非定型抗酸菌症の治療

        マック症とカンサシ症を中心に

 

        複十字病院医療部長  水谷 清二

 

非定型抗酸菌症とは

 非定型抗酸菌症とは、結核菌群を除いた抗酸菌により発症した疾患の総称である。Atypical Mycobacteriois に対して隈部英雄先生が非定型抗酸菌症と命名した。主に呼吸器に病変を形成するが、リンパ節、皮膚、関節など全身にも認められる。近年非定型という意味が必ずしも明確でないとして、非結核性抗酸菌症(Non Tuberculous Mycobacteriosis、NTM症)と表記されることが多い。しかし感染症には結核と非結核の二大分類があり、誤解を招く可能性があるため、行政的には非定型抗酸菌症が使用されている。近年エイズ患者の終末期にNTMの血行性全身感染症が多発するようになり、対策が急がれている。

 

感染形式は

 ーヒトからヒトに感染し発病するかー

 ヒトからヒトへの感染は基本的に否定されており、感染源は環境、特に塵埃、水だと考えられている。その他職業的に魚類を扱う者、または飼育する者が水槽などでの傷を通じてM.marinum というNTM に感染し、皮下膿瘍の形で発病することもよく知られている。

 

感染菌種

 多くの菌種があるがもっとも多いのがMycobacterium avium complex(MAC、マック症)で全NTMのほぼ70〜75%を占め、次いでMycobacterium kansasii(M.k、カンサシ症)が20〜25%程度と推定されている。かつてはMACが90%、M.kが5%の比率であったが近年M.kの比率が上昇し、全国で症例が認められるようになった。M.kの治療が容易であることもあって今後もMACが治療の主たる対象であることに変わりはない。

 

MAC症の治療

 a 適切な薬剤感受性試験法はない

 薬剤選択は結核の場合薬剤感受性試験の結果に基づき決定される。MAC症の場合、現在使用されている結核菌のための感受性試験の結果はまったく参考とならない。通常エチオナミド、サイクロセリンをのぞいて耐性と考えられる結果が示される。このことが本症の場合治療法はないという結論を導き、多くの患者が悲嘆にくれたものである。しかもこの結果に依拠して上記2剤を使用しても改善は得られず、時には増悪さえ観察される。通常の抗結核薬は、単剤では効果は期待できず、MAC症においても多剤併用した場合治療効果が増すことが観察されており、多剤併用治療に道が開かれた。

 b 現在推奨される薬剤/期間

 現在推奨される薬剤はクラリスロマイシン(CAM)、エタンブトール(EB)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、などである。ニューキノロン剤の併用効果を指摘する者もある。このうちCAMは現在第一選択剤と位置付けられている。通常一日600mg以上の使用が推奨される。可能であれば体重1kgに対し15mg程度が良いとされるが副作用として異味症、胃腸障害が用量依存症に出現する。時に服用を中止せざるを得ない症例が認められるが、600mg程度ならば再使用で使用可能となる例もあり簡単にあきらめてはならない。比較的副作用の少ない薬剤といえよう。EBは第2選択剤とされる薬剤である。その理由としてEBがNTMの膜の薬剤透過性を増強し、薬剤が浸透しやすいことがあげられている。副作用として視神経障害、知覚障害が重大である。その他SM/KMは注射薬であること、副作用などの問題から老人には使用しにくい薬剤であるが、ぜひ使用したい。一部症例の再治療時も含めて効果が実感される薬剤といえよう。
 治療期間は少なくとも1年は見ておくべきである。マイシンは少なくとも6ヶ月、有効例ではより長く使用したい。
表1 アメリカ胸部学会の治療勧告案
(1997)
初回の症例であれば60〜70%の確率で排菌停止が期待される。しかし長時間安定している症例は少なく、半数程度とされる。また注意すべきこととして、微量排菌例などで化療を止めた数カ月後に再悪化する例が観察されるため、注意深い観察が必要である。排菌停止は多くは3カ月以内であり、6カ月以後のものは少ない。1997年のアメリカ胸部学会(ATS)の勧告(表1)では、CAMを含んだ治療で1年間排菌陰性を得られれば終了することも可能であるとしている。再治療の予後は通常不良であり、かつては10%程度の排菌陰性化率であった。現在では多少改善しているものと考えられるが、大きな改善はなされていないようで今後の課題である。その他の薬剤として前述のニューキノロン以外にクロファジミン、アミカシンも挙げられている。クロファジミンはハンセン病の治療薬剤であるが皮膚の色素沈着、うつ病など深刻な副作用があり、使用には慎重な配慮が要求される。

 さらに本症の患者は胃腸障害が多く、栄養の摂取が充分ではない者が多い。このため消化の良い食事への配慮が長期的に必要である。また、病が長期間に及ぶ症例が多いため精神的なケアが大切で、短期の入院が精神的な安定に寄与することもある。しかし入院が全く逆効果を来すこともあり、対応が難しい。また糖尿病との合併症など免疫力の低下を来す疾患の治療は、時として排菌状況や陰影の改善が観察されることもあり、重要である。

 c 手術療法の適用

 化療を6ヶ月間おこなっても排菌停止が得られず病態が安定しない場合、手術を考慮すべきである。手術の適応は@排菌が停止せず、しばしば胸部X線像が悪化する者、A比較的若く手術に耐えられる者、B病変が比較的限局的な者、などが挙げられる。病例を適切に選択すれば80〜90%程度の社会復帰が達成される。

 d エイズとNTMとの合併症における治療の原則

 エイズが進行し、CD4+リンパ球が75/μl以下になるとNTMの血行性全身播種が生じる。95%以上がMaviumである。時にNTMの重複感染があるが、1.3%程度とされる。今後エイズとNTMとの合併症では、従来非感染性とされていた菌種または未同定の菌種が新しい菌種として登録される可能性があり、注意が必要である。十二指腸が主な進入門戸であり、水が感染源である。全身播種の形式をとり胸部X線像は正常であることが多い。最近報告された米国での研究結果では、CAM、EB、リファブチンの併用療法により69%の症例で血液中のM.aviumが消失しており、CAMの有用性が強調されている。使用期間は現時点では生涯に及ぶ。エイズとNTMとの合併症の場合大きな問題は、エイズ治療薬との併用問題である。RFPはプロテアーゼ阻害剤の薬理効果を10分の1に現弱するとされ併用禁忌となっている。最近の研究では、M.aviumの感染はエイズの予後に悪影響を及ぼすことが判明しており、発症予防に力点が置かれ始めている。

 e エイズにおける全身性NTM症(DMAC)の発症予防

 1990年代の始めにはDMACが日和見疾患でありCD4+リンパ球が100/μl以下になった時点からリファブチンの投与が推奨されたが、予防効果は55%程度であった。現在はCAMのより優れた予防効果(69%程度)が報告されている。発症するまで使用する(生涯に及ぶ)こととなるが、大きな問題はCAMに対する耐性化である。2850%の確率で耐性化すると言われ、この場合有効な薬剤を失うこととなり重大である。一方リファブチンには耐性化は報告されていない。ニューマクロライドに属するアジスロマイシンはリファブチンとの間で予防効果において相乗効果が報告されているが、CAMとリファブチンとの間には認められない。このためCD4+リンパ球が10/μl以下で予防投与が開始される場合では、アジスロマイシンとリファブチンとの併用を勧める場合もある。しかし残念なことに現時点で本邦では入手不可能である。現在はより予防開始が遅くなり、CD4+リンパ球が5075/μl 以下より投与開始を勧告している。

 

カンサシ症の治療

 カンサシ症の治療のキードラッグはRFPである。RFP登場以前の成績は不良であり、10%程度の再燃が認められたが、現在では治療容易な菌種と言える。結核のための薬剤感受性試験はRFP以外の薬剤については信頼できず、このためRFPのみ行われるべきである。この場合50μ 完全耐性の場合は使用を中止すべきである。
 INH0.1μ 完全耐性が90%以上で認められるが、使用を継続して問題はない。RFP耐性の場合ニューキノロン剤、ST合剤、エチオナミドが有用である。幸いに本邦ではRFP耐性例は極めて少ない。化療期間は現時点で1年とされている。本症は結核類似の画像所見のため結核としての化療が開始されるものが多いが、PZAは耐性であり併用してはならない。
 以上MAC症とM.kansasii症の治療方式につき1997年8月の米国ATS勧告案と対比しつつ概略をのべた。MAC症の更なる治療方式の進歩が切望される。


Updated 98/03/06