌種があり、「抗酸菌属」と呼ばれています。
 わが国には牛型菌やアフリカ菌による病気はありませんが、M.avium、M.intracellulare、M.kansasiiなどによる病気は今では珍しくなく、 菌陽性の患者の10数パーセントを占めるほどになっており、「非定型抗酸菌症」と総称されています。これらの菌による病気は臨床経過、 治療法などが一つずつ違うので、菌種を決めることが非常に重要になります。菌種を鑑別し、決定することを「同定」と言います。
 従来は菌種の同定は非常に複雑で、難しい検査を何種類も行い、その結果を総合して決めていました。菌が分離されてから菌種決定まで 2ヶ月くらいかかることは普通のことでした。
 それがハイブリダイゼーション法が出来て、様相は一変しました。あらかじめ、ある菌種に特異的な領域のDNAの一部、あるいは全染色体 DNAを用意しておき(プローブ)、これとどの程度ハイブリダイズするかを見れば、DNAレベルでいっぺんに正確な菌種同定をすることができるからです。 しかも、今まで2ヶ月もかかっていた同定を数時間で済ませることができるのです。
 

大部分の菌種同定が可能

 図には、岐阜大学のグループが中心になって開発したDDH(DNA:DNAハイブリダイゼーション)法の市販のキットで同定できる 18菌種を示しました。わが国で認められる「非定型抗酸菌症(非結核性抗酸菌)」のほとんどすべてが含まれているので、菌種同定の 悩みはだいぶ解決できたと言えましょう。
 それにしても、あまり聞いたこともない多くの菌種があるのに驚かれる方もあるかも知れません。これらの菌による病気は、臨床症状、経過 、X線写真では結核と全く区別できません。これらのうち、M.avium とM.intracellulare はMAC(M.avium complex)として前号で 述べたPCR法(アンプリコア・マイコバクテリア)で検出・同定ができますが、他の非定型抗酸菌は、まず培養を行い、発育してきた菌を用いてDDH 法で同定するのが最も速く、かつ正確に同定できる方法となっています。
図 DDHマイコバクテリアで同定できる18菌種
 

結核菌の指紋検出

 遺伝子工学的技術の最近の発展により初めて可能となったのが、結核菌のいわゆる指紋検出法、RFLP分析です。結核菌のDNAをある制限酵素で 切断すると、断片の数と長さは菌株によって異なるので、電気泳動で展開して調べると、菌株によりさまざまなパターンを示します。これを RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)、制限酵素断片長多型と呼びます。この形質は遺伝するので、RFLPパターンが同一なら、これらの 菌は同一菌株に由来する菌ということができます。制限酵素断片長多型という日本語は分かりにくいのでRFLPとか「いわゆる結核菌の指紋分析」などと普通呼ばれています。
 従来は、ファージ型とか、またあまり有効でない抗結核菌の低濃度耐性パターンを見るなどして菌株の同一性を判断していました。 しかし、ファージ型別は普通2つしか見られないので鑑別には不十分ですし、耐性パターンも類似の菌株が多く、菌株鑑別は不確実と言わざるを 得なかったのです。
 ところが、今度はDNAレベルで菌株が同一か否か確実に判定できるようになったのです。RFLP分析により、現在次のような研究が 進められており、また、多くの成果が得られつつあります。

  1. 結核集団感染の際に
    @感染源が確定できる。
    A同一感染源からの感染・発病であることの確認ができる。
    B逆に、同一集団内から患者が多発してもRFLPパターンが異なれば、偶然の多発と確定することができる。
  2. 地域での結核感染の様相の解明
    家族検診、接触者検診で発見されるより、はるかに多く、広く感染がおきていることが最近報告されている。
  3. 再感染の有無の確認
    再発例で再発時の菌のRFLPパターンを初回発病時の菌のパターンと比較すれば、再発か再感染かを区別できる。事実、HIV感染者では 再感染が少なくないことが証明されている。
  4. 世界的規模での結核蔓延の様相の解明
    世界各地の結核患者の結核菌のRFLPパターンの分析が進めば、地球的規模での結核蔓延の道筋が解明される可能性もある。
 

 RFLPを用いた結核疫学の研究は、まだ始まったばかりです。今後の発展が大いに期待されています。


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Updated 97/02/24