全国コホート観察調査による患者管理の評価

一肺結核患者の治療成績と保健婦活動の評価一

結核予防会結核研究所 山下 武子(文責)

同              小林 典子

同              山内 祐子

同              森  亨

結核予防会        青木 正和

 

全国46道府県11市における平成3(1991)年1月1日から平成5(1993)年12月31日 までに登録された肺結核患者100,238例の治療成績を「コホート観察調査」で評価したところ、治療成功率は85.6%、治療失敗率2.3%、脱落中断率3.9%、死亡率8.2%であった。そのうち喀痰塗抹陽性初回治療患者の治療成績は、それぞれ80.9,5.0,3.6,10.6%であり、わが国の治療成績はWHOの目標である95%に達していないことが分かった。

 

はじめに

 わが国の結核事情は、戦後の国を挙げて民間と一体となっての強力な取り組みにより目覚しい改善を遂げ、かつての「国民病」の時代から西暦2030年代の結核根絶を目標とするまでに改善した。これは、保健所を中心に進められてきた患者管理制度によるところが大きく、その中でも保健婦活動は最も重要な位置を占めている。しかし、保健所の結核対策を取り巻く環境は年々厳しい傾向にあり、関係者の結核に対する認識も低下しつつあった。
 そこで、このたびの地域保健法の改正に伴い、結核対策における保健所の役割を明確にする目的で、各都道府県市の実施する「結核対策特別促進事業」の中で「コホート観察調査」を企画し、平成7年度は29府県市、平成8年度からは全国(福岡市を除く)で実施した。
 またこの事業は、平成10年度までの継続実施によって保健所の「患者管理」の改善についても評価することになっている。
 ここでは平成7・8年度調査分をまとめて中間報告とする。

 

目的

 保健所における患者管理の視点から、肺結核患者の治療成績の評価と保健婦活動を分析し、結核対策の課題を探り、今後の結核予防対策改善に役立てる目的でコホート観察調査を実施した。

 

方法

 全国46道府県11市(東京都・福岡市を除く)の平成3(1991)年1月1日から平成5(1993)年12月31日までに登録された肺結核患者を対象とした。
 「コホート観察調査票」に、結核患者登録票と公費負担申請用紙から必要事項を転記する方法で調査を行い、原則として保健所保健婦による転記を条件とした。

 

治療成績判定基準

 治療開始時結核菌陽性患者は9ヵ月間(菌陰性患者は6ヵ月間)の観察期間とした。
@治癒:9ヵ月間(6ヵ月間)治療を終了した者で、治療開始後5ヵ月時点までに行われた喀痰塗抹検査の最後の所見が陰性で、かつ治療開始後6ヵ月(5ヵ月)後から9ヵ月(6ヵ月)後の間に1回以上の喀痰塗抹検査が行われていて所見がいずれも陰性の者。
A治療完了:9ヵ月間(6ヵ月間)の治療を終了した者で、治療開始後5ヵ月までに行われた喀痰塗抹検査の最後の所見が陰性で、かつ治療開始後6ヵ月(5ヵ月)後から9ヵ月(6ヵ月)後の間の喀痰塗抹検査所見が不明の者。
 または9ヵ月間(6ヵ月間)の治療を終了した者で、治療開始後5ヵ月(3ヵ月)までに行われた喀痰塗抹検査の最後の所見が陽性で、かつ治療開始後6ヵ月(4ヵ月)から9ヵ月(6ヵ月)後の間に1回以上の喀痰塗抹検査が行われていて所見がいずれも陰性の者。
 9ヵ月間の治療を終了した者で、治療開始後5ヵ月時点までに行われた喀痰塗抹検査の最後の所見が陽性で、かつ治療開始後6ヵ月後から9ヵ月後の間の菌所見が不明の者。
B治療失敗:9ヵ月間(6ヵ月間)の治療を終了した者で、治療開始後6ヵ月後(5ヵ月後)から9ヵ月後(6ヵ月後)の間に1回以上喀痰塗抹陽性所見のある者。
C治療脱落・中断:治療開始後9ヵ月(6ヵ月)の間に通算2ヵ月以上治療を中断した者。
D死亡:9ヵ月(6ヵ月)の治療期間中に死亡した者。結核およびそれ以外の原因による死亡者すべてを含む。
E転出者の取り扱い:9ヵ月間(6ヵ月間)の治療中の国内間の転出・転入は転入先の保健所で調査対 象とした。
 外国への転出は、登録していた保健所で調査対象とし「治療中断あり」とした。
F非定型抗酸菌症(菌陽性者)は対象外とした。

 

結果

1. 対象者の背景(表1)
 平成3(1991)年1月1日から平成5(1993)年12月31日までに登録された肺結核患者は46道府県11市で100,238例であった。平成7年改正の新しい活動性分類では、@肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者は29,907例(29.8%)、A肺結核喀痰塗抹陽性再治療患者は5,249例(5.2%)、Bその他結核菌陽性患者は13,718例(13.7%)、C菌陰性その他の患者は51,364例(51.2%)であった。

2. 治療成績(表2)
@肺結核患者総数100,238例の治療成績は、治療成功61,179例(61.0%)、治療完了24,631例(24.6%)、合計85,810例(85.6%)が治療成功グループであった。治療失敗は2,271例(2.3%)、脱落・中断は3,947例(3.9%)、死亡は8,210例(8.2%)であった。
A肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者29,907例の治療成績は、治療成功22、004例(73.6%)、治療完了2,179例(7.3%)、合計(治療成功グループ)24,183例(80,9%)、治療失敗1, 481例(5%)、脱落・中断1,071例(3.6%)、死亡3,172例(10.6%)であった。
B肺結核喀痰塗抹陽性再治療患者5,249例の治療成績は、治療成功3,578例(68.2%)、治療完了495例(9.4%)、治療成功グループ4,073例(77.6%)、治療失敗396例(7.5%)、脱落・中断195例(3.7%)、死亡585例(11.1%)であった。
Cその他結核菌陽性患者13,718例の治療成績は、治療成功9,806例(71.5%)、治療完了2,433例(17.7%)、治療成功グループ12,239例(89.2%)、治療失敗179例(1.3%)、脱落・中断373例(2.7%)、死亡927例(6.8%)であった。
D菌陰性その他の患者51,364例の治療成績は、治療成功グループ45,315例(88.2%)、治療失敗215例(0.4%)、脱落・中断2,308例(4.5%)、死亡3,526例(6.9%)であった。

3. 肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者29,907例について
(1)年齢別背景(表3)
0〜14歳56例(0.2%)、15〜19歳380例(1.3%)、20〜29歳2,485例(8.3%)、30〜39歳2,425例(8.1%)、40〜49歳4,488例(15.0%)、50〜59歳5,270例(17.6%)、60〜69歳6,151例(20.6%)、70歳以上は8,652例(28.9%)であり、60歳以上が49.5%を占めていた。また20歳代と30歳代に差がみられなかった。
(2)年齢別治療成績(表4)
 治療成功率(表中治療成功+治療完了)の最も高い年齢は15〜19歳で95.8%、次に0〜14歳92.9%、20〜29歳92.3%、30〜39歳91.2%、40〜49歳85,6%、50〜59歳82.6%、60〜69歳80.1%、70歳以上71%の順で、高齢になるほど治療成績は低くなっていた。
 一方死亡率は、70歳以上が22.1%と最も高く、次に60〜69歳が10.9%、50〜59歳6.5%、40〜49歳3.7%、30〜39歳2%、20〜29歳1.3%、15〜19歳0.5%、0〜14歳0%と、年齢が高いほど高率を示した。
(3)性別背景と治療成績(表5)
 男性20,915例(69.9%)、女性8,992例(30.1%)の割合であった。
 治療成功率は男性79.3%、女性84.4%と女性が高く、死亡率は男性11.4%、女性8.9%と男性に高い率を示した。
(4)職業別背景と治療成績(表6)
 「無職その他」が13,158例(44.0%)を占め、次に「常用勤務者」が7,327例(24.5%)、次いで「自営自由業」3,755例(12.6%)、「臨時日雇い」1,829例(6.1%)、「家事従事者」1,320例(4.4%)、「接客業」1,095例(3.7%)、「高校生以上」403例(1.4%)、「看護婦保母等」315例(1.1%)、「教員医師等」181例(0.6%)、「小中学生等」51例(0.2%)、「乳幼児」12例(0.04%)、「不明」461例(1.5%)であった。
 治療成功率は「看護婦保母等」が96.5%、「高校生以上」95.8%、「小中学生等」94.1%と高く、「無職その他」は73.5%、「臨時日雇い」76.3%と低い率を示した。
(5)合併症有無別治療成績(表7)
 「合併症あり」は12,981例(43.4%)、「なし」15,997例(53.5%)、「不明」929例(3.1%)であった。治療成功率は「合併症あり」は76.1%、「なし」は85.8%で、死亡率はそれぞれ14.8,6.4%であり、合併症があると治療成績は低く、死亡率が高くなっている。
(6)治療開始時の化学療法内容別背景と治療成績治療開始時の化療内容について、PZAを含む4剤(HRZEorS)は832例(2.8%)、RFPを含む3剤(HREorS)は26,483例(88.6%)、2剤(HR)のみは1,544例(5.2%)、その他RFPを含まない処方が923例(3.1%)、治療なし125例(0.4%)みられた(表8)
 治療開始時の処方が[HRZEorS」の治療成功率は84.7%、「HREorS」は82.1%、「HR」のみは78.2%、「その他」は56.7%であった。また死亡率は「HRZEorS」は6,7%、「HREorS」は9.7%、「HR」は10.2%、「その他」は30.2%と医療基準に沿った治療に成功率は高い(表9)
(7)結核治療中の死因別(表10)
 死亡の内訳は、結核死が1,263例(39.8%)、 非結核死が1,809例(57.0%)、不明が100例(3.2%)と非結核死が多い。
(8)死因別死亡の時期(表11)
 結核死1,263例のうち、治療開始から1カ月までに52.5%が死亡していた。また3ヵ月までに77.9%が死亡していた。非結核死は1,909例では治療開始から1ヵ月までの死亡は33.4%、3ヵ月まででは57.1%であった。
(9)保健婦活動について
@初回面接の種類別内訳(表12)
 肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者29,907例について、「初回患者本人に面接できた」のは7,244例(24.2%)、「家族に面接」は14,309例(47.8%)、「本人に電話」1,667例(5.6%)、「家族に電話」3,369例(11.3%)、「その他」1,338例(4.5%)、「保健指導なし」1,980例(6.6%)であった。
A初回保健指導別治療成績(表13)
 初回保健指導「本人面接」の治療成功率は86.9%、「家族に面接」は81.4%であった
B初回保健指導の時期(表14)
 初回保健指導の時期は「2週間以内」19,626例(65.6%)、「1ヵ月以内」5,056例(16.9%)と、1ヵ月までに82.5%がなんらかの方法で保健指導をしていた。
C初回保健指導「患者本人面接」7,244例の面接の時期(表15)
 初回面接の時期が「2週以内」は4,927例 (68.0%)、「1ヵ月まで」は1,291例(17.8%)と、1ヵ月までに85.8%が初回面接を早い時期に行っていた。

4.県別調査背景と治療成績(表16ー1)(表16ー2)(表16ー3)
@肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者数は大阪府が2,134例と最も多く、次に大阪市の2,125例、最も少ない県は島根県の139例であった。
 治療成績では、治療成功率の最高が山梨県の88.8%から最低は山形県の74.2%と県間に大きな差がみられた。治療失敗率は山形県12.2%、鳥取県0.7%、脱落・中断率は大阪市の最高9.1%、最低は島根県の0%、死亡率は島根県の最高18.0%、最低は仙台市の6.0%と、すべてにおいて地域格差が大きかった。

 

考察

 46道府県11市の平成3(1991)年1月1日 から平成5(1993)年12月31日までに登録された肺結核患者100,238例について、WHOの治療結果の判定を参考にしたわが国の治療結果の判定基準(前期)に基づき治療成績を評価し た(表1)
@わが国の肺結核患者の治療成績(患者管理) は、 治療成功率が85.6%、治療失敗は2.3 %、 脱落・中断は3.9%、死亡8.2%であ ることが分かった。
A活動性分類別の治療成功率は、「肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者」が80.9%、「肺結核喀痰塗抹陽性再治療患者」は77.6%と、再治療の治療成功率は初回治療に比べて低いことが分かった。
B「その他菌陽性」の治療成功率は89.2%、「菌陰性その他」は88.2%で、両者に差はみられなかった。しかし、脱落・中断率でみると、それぞれ2.7,4.5%と「菌陰性その他」に高く、軽症ほど脱落しやすい傾向にあることを示唆している。
C治療失敗率は「喀痰塗抹陽性再治療」で7.5%と最も高く、耐性菌防止のためにも初回に短期化学療法で高い治癒率を上げることが重要である。
DWHOでは「肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者」について治療成績を評価し、先進工業国では95%、途上国で85%の治療成功率を目標としているが、今回の調査では80.9%の治療成功率であり、WHOの目標に達していないことが分かった。
E年齢別の治療成績でみると、0〜39歳の90%以上の治療成功率に比べて、40〜49歳 は85.6%、50〜59歳は82.6%、60〜69歳80.1%、70歳以上は71%と、年齢が高くなるにつれて治療成功率は低くなっている。
 一方、死亡率は0〜59歳は3.9%であるのに対して、60歳以上では17.4%(60〜69歳は10.9%、70歳以上22.1%)と約3〜5倍の高い率を示し、治療成績に死亡率が大きく影響していた(表4)(表17)
F死亡3,172例のうち、非結核死と死因不明1,909例を除いた治療成績は、治療成功率86.4%、治療失敗率5.2%、脱落・中断率3.8%、死亡率4.5%であった(表18)。 死亡率が高いのは高齢者の影響が考えられる。
G平成3(1991)年から平成5(1993)年の医療基準は6HREorS/3〜6HRであり、PZAの使用はわずか3%弱であった。菌陰性時期の遅れや保健所の菌所見の把握が十分ではなかったために治療失敗がやや過剰に数えられている可能性があると思われる。
H治療中断率が高い要因として、平成8年4月1日から実施の新しい医療基準では2HRZEorS/4HRの6ヵ月治療となっているが、当研究の対象となった症例での標準治療は9ヵ月治療であり、治療期間が長いだけ中断率 が高くなったと考えられる。PZAを含む4剤の新しい医療基準の普及が急がれる。
I職業別では、全体の44%を占める「無職その他」が73.5%と治療成功率は最も低く、次に「臨時日雇い」が76.3%と、いずれも検診の機会に恵まれない人々が治療成功率も低くなっている。
J合併症有無別では、「合併症あり」は治療成功率が76.1%、「なし」は85.8%、また死亡率はそれぞれ14.8,6.4%とその差は大きい。老人病院や精神病院で他疾患治療中の60歳以上の無職の人々への結核の早期発見の必要性について、一般の医療機関への警告が必要である(表7)
K保健婦による初回保健指導は「患者本人」は24.2%、「家族に面接」が47.8%であった。しかし、結核は感染症である。感染症対策では患者本人が治癒することはもちろん、感染に関する正確な情報を収集する必要性が高いことを考えると「本人への面接」率を高める必要がある。また、登録時に患者が喀痰塗抹陽性にもかかわらず、治療開始から9ヵ月間に「保健指導なし」が6.6%(1,980例)みられる。これらの接触者検診の対応が 手薄と思われる(表12)(表14)

 

まとめ

 平成3(1991)年から平成5(1993)年の3年間の46道府県11市の肺結核患者の治療成績(患者管理)の評価をした。特に「肺結核喀痰塗抹陽性初回治療患者」の治療成功率は、WHOの目標とする95%に達していない。治療成功率目標達成するためには、@PZAを含む2HRZEorS/4HRによる6ヵ月短期化学療法の徹底、A喀痰塗抹・培養検査の精度管理、B保健所の菌所見把握の徹底、C保健婦の初回面接の強化と服薬の支援活動の強化、D接触者検診の充実等について各県市単位で実践し、今後も治療成績の評価を継続することによって、結核対策の改善が望まれる。

 

謝辞

 この調査は結核対策特別促進事業として、各県市および保健所の結核担当者・保健婦の皆様のご協力で行われております。ご協カに対しお礼申し上げます。

 


Updated 99/07/16