結核医療基準の改正をめぐって
短期化学療法の推進を

青木正和   結核予防会理事長

誇るべき結核化学療法の歴史

結核化学療法研究の歴史をみると、1944年にストレプトマイシンが開発されるまでは失敗の連続だった。当時の大家により有効と言われたツベルクリン、サノクリジン等、数えきれない程の薬が出現しては消えていった。一体どうすれば「本当に効く」か否か分かるのか?「有効性を証明する方法」の研究にまでさかのぼって研究がすすめられた。そして得られた結論が「無作為割当て法による臨床対照実験」である。  
例えば、ピラジナミドを含む2HRZE/4HR (略号は表1参照)と、従来の6HRS/6HR の効果を比較するなら、一定期間に新たに診断された塗抹陽性肺結核患者を無作為にいずれかの治療方式に割りふり、化学療法方式以外の条件は全く同じにして、両群の治療成績を比較するのである。結核では、喀痰中の結核菌陰性化率や再発率など客観的判定基準も確立しているので、治療法の優劣を正確に客観的に決めることができるのである。  
表2には、こうして進歩してきた結核化学療法発展の歴史を示した。結核の化学療法は、「この治療法のほうが良いようだ」とか、「私はこれが好きだ」という印象の上に成り立っているのではなく、学問的基盤の上にしっかりと築きあげられているのである。

世界の大勢

 費用がかかるため発展途上国での採用が遅れていた短期化学療法も、1991年(平成3年)にWHOが積極的に転じて以来、急速な勢いで普及している。表3にはWHOがすすめる化学療法方式を、表4には米国の標準化学療法方式を示した。英国、オランダ、フランスなど多くの国でも米国の方式とほぼ同様である。こうしてみると、ピラジナミドを含む6ヵ月の化学療法が今では世界の大勢となっていることが分かる。

日本の実情

 これに対し、わが国では、ピラジナミドの副作用に対する警戒から6ヵ月療法は普及せず、今でも平均1年7か月の治療が行われている。確かに、昭和30年代にピラジナミドが使われた時には、6ヵ月以上にわたり1日2グラムのピラジナミドを使用したため、肝障害や高尿酸血症などの副作用が高率だった。しかし今では、治療初期の2ヵ月間だけ、しかも1日1.2〜1.5グラムを投与するので、副作用の出現は遥かに低率となった。患者にとっては1年半の治療と6ヵ月の治療では大違いである。その上、再発率も低くなる。複十字病院や大阪府立羽曳野病院などの経験でも、副作用は恐れている程高率ではないことが分かった。
 このような状況から結核病学会治療委員会は6ヵ月の短期化学療法をわが国の標準治療方式にも加えることを勧告した。公衆衛生審議会結核予防部会も同様の意見であった。これらに基いて平成7年12月26日に告示が出されて「結核医療の基準」の一部が改正されることとなり、平成8年4月1日から実施されることとなったわけである。

新しい「結核医療の基準」

 新しい「結核医療の基準」は表5にみるとおりである。喀痰の塗抹検査で結核菌陽性の患者は強力に治療することが必要なので、1または、2の方式で治療を行い、これ以外は1、2、3のいずれで治療してもよいというのが標準治療方式である。これは「標準治療方式」なので、このいずれかでなければならないという意味ではないが、現在の学問的常識からいえば、これ以外の方式で初回化学療法を行うことは先ず考えられないと言ってよいだろう。
 今回、ピラジナミドを含む6ヵ月療法が標準治療方式に加えられた。ピラジナミドは治療初期に使えば結核菌に殺菌的に作用すると言われ、非常に優れた薬である。しかし、酸性の環境下でのみ強力に殺菌力を示すので、病変部位が酸性の治療初期にのみ使う薬剤であって、2ヵ月を超えては使われないのが原則である。
 投薬量はふつう1.2〜1.5グラムとし、これ以上は使わないことも重要である。複十字病院では一律に1.2グラムを使用している。
 はじめの2ヵ月このように強力に治療を行えば、病巣内の結核菌の多くは殺菌される。残った菌は数は少なく、その後、4ヵ月の治療を行えば再発率は極めて低くなることは世界中で確認されている。不必要に長々と治療しないようにしたいものである。
 都道府県別にみると治療期間の地域格差は非常に大きい。図1にみるとおりである。治療期間を短くし、しかも良い治療成績を挙げることは、今後の結核対策の最重点の一つである。

副作用には充分な注意を

 結核治療に用いるヒドラジド、リファンピシン、ピラジナミドの3剤は、いずれも肝障害性をもつ薬である。このため肝機能検査を繰返すと、治療初期には軽度の肝障害を示す例が少なくない。これらは注意して治療を続けても問題はない。
 しかし、「著しい食欲不振」「悪心」「嘔吐」「黄疸」など重大な肝障害を示す症状を患者が訴えた場合には、直ちに、薬を中止するよう指示することが極めて重要である。抗結核薬で激症肝障害を起すと予後が極めて深刻だからである。「来週、肝機能検査の予定があるから」とか、「2、3日様子を見ましょう」などと言わず、直ちに薬を中断して対応しなければならない。頻度は極めて低いので過大に心配する必要はないが、注意が必要である。

 「結核医療の基準」の改正を機に、わが国の結核治療成績が一層改善し、しかも治療期間が短縮することを望むものである。

表1 結核化学療法記載の略号

H:ヒドラジド
E:エタンブトール
R:リファンピシン
S:ストレプトマイシン
Z:ピラジナミド
2HRZEは、HRZEの4錠を2ヵ月間毎日服用することを意味する。
4H2R2は、HRを週2回、4ヵ月間服用することを意味する。
DOT: Directly Observed Treatment直接監視下の治療で、薬を投与するだけでなく、患者が確かに服用したことを見とどけながら治療することを意味している。

表2 結核化学療法の発達

1. SMの開発。結核化学療法の幕開け(1944)
2. 耐性菌の出現を阻止「併用療法」の導入(1946-50)
3. INH開発による優れた治療法の確立(1952-55)
4. 外来と入院で治療成績、周囲への感染に差なし(1959)
5. 服薬を確実にするための監視下の間歇療法の導入(1959)
6. RFP導入による短期化学療法の試み(1972)
7. 発展途上国でも短期化学療法。WHOガイドライン(1991)

表3 WHOが勧告している化学療法方式

カテゴリー 重点 化学療法方式
I 新登録塗抹陽性
陰菌性重症結核
(髄膜炎)
最重要 2HRZE/4HR
2HRZE/4H3R3
2HRZE/6HE
2HRZE/6HT
II 再発、治療失敗例 最重要 2HRZES/1HRZE/5H3R3E3
2HRZES/1HRZE/5HRE
III 新登録塗抹陰性
(重症例を除く)
肺外結核
重要 2HRZ/2HR
2HRZ/2H3R3
2H3R3Z3/2H3R3
2HRZ/6HE
2HRZ/6HT
IV 慢性排菌例 非重要 二次抗結核薬

表4 米国の結核初回治療標準方式(1993年3月

選択 化学療法方式
1 2HRZ/4HR
2HRZ/4H2R2
1. H 耐性が4%以上の地域では、耐性結果が分か
るまでEまたはSを加える。
2. 治療開始後3ヵ月を経て症状が続き、または
培養陽性の場合には専門家に相談のこと。
2 0.5HRZS (or E)/
1.5H2R2S2 (or E2)/
4H2R2
1. DOT (Directly Observed Treatment)
2. 選択1と同じ
3 6H3R3Z3E3 (or S3) 1. DOT
2. 選択1と同じ
AM. J. Respir. Crit. Care Med. 149: 1359-1374, 1994.

表5 新「結核医療の基準」による結核初回治療の標準治療

  1. 2HRZE (またはS)/4HR(E)
  2. 6HRE(またはS)/3〜6HR
  3. 6〜9HR
  結核菌塗抹陽性例には1.または2.
  結核菌塗抹陰性例については1. 2. または3.

都道府県別平均有病期間(1994)


Updated 96/09/19