都市部における結核対策の強化
日本版21世紀型DOTS戦略
第一健康相談所診療部長  増山 英則


結核対策の充実強化への取り組みの一貫として、平成12年4月、公衆衛生審議会結核予防部会の下に「結核緊急対策検討班」が設置され、このたび「都市部」及び「高齢者等」を中心とした対策の方向性がまとめられました。
 本検討会委員である第一健康相談所増山診療部長に、都市部における結核対策の重点であるDOTS戦略について、解説していただきます。

日本版DOTS 戦略確立の必要性
 
平成11年7月に「結核緊急事態宣言」が出されたが、日本の結核の現状は、塗抹陽性新患者数の最近20年間の横ばい並びに増加状態や罹患率の地域格差など、未曾有の事態を迎え、特に都市部においては、従来の結核対策のままではこのような局面の打開は困難な状態に立ち至っている。
 しかしながら、現在の発展途上国を上回るほどの戦中戦後の結核高蔓延状態を、先人たちの対策、業績が現在の日本の状態に収束せしめたのも事実であり、また日本の結核対策は疾病対策のモデルと称され、例えば日本全国のコホート観察調査による塗抹陽性初回治療患者の治療成功率は欧米とほぼ同じ値を示す(文献1)など、見事な成果を上げてきた。
 一方、結核蔓延状況は欧米に比べるとなお30〜40年の遅れを見せており、日本での結核治療は当初より療養所を中心として実施されてきたが、他の先進国に比し、入院率は高く、入院期間は著しく長い(文献2)。
 今、世界的な流れとして、結核対策戦略の中核としてDOTS戦略が採用されている(文献3 )。日本の現状における結核対策の短所を補うために、DOTS戦略そのものをそのまま日本に導入しても、運用は困難である。日本の伝統を生かし、WHOのDOTS戦略のよいところをとり、先進国でのDOTS戦略のモデルを作成すると いう目標で、今回日本版DOTS戦略を提言する。

基本的戦略
1.塗抹陽性例治療の重視
2.入院中の患者でも、服薬確認をする
3.治療開始2カ月目の排菌状況を保健所の保健婦が把握する
4.治療成績の把握(DOTSカンファレンス)

DOTS実施の具体策
 
日本の大都市における結核の問題点は、人口集中による結核罹患率の高さと、それに付随する塗抹陽性患者の治療の難しさである。
 WHOも示しているように、結核対策の目標は、第一に塗抹陽性患者の治療成功率の向上である。そこで、今回公衆衛生審議会結核予防部会結核緊急対策検討班での日本版DOTS戦略のドラフト作成に携わった1人として、また厚生省より提供されるであろうマニュアルの原案を考えた者として、実施の要点を以下に解説する。
 なお、対象は、13大都市を想定した。

1.院内DOT
 院内DOTには、実施上二つの重要なポイントがある。
 第一は、院内においてすべての塗抹陽性結核患者へ、対面服薬(DOT)を看護婦等が確実に毎日確認することである。具体的には、病棟看護婦や主治医が担当患者のベッドへ出向くか、患者にナース・センターに来てもらい、目の前で服薬を確認する体制を整備すること。また、服薬の確認票を作成し、毎日服薬後記入することである(温度板上に欄を設け、記載でも可)。この体裁としては、WHOの国レベルでの結核対策プログラムでの治療カードを参考にするとよい。
 第二に、退院後の治療連携の確立である。これには病院と保健所の連携が大切な要素となる。塗抹陽性患者の発生届の受理後や、入院を確認した後は、患者の入院中に、保健所保健婦が訪問し、患者情報を入手することが必要である。治療中断の可能性や、服薬率を確認するためには、入院先訪問は入院後1カ月目ぐらいが適当と考える。その際、病院への訪問予約をし、主治医、婦長、病棟担当看護婦からの患者情報をもとに記入する患者調査票を用意する。患者調査票の様式は、保健所のビジブル・カードの形式か、都道府県への集団感染の際の報告書式を活用すればよい。その中に、治療中断、脱落の可能性の項目、その他患者固有の問題点の記載を加えれば、充分活用できると考える。
 主治医より患者面接の許可がもらえれば、N95マスクを持参し、病院側の指定する場所で、充分患者のプライバシーに配慮し、患者から情報を提供してもらうことが望ましい。病院訪問をし、患者情報を得ることにより、退院後、外来治療になった時の適切なDOT依頼先を準備しておくことも大切である。病院側は、患者が入院先で退院後も治療を受けるのであれば、その退院予定日を保健所に連絡し、保健所は、病棟の主治医と看護婦の退院時要約を入手し活用することとする。
 また、保健所保健婦としては入院患者の治療開始2カ月目の菌陰性化の有無の把握と記録、病院訪問による情報より定期外検診の可否の情報を把握し、保健所内で保健所所長等と検討することとする。
 保健所は、退院後患者が入院していた病院以外で治療する際は、患者情報を今後患者が治療する担当保健所経由で結核指定医療機関に連絡することとする。

2.退院後DOT
 
退院後や、入院が必要ながらやむなく外来治療を開始した例でのDOTは、それが初期強化治療期間(HRZEまたはSでの初期2カ月間)であれば、毎日服薬確認をすることを、またそれが維持期であれば、週1回から月1回で服薬状況を確認し、服薬指導を行うことを原則とする。初期強化治療期間に毎日服薬確認が不可能であれば、週2回投与法も考慮する。
 現在結核の外来治療を行う施設が少なくなっているが、服薬確認の場としては、入院していた病院の外来、保健所、結核治療を専門とする外来医療機関、地域医療機関等が挙げられる。保健所でDOTをする際には、処方と副作用の検査は医療機関で施行してもらうこととなる。しかしながら、今後は患者の利便性を鑑み、確実に継続可能なDOTを施行しうる施設、場等を育成、順次拡大することが肝要である。
 患者が治療中断する危険度の評価は極めて困難である。米国がセレクティブDOTからユニバーサルDOTに移行した理由も実は中断の予測となる因子を見出し得ることが、不可能だったためである。しかし日本では、例えば住居不定者、単身若年者、希望者(DOTをよく説明し、望んだ者)、治療中断を繰り返す者等は積極的にDOTを施行した方がよいと考える。
 服薬確認方法としては、定期的に患者を来所または来院させ、保健婦または看護婦等の前で服薬してもらいそれを確認し、直接確認できない日の服薬状況については、患者の自己申告にて確認し、服薬確認票に記載する。次回の来所または来院の予約を取り、それがない時は、直ちに保健婦、看護婦等が居宅その他に訪問し、DOTの継続を勧奨する。
 服薬確認用として7日分の薬が入る、一日分ごとに区切られたピルボックスを用意し、それを患者本人に渡し次回予約時にピルボックスの空を確認し、次いで7日分の薬をピルボックスに入れて手渡す方法もある。
 退院後であれば感染性がないことは確認されているので、患者と接するときはN95マスクは不要だが、外来で治療開始した例では、培養で菌陰性が確認されるまで、患者と接するときはN95マスクをつけることとする。
 日本国内において、保健所保健婦が外来治療に移行した患者全員の服薬状況を月1回確認し、服薬指導を行うことで成果を挙げた県が既にあり、日本版DOTSを施行する際に大いに見習うべき点があり、この手法は全国的に広めてもよいと考える。

3.特別な例のDOT
(1)住居不定者の場合
 
保健所、地域の診療所等に必ずしも来所するとは限らないため、保健婦と福祉事務所職員や地域支援者(アウトリーチ・ワーカー)等が組んで、収容施設や簡易宿泊所に週1回出向き、そこで服薬確認をすることが必要である。福祉と連携し、宿泊、食事等、可能なインセンティブも整備することが望ましい。ニューヨーク市では1週間確実に服薬していると、毎日1本分の栄養ドリンク(1本当り300キロカロリー程度)と、マクドナルド1食分のクーポンを与えていた。
(2)独居若年者の場合
 
やはり、この例も定期的な来所が不可能であれば、住居不定者と同様、週1回訪問して服薬を確認することが大切である。

4.DOTSカンファレンスについて
 構成員としては、保健所、医療機関、福祉事務所等の関係者、治療支援者等である。
 カンファレンスの実施については、治療成績の把握が重要な目的である。個別の症例が出るたびに開催することは実際の効率が悪い
ので、定期的開催の方がよい。通常の方法としては3カ月ごとの開催であるが、13大都市各々の事情に応じて、1カ月ごと、1週間ごとでも構わないと考える。
 カンファレンスにおいては、定期的開催時点での
(1)塗抹陽性患者について、1例づつ服薬状況、排菌状況などを確認、それらの実数とその地区での罹患率
(2)治療開始2カ月目の菌陰性化率
(3)コホート解析による治療成功率、中断率、死亡率等のデータ
(4)中断例や、死亡例の要因解析と今後の対応
(5)定期外検診結果の検討と今後の対応
を討論することとする。
 よって、主催は保健所とし、上記討論の主要資料も保健所で準備することとする。書式としてはWHOの国レベルでの結核対策プログラムでのコホート解析の書式が推奨される。個別症例の書式としては、ニューヨーク市でのコホート解析検討会の様式が実際的であると考える。


最後に

 WHOの結核対策の目標としては、@塗抹陽性患者の確実な治療、A患者発見率の向上、等があるが、まず確実な治療をDOTにて施行し、コホート解析にて治療成功率の向上を確認することが、日本の現状において肝要である。

 

※文献
(1)山下武子、小林典子他/全国コホート観察調査による患者管理の評価―肺結核患者の治療成績と保健婦活動の評価―『呼吸器疾患・結核資料と展望1998年第27号』31〜43頁(結核予防会)。
(2)青木正和、増山英則/結核治療における米国行政担当者の対応と認識―日本の臨床医との相違『結核2000年第75号』413〜422頁(日本結核病学会)
(3)青木正和/DOTS戦略の生成と発展『呼吸器疾患・結核資料と展望1997年第22号』1〜10頁(結核予防会)。
 


Updated 01/01/30