結核予防会複十字病院における
多剤耐性結核病棟開設後1年間の診療実績

複十字病院副院長・呼吸器外科 中島 由槻

 

 複十字病院では、平成11年に関東信越ブロックの多剤耐性結核専門医療機関広域圏拠点施設に指定され、国からの補助金を得て、既存施設を多剤耐性肺結核及び排菌陽性肺結核患者の隔離病棟、バイオセーフティ レベル3の細菌検査室に改修、12年10月からその運用を開始した。これに先立って、当院では数年の間に結核合併エイズ患者用の隔離病室、病理解剖室、陰圧手術室、呼吸器外科内結核隔離病室、外来結核患者診察室と選別診察制度の構築、内視鏡室などの改修、増築を順次施行済みであったので、12年10月以後には、結核院内感染対策に十分配慮した肺結核診療体制がひとまず完成した。ここでは複十字病院における結核診療体制を紹介すると共に、12年10月以後1年間の、特に多剤耐性肺結核の診療実績について報告する。

複十字病院における結核院内感染対策と診療体制の概要
(1)施設面の整備
・隔離病棟:陰圧、1時間に20回以上の換気回数と空気浄化システムを持った厳重な隔離病棟(4B病棟41床)と、従来の平圧独立換気のゆるい隔離病棟(4A病棟49床)体制とし、多剤耐性肺結核及び排菌陽性肺結核は4B病棟に隔離することとした。ただし4B病棟入院患者のうち初回治療で、液体培地MGIT にてINH、RFP、SM、EB全剤感性の患者は、化学療法開始後3〜4週間で主治医を変更せず4A 病棟に転棟させることとした。4B病棟内の多剤耐性用病室は主として4床室を2室、2床室を1〜2室、1床室を2室当てることとし、厳重な隔離を行う一方で、患者のアメニティに配慮し、談話室、禁煙指導室、処置室なども4B病棟内に設置した。
・呼吸器外来の整備と選別診察制の構築:呼吸器外来の一部に、独立換気で換気回数22回/時の、陰圧、前室付きの結核排菌患者用診察室、待合室を設置し、外来選別診察制度を導入した。さらに独自に開発した採痰ブースを2台設置した。
・細菌検査室は、結核菌検査室をバイオセーフティーレベル3、一般菌検査室を同レベル2に改修し、安全キャ ビネットを3台稼働させている。
・ 呼吸器外科病棟内に、結核排菌患者の手術用に陰圧可能な準クリーンルームを2室設置した。また陰圧手術室を一室設けた。
その他、病理解剖室の改修、内視鏡室内への空気浄化装置の設置、歯科外来内理髪店内へのパネル型空気浄化装置の設置など。
(2)職員への感染防止対策
・N−95マスク装着:結核病棟勤務者のN−95マスクの装着を徹底させ、面会者にはN−95マスクを、排菌患者にはディスポサージカルマスクを装着させた。
・ツ反経年実施:年2回の健康診断、胸部X線撮影のほかに、ツ反強陽性者以外に対するツ反経年的実施を行い、新たな感染者のチェックを行っている。
・感染対策委員会、多剤耐性結核専門医療施設運営会議(通称MDR委員会)にて、定期的に問題点の検討を行っている。

多剤体制結核専門医療機関広域圏拠点施設(特に4B病棟)としての診療実績

表1 全症例の胸部X線所見
図1 入院時喀痰培養検査結果
図2 各抗結核薬に耐性であった症例数
表2 肺切除例の術式


先に述べた結核診療体制の完成を待って、複十字病院では12年10月から広域圏拠点施設として、治療目的の多剤耐性結核患者の受け入れを開始した。4B病棟(41床)内に、当面多剤耐性肺結核排菌患者を対象にした病床を12〜14床確保し、診療実績を上げていくこととした。
 12年10月から13年9月までの1年間に当院結核病棟に入院をした、少なくともINH・RFP両剤耐性の多剤耐性結核患者は36例で、全例肺結核患者であり、これはこの間に当院に入院した肺結核患者293例の12.3%を占めた。なおこのうち外国人例が6例あった(中国3、韓国2、フィリピン1)。36例の中で、手術目的の2例を含む3例は入院時排菌陰性で、4A病棟に入院したので、33例が4B多剤耐性病床に入院した。以下、これら33例の入院時胸部X線写真所見、喀痰結核菌所見、耐性状況、使用薬剤数、内科外科各治療法とその成績などについて報告する。なお、12年10月の時点で継続入院していた患者が7例あり、この7例については同年10月の所見について分析した。
(1)背景因子
 
33例のうち男性25例(21〜79歳、平均48.0歳)、女性8例(23〜77歳、平均45.6 歳)。肺結核のみが27例、何らかの原因による膿胸合併例が6例。
(2)入院時胸部X 線写真学会病型
 
33例の入院時または4B病棟開設時の胸部X線写真多剤耐性結核専門医療機関広域圏拠点施設(特に4B病棟)としての診療実績複十字病院副院長・呼吸器外科中島由槻所見学会病型を表1に示す。当然のことながらT,U型の有空洞例が、27 例82%と多く、また両側性が23例70%と、進行例が多かった。
(3)入院時喀痰結核菌所見
 
入院時または4B開設時の喀痰結核菌検査所見について示す。集菌法による喀痰塗抹検査結果は、塗抹陰性が7例21%、(±)以上の塗抹陽性が79%で、かつ(++)以上の多量排菌例が全体の半数以上であった。培養結果も同様に全体の約79%が培養陽性であった(図1)
(4)薬剤耐性について
 
33例における各抗結核薬の耐性症例数を図2に示す。耐性症例数が多かった薬剤は、INH・RFPは別にしてSM・EBであったが、注目すべきはPZA耐性症例が40%と高頻度に認められたことである。また症例ごとの耐性薬剤数は2剤から9剤に及び、1症例当たりの耐性剤の平均はINH・RFPを含む5.4剤であった。
(5)使用薬剤
 
4B病棟入院以来、薬剤感受性試験の結果と過去の使用薬剤歴を考慮して有効性が期待できる薬剤を使用したが、治療し得なかった2例から、6剤使用した2例までの平均使用薬剤数は、1症例あたり4.2剤であった。
(6)治療成績
・非外科的治療
 
33例のうち種々の理由で外科治療をしなかった例が19例あり、その成績を示す。まず平成13年10月初現在、化学療法施行により排菌が停止し退院→外来治療となっ た、またはその予定例は、入院時既に菌陰性化していた1例を含めて9例であった。一方化学療法ができなかった例が2例、化学療法下で持続排菌例が7例、化学療法中の脱落例が1例あり、これら10例を治療不成功例とすると、化学療法のみの成功率は9/19、47%と評価された。
・外科治療例
 
外科治療を施行したのは14例あり、そのうち肺切除例が12例、膿胸嚢開窓術が2例であった。肺切除術の術式は表2に示す。理由が不明であるが、この間では左肺切除が多数であった。開窓術の2例は創面の菌量の減少を待って根治手術を予定しており、現在も入院中である。
 次に肺切除術12例の治療成績を述べる。12例の入院時の排菌状況は、8例が排菌陽性、4例が排菌陰性であったが、手術時には菌陽性は3例、陰性が9例と改善していた。そのような状況下で表2の肺切除術を行っ た結果、13年10月現在、全例排菌は陰性化している。 今までの経験から判断して、これら12例は今後も再排菌はまず無いと思われる。従って肺切除12例の治療成功率は、100%と評価された。
(7)症例
 
ここで両側肺切除を施行した外科治療例を1例示す。 症例は高知県在住の38歳女性。8年7月、妊娠8カ月時、結核(痰塗抹G10号)と診断され、INH・RFP・SM・PZAを開始されたが、同年12月に多剤耐性と判明しINH・RFP・PZA・KM・PAS・SPFXに変更。以後化療内容が変更されながら菌陰性化→再排菌を2回繰り返し、11年4月以降は持続排菌となった。12年6月2日に外科治療の可能性を求めて当院4B病棟に入院となった。
 入院時喀痰結核菌塗抹G4、培養+++で、INH・RFP・SM・EB・KM・CPM・PAS・CSに耐性。 胸部単純X線写真(図3)及びCT画像3枚(図4)では、右上葉と左S6に径数cm 大の空洞があり、その他左S3に最大径2cm大以下の散布巣の集合が認められ、その時点で切除対象領域は、右上葉、左S6、左S3の3カ所と考えられた。入院後RFP・PZA・TH・EVM・CS・SPFXを使用し、同年9月には喀痰結核菌はとりあえず陰性化したが、両側空洞の遺残は再排菌必至と判断し、同年9月12日右上葉切除(空洞内容結核菌培養+)を、10月3日には左S6拡大区域切除、S3区域切除、S4部分切除を施行した。この患者は11月以後排菌が停止し、13年3月27日退院、現在11月の時点(図5)で再排菌を認めていない。
X線写真、CT画像
(8)まとめにかえて
 多剤耐性結核専門医療機関広域圏拠点施設としての複十字病院の施設概要と、1年間の多剤耐性結核診療実績について述べた。複十字病院では現在外科的にせよ内科的にせよ、治療を目的とした治療可能な症例を受け入れている。ただし外科的治療に関しては,当院に入院させ病巣の範囲,心肺機能等最終的な評価を行い適応を決定している。
 多剤耐性肺結核の外科治療成績が良好であることは既に幾つかの報告がある。我々は原則的に外科治療、特に肺切除術の適応を,@切除可能な範囲に限局して いる空洞性病巣で,A心肺機能上手術が可能で,かつ B有効薬剤が可及的に多く残っている症例、と考えているが、当院における過去延べ90例に及ぶ外科治療の経験から、外科治療にも種々のバリエーションがあり、かなりな広範囲進行例でも外科治療の検討に値する症例がある様に推測している。
 一方、非外科治療例の成績は50〜70%程度とされ、多くの施設で難治性持続排菌例としてその治療に苦慮 しているのが現状である。今回の調査でも,当院のそれは満足すべきものではなかった。この傾向は排菌が停止して外科治療に回った症例を加えてみても大差なく、とりあえずの排菌停止率もやっと50%を超える程度であり、このことは、今回の調査期間における当院耐性 結核例がより重症例であることを示唆しているものと思われる。
 ところで、最後に化学療法で排菌が停止した空洞性病巣の扱いについて述べておきたい。多剤耐性肺結核の有空洞症例については、@多剤耐性肺結核切除例の切除肺空洞内容の検索にて、78 %の症例で結核菌陽性であったこと、A肺切除例の再排菌の最大の原因は空洞遺残であること、B当院における多剤耐性肺結核非外科治療109例のX線写真学会病型と予後との関係を見ると、有空洞例の44 %は結核が治癒しておらず、非空洞例の80%の菌停止率に比し有意に予後不良であっ たこと、を考慮すると、排菌が停止したとしても、特に大きい空洞を遺残させることは再排菌の危険が大と思われる。上記の理由から現在複十字病院では、たとえ排菌が停止した例であっても、壁の厚くしっかりした空洞遺残例に対しては、外科治療の適応を検討している。むしろ排菌が停止したら、菌量が減って手術を施行する良いチャンスと考えて対処している。
 以上、我々は今後さらに複十字病院における診療実績を向上させるべく努力するつもりである。



updated 02/02/25