ニューヨークの結核対策
ニューヨーク市結核対策局長フジワラ先生に聞く

1986年以降、結核患者が急増するという問題に直面したニューヨーク。厳しい状況の中、1992年より結核対策局長に就任したフジワラ先生が中心となり、結核対策に大規模に予算、人員を投入。様々な困難を克服し、再び減少させることに成功した。
 今回、結核研究所主催・国際結核セミナー(99.2)の講師として来日したフジワラ先生に、ニューヨークの結核対策を成功に導いた要因、DOTS(対面服薬治療)や院内感染対策についてお聞きした。

結核予防会会長   青木 正和

dr.aokidr.fujiwara

青木 このたびは結核研究所が主催して行う「第4回国際結核セミナー 結核の院内感染予防対策の実際」のために、お忙しいところをおいでいただき、ありがとうございます。先生とは一昨年はパリで、昨年はニューヨークとバンコクでお会いしましたが、東京でお会いするのは初めてです。先生はもう何回も東京にいらっしゃっていると思いますが。

フジワラ それが、今回2回目なんです。それも前回は旅行でちょっと来ただけなので、初めてと言ってもいいくらいです。父が広島の出身ですので、広島には何回か行ったことがあるのですが……。

青木 先生は日系三世ですから、もう何回も東京にもおいでと思っていました。東京に着かれると観光もなさらずに、すぐに山谷でのDOTの視察をされ、東京でのセミナーの後はすぐに大阪に移り、また視察と講演と聞いて、われわれはその精力的な仕事ぶりに感心しています。ところで、山谷訪問の御感想はいかがですか。

フジワラ 本当に「ビックリシタ」(これだけは日本語)というのがまず第一の感想です。アメリカでの日本のイメージは、経済発展していて清潔で、人々は勤勉に仕事をしている、というものですので、その反対の状況を見て本当に驚きました。「**ホテル」という立派な名前の簡易宿泊所では一つの部屋にたくさんの人が寝泊まりしていて、一方、その宿泊所の主人はコンピュータを操作して宿舎を運営しようと、誇らしげにわれわれに見せてくれたり...。
 山谷の結核患者の治療完了率が40%という数字にもビツクリしました。また、1997年9月からDOTを開始したけれど、今まで治療を行っている患者数の実績が12人という話を聞いて、これは大変だと思いました。でも、東京都がこうして動き出しましたから、これからが楽しみだと思います。

<< 著しく改善したニューヨークの結核 >>

青木 私は昨年ニューヨークに行ってハーレムの結核患者や、シェルター(ホームレス等を一時的に収容する建物)で過ごしている結核患者の様子を見て、こういうところで結核対策を進めるのは本当に大変だろうと思いました(関連記事本誌261号掲載)。それが、一時はあれだけ大変だったニューヨークの結核が、今ではだいぶ落ち着いてきたように聞いていますが、いかがでしょう。

フジワラ 1980年の始め頃、ニューヨークでは1年間におよそ1,500人の結核患者が発生していたのですが、85年頃から急速に増え始め、92年には最高となり、新登録患者数は3,811人にものぼりました(図1)。そしてこのうちの441人がリファンピシン、ヒドラジドなど、多くの抗結核薬が効かず、治療が非常に難しい多剤耐性結核菌による患者だったので事態は深刻でした。ご存じのように院内感染が多発し、それにより多剤耐性結核菌に感染した人々の多くが亡くなっています。この頃のニューヨークの結核の増加は主として、HIVと結核の重複感染者の増加、移民の流入、公衆衛生インフラの劣化、麻薬中毒患者の増加などによるものです。
 私はそのように厳しい状況だった92年に、サンフランシスコからニューヨークに移ったのですが、もう滅茶苦茶に働きました。その結果、幸いなことにニューヨークの結核状況は急速に改善し、97年には新登録患者は1,730人となっていますし、このうちの多剤耐性患者は56人に減少しています。新登録患者は半分以下になったわけですし、多剤耐性患者は最高時の12.7%になっています。

青木 本当に、こんなに早く改善するとは世界中の関係者誰にも考えられなかったので、世界が驚いた見事な成績と言えますね。このように素晴らしい結果を得るのに、最も有効に働いた対策、あるいは要因は何でしょうか。

フジワラ いろいろな対策、状況が総合的に働いて、このように素晴らしい結果になったと思いますが、もし一つを挙げるとすれば、初めに国とニューヨーク市が一緒になって「この状態を改善しよう、結核をコントロールしよう」という強い意志を固め、必要な予算を組み、多くの団体の協力を得ながら、具体的な対策を実施できるようにしたことだと思います。
 実際に強カに進めた具体的な対策としては、     
@市の結核対策局の再編成と強化、
A「ユニバーサルDOT(特定の患者だけでなく、すべての患者を対象としてDOTを行う方策)」の採用、
B院内感染防止対策の実施と強化、
Cどうしても服薬しない患者は拘留して強制的に治療する道を開いたこと
などが重要だったと思われます。

青木 しかし、移民の結核、HIV合併結核、社会経済問題など結核の増加をもたらした重要な問題が残っているのに、よく改善しましたね。

フジワラ 確かにこれらの問題は残っていますが、エイズは最近では随分減少してきましたし、経済状況も大分改善しました。コカイン常用者などの麻薬患者も減ってきました。こういう社会・経済的な改善も大きいと思います。これに対し、移民の結核の問題は今もまだ大きな問題ですが、中国系、プエルトリコ系、ハイチ系などいろいろな住民の医師その他の関係団体との話合いを進めるなどして、改善に努力しています。

<< ニューヨークのDOTS >>

青木 私も昨年拝見して大いに感銘を受けたのですが、ニューヨークのDOTのポリシー、組織、直接働く人々の熱意、これを支えるシステムなど、本当に見事につくりあげましたね。

フジワラ 97年には治療中の患者の69%がDOTで治療されています(図2)。特に外来で治療されている塗抹陽性患者では、DOTで治療されている率が高く、77%に達しています。87年にはたった8.6%の患者だけにDOTが実施されていたのですが、92年以後急速にDOTが広がったことが図2からもお分かりいただけると思います。この結果、96年に登録された1,947人で見ると、77.2%が治療を完了しており、転出と死亡を除けば実に93.2%が治療を完了という、すばらしい成果を得ています。
 実際にDOTを担当しているアウトリーチ・ワーカーは、医療系でない大学を卒業した後に1カ月の特別な教育訓練をした人ですが、彼らの献身的な仕事がニューヨークの結核対策の成功をもたらしたと言ってよいでしょう。

青木 今、日本でも、東京、大阪の一部でDOTを実施しようとしていますが、簡単には広がっていきません。どのようにして、この成功が得られたのでしょう?

フジワラ ニューヨークではまず市長が本気になって取り組む決心をし、医師会を始め、保健・医療・福祉関係諸団体、プエルトリコ移民や中国移民の団体など、関係する団体のトップと丸々3日間討議しました。もちろん運邦政府、CDC(米国疾病予防センター)米国胸部疾患学会なども強く支持してくれたことは言うまでもありません。
 DOTは、患者にはもちろん、医師にも、公衆にも利益になることを皆によく理解させることが大切です。患者にとっては病気が早く、確実に治り、治療中には常に病気を心配して暖かく見守ってくれる人が近くにいることを意昧します。医師にとっては、患者の服薬が確認できるし、確実な治療でスタッフの感染のリスクが減ります。もちろん、治療成績などの情報は医師にフィードバックされます。公衆の利益については言うまでもありません。
 市は予算をつけてくれましたが、予算があっても、実施する組織がなければ何もできません。結核対策局、チェストクリニックなどを徐々に整え、92年に実現するのは無理ではないかと思われるほどの目標を立て、一挙に進めたわけです。この約1年の努力で、医者を始め結核対策局のスタッフの意識は大きく変わり、成功への第一歩が大きく踏み出されたのです。


<< 結核院内感染対策の進展 >>

青木 昨年、ニューヨークで結核の院内感染対策の実状を見させていただいて、私どもには大変勉強になりましたし、この結果を多くの関係者にも伝え、わが国の結核院内感染対策の改善に大きく寄与したと考えています。それにしてもアメリカでは、病院でも外来診療所でも結核院内感染対策が確実に行われていますね。

フジワラ わが国では各病院の院内感染管理体制が確立しています。また、入院・外来患者の中に活動性結核患者が何人いるか、病院職員のツベルクリン反応検査の結果、感染者が何人いるか、どの部署で結核感染のリスクが大きいかなどを明らかにするよう、どこの病院も一定の方式でサーべイランスを行っています。
 その上、私はニューヨーク市の結核対策局長として、自ら病院の院内感染防止状況をチェックし、指導しています。アウトリーチ・ワーカーがすべての抗酸菌検査室を回り、結核菌の培養、耐性検査の結果を集め、菌検査のサーベイランスをきちんと行っているので、病院ごとの感染のリスクを正確に把握することができ、院内感染防止の監督、指導を実施しやすくしています。

青木 菌検査室を回って、菌陽性患者をもれなく確実に把握するシステムの確立は重要ですね。各病院のサーベイランスによって、院内感染防止の指導も的確にできるので、このようなシステムは本当にすばらしいと思います。このような努力の結果、ニューヨークでは結核の院内感染事件はおさまっているのでしょうか。

フジワラ まだ完全というわけではありませんが、この2年ほどは発生していません。

青木 米国ではBCG接種を行っていないので、ツベルクリン反応検査で結核の感染を確実に把握できることは、本当に羨ましいですね。CDCは病院職員のツ反応を毎年繰り返すよう勧告していましたが、院内感染が減った今も変わっていませんか。

フジワラ 病院の結核感染のリスクに応じてツ反応を6ヵ月ごとに繰り返す病院もあるし、年1回のところもあるなど、さまざまです。原則的には前に出された勧告と変わっていません。

<< 日系三世の活躍 >>interview


青木 ニューヨーク結核対策局には随分多くの職員がいらっしゃるし、大きな組織ですね。

フジワラ ええ、職員は全部で740人います。年間の予算は結核患者の減少で減ったけれど、今、約50億円です。われわれはサーベイランスもしっかりとやっています。届け出られた患者を登録、管理する狭い意味でのサーベイランス(患者発生動向調査)だけでなく、本来の意味でのサーベイランス、つまり、抗酸菌検査室の精度の評価、検査結果による登録情報の精度の確保、病院での治療成績の評価など、結核対策のサーベイランスももちろんやっています。私は自分で、登録されている患者全例について、一人一人、治療状況、成績を全部チェックしているんですよ。

青木 私は去年ニューヨークを訪問した時、日系三世の先生がニューヨークで頑張っていらしゃることを大変うれしく思い、また、大いに感銘を受けたのですが、サンフランシスコでも日系の女性が結核の分野で働いていらっしゃると聞きましたが...。

フジワラ サンフランシスコのカワムラさんですね。ロサンジェルスでもニッタさんが頑張っておられます。カワムラさん、ニッタさんも私と同じ日系三世です。日系三世の女性の医師が、これら三つの大都市の結核対策で重要なポジションを占め、仕事をしているわけですね。

青木 日系三世の、しかも3人とも女性が、米国の代表的な都市で結核対策の中心にいるのは、何か理由があるのですか。

フジワラ 単に偶然だと思いますよ。ただ、男性の医師は外科など体を使う専門分野で活躍することが多く、結核対策など公衆衛生の分野には女性が多いということはありますね。

青木 今日は一日中、私どもの「国際結核セミナー」に出席されてお疲れのところ、また、この後の東京都主催の「世界結核デー記念講演会」の間の大変あわただしい時間にインタビューに応じていただき、本当にありがとうございました。先生のますますのご活躍を心からご期待申しあげます。


Updated 00/07/13