人生のためのHIV検査 全ての結核患者にHIV検査を

【目 次】
・ 詩~この本の紹介として~
 二人の女の子の物語。類似点と相違点
 この本は誰のために作られたのか?この本を最も有効に活用するには?
・第1部:全ての結核患者にHIV検査を
 1. 全ての結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査を勧める10の理由(タイ国の場合)
 2. HIV検査を結核患者が受ける利点
 3. 結核患者へのHIV検査が、どのようにHIV/AIDS予防に貢献するか?
 4. 結核患者はどのようにしてHIV検査に関する情報や助言を得るか?
 5. 結核患者はいつHIV検査を受けるべきか。
 6. カウンセリング、情報の守秘、同意 全ての結核患者にHIV検査を行うに当たっての3つの原則
 7. 結核患者が自主的にHIV検査に同意するための対応
 8. HIV検査を拒否する患者への対応
 9. 結核患者のパートナーにHIVカウンセリングと検査を勧めるべきか?
 10. 保健医療従事者の結核感染予防
 11. 結核患者のHIV検査の評価方法
 12. 結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査を行う手順の要約

    ・第2部:事例集(省略)



~この本の紹介として~
 この本は、患者のことを思っており、患者に希望をもたらします
 述べていることは、はっきりしています
 熱意を持って、取り組みましょう
 もし、患者がHIV検査を受けるならば
 より良い結核の管理ができ、治療と対策が進展し、
 みんなにとって益となるでしょう 

 

二人の女の子の物語。類似点と相違点
     
                      スーザン                     ナンシー
                     Susan                   Nanny

         
    

   〈類似点〉
   両親をHIV/AIDSで亡くした
   HIVに感染している
   家庭は貧しいが、よい子であり、学校で一生懸命勉強しようと決心していた
   結核を発症したが、HIV感染にもかかわらず結核は治癒した

  〈相違点〉
    スーザンは2000年に結核になり、ナンシーは2003年に結核になった。
   悲しいことに、スーザンは結核は治ったが、HIV関連の日和見感染症で亡くなった。
   当時は、貧しい人は高価な抗レトロウイルス治療を受けることはできなかった。
   幸運にも、ナンシーは結核と抗レトロウイルス治療を受けた。
   結核は治り、今日まで抗レトロウイルス治療を続けている。彼女は健康そうで、一生懸命勉強している。
   ナンシーは、自分が立派な社会人になることを信じている。彼女曰く「私は看護師になって、他の人が
   生きていくことを助けたいのです。」

      もし、HIV検査を結核患者に勧めず、結核対策とHIV/AIDS対策が連携しないならば、
    ナンシーのような少女や、結核と
HIVの感染を受けている他の多くの人々が、今日の
    日を迎えることはなかったかもしれない。



 この本は誰のために作られたのか? この本を最も有効に活用するには?

   この本は誰のために作られたのか?
   この本は、保健医療従事者で結核の診療にかかわっており、HIVのカウンセリングや検査を担当しているが、
   経験が少ないかHIV検査の重要性を認識していない者を対象にしています。一部の者は、HIV検査を勧め
   たくても、政策決定者が支持しない場合もある。

   この本は、政府や私的保健医療機関が、HIV蔓延地域の結核診療の国際基準に従うことを促進するために
   作成された。

   この本は、全ての結核患者がHIVのカウンセリングと検査を受けることを促進することにより、彼らが平等に
   HIV予防を利用できるようになり、結核とHIVの感染を合併した人の死亡を予防し、生存期間がのびることを
   目指している。

   この本を最も有効に活用するには?
   この本には、HIVに感染していることを公表した結核患者の写真が含まれています。
   保健医療スタッフは、これらの患者の写真と記録のページを開いて、他の患者に見せることができます。
   そして、患者自身の偏見をなくし、HIV検査を受ける勇気を得られるかも知れません。

   この本は、国際雑誌に掲載されたタイ国や他国の調査結果を掲載しています。保健医療スタッフは、それらの
   知見を政策決定者に示して、結核患者にHIV検査を勧めることの重要性を認識してもらうことができます。



1.全ての結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査を勧める10の理由(タイ国の場合)


理由1:世界保健機関(2004年)、UNAIDS(2004年)、そして結核診療の国際標準(2005年)では、HIV蔓延国(一般人口の1%以上がHIV感染している国)では、全ての結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査を勧めている。

理由2:タイ国は、結核とHIVの高蔓延国に分類されている。よって、タイ国の全ての結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査が勧められる。
 世界保健機関は、22個の結核蔓延国を挙げているが、タイ国は常に含まれている。2006年の統計では、タイ国は結核患者数で18位であった。
 HIVはタイ国の全ての地域に拡がっている。HIV感染は、高リスク群だけではなく、一般集団でもおきている。公衆衛生サーベイランス省の報告(2003年)によると、一般集団である妊婦のHIV感染率は1.18-3.13%(中央値は1.19%)であった。

これらの結果は、全ての結核患者がHIV検査を受けるべきであることを示している。

理由3:タイ国のBangkok, Chiang Rai, PhuketそしてUbon Ratchathaneeにおける結核サーベイランスの知見を以下に示す。
 結核患者におけるHIV感染は、全ての年齢層(1歳から89歳まで)の男女で見られている。
 15歳以下の小児の患者と50歳以上の結核患者のHIV検査率は、それぞれ64%と62%でしかない。この検査率は、今だに世界保健機関や結核診療世界基準の勧告以下である。
 小児結核患者のHIV感染率は28%と比較的高く、50歳以上の結核患者のHIV感染率は4%である。最低値はUdon Ratchathanee(1%)であり、最高値はBamrasnaradura Institute(47%)であった。

これらの知見は、タイ国では性年齢にかかわりなく結核患者にHIV感染が拡がっていることを示し、年齢にかかわりなく全ての結核患者がHIV検査を受ける必要性を示している。
訳者注:日本では、関東圏の結核専門医療機関5病院の3年間(2003-2005)における結核患者におけるHIV陽性率では、日本人男性の1.1%、日本人女性で0.2%であった。陽性者は男性は20代から60代まで、女性は30代のみであった。(文献 首都圏での結核診療機関でのHIV合併結核患者に関する調査: 厚生労働科学研究費補助金(エイズ・結核研究事業)平成17年度総括研究年度終了報告書 分担研究者:吉山崇)

理由4:結核症は、HIV感染と深く関わっている。HIV感染者は、結核菌に暴露すると結核感染を受けやすい。結核とHIVの感染を合併すると、HIV非感染者よりも、はるかに結核症を発症する危険が高い(HIV感染を合併していない潜在性結核感染者の生涯結核発症率は5-10%に対し、HIV感染を合併した潜在性結核感染者の生涯結核発症率は50%である。 文献 WHO. TB/HIV clinical manual 2004)。米国CDCは、HIV感染者はHIV非感染者よりも100倍以上潜在性結核感染から結核症に移行しやすいと報告している。

HIV蔓延国(アフリカ諸国やタイ国)では、HIV感染者またはAIDS患者の約3分の1は、結核にも感染している。加えて、結核はHIV感染者またはAIDS患者の最も多い日和見感染症であり、重要な死因である。この事実も、HIV感染蔓延国(感染率が1%以上)では、結核と診断された者がHIV検査を受けるべきことを示している。

理由5:世界保健機関とタイ国は、HIV感染者またはAIDS患者に抗ウイルス療法を提供すると言う方針を持っている。結核患者へのHIV検査は、HIV感染しているがまだそれを知らない結核患者に、結核とHIVの両方の治療を受ける機会を提供し、結核治療中の死亡の予防や結核治療終了後の延命が期待できる。コトリモキサゾールの予防内服により、死亡率の改善(マラウイでは43.0%から24.0%、南アフリカでは14.1%から10.1%)や生存率の改善(象牙海岸では55.1%から69.8%)が得られている。また、抗ウイルス療法により、生存率の改善(米国では58%から83%、イタリアでは65%から80%)、死亡率の改善(英国では43%から22%)が得られている。

コトリモキサゾールや抗ウイルス薬などのHIV関連治療をしないと、HIV感染を合併した結核患者の結核治療中の死亡率は高い(30-70%)と報告されている。治療中に死ななくとも、通常2-3年後には死亡する。

結核とHIV感染の適切な治療を促進するためには、全ての結核患者がHIVカウンセリングと検査を受けるべきである。

理由6:全ての結核患者がHIVカウンセリングと検査を受けることにより、HIV感染の予防と治療を提供する機会が改善する。HIVカウンセリングと検査が、HIV感染者またはAIDS患者におけるHIV感染の予防行動を促進することが、多くの研究(象牙海岸では、HIVカウンセリングと検査前後でHIV感染と予防策の知識およびコンドーム使用率が有意に上昇した。)により示されている。加えて、HIV検査は、結核患者のパートナーがHIVの予防と治療を利用するのを促進する。

理由7:HIV感染の診断には、臨床検査ほど効果的なものはない。しかし、保健医療従事者の中には、質問票によりHIV感染リスクのある者を特定できるので、患者全員にHIV検査が必ず必要というわけではないと考え、最もリスクの高い者をHIV検査の対象にしている。タイ国の研究を含めて、多くの研究が「申告された行動内容は、実際の行動と違う。」と言う事実を確認している。よって、質問票を用いてHIV感染リスクのある者を特定することは信頼できない。タイ国のChiang Maiの研究では、HIV関連のリスク行動をしていないと答えた者のうち1.5%がHIV陽性であった。

理由8:全ての結核患者へのHIV検査は、結核対策に有益である。なぜなら、結核対策へのHIVの影響を分析できるからである。例えば、結核患者の死亡率、再発率、脱落率の高さの理由を解明する助けとなる。

理由9:結核は、HIV感染者またはAIDS患者にとって、重大な日和見感染症のひとつなので、結核患者へのHIV検査はHIV/AIDS対策に有益である。タイ国における日和見感染症の分析に貢献する。結核患者にHIV検査を行わないと、日和見感染症としての結核症の有病率を、実態より低く推定してしまう。HIV感染者の一部は、結核治療を始める前には、HIV感染について必ずしも判明していないからである。

理由10:全ての結核患者にタイするHIV検査は、差別感を生まない。もし、HIV検査をリスク集団(静注麻薬利用者、同性愛者(男性)、セックスワーカーとその利用者)のみに行われると、差別感が生まれHIV/AIDSに対する偏見が強化されうる。


2.HIV検査を結核患者が受ける利点


HIV検査は、結核患者にとって有益である。
 通常、HIV感染を合併した結核患者は、結核治療中に比較的高い死亡率(30-70%)を示す。もし、結核が治癒しても、HIV感染を適切に治療しなければ、他の日和見感染症により1-3年しか生存しない。
 HIV検査により、HIV/AIDSの予防と管理が開始できる。HIV感染の診断が確定すると、適切な管理ができる。1例を挙げれば、コトリモキサゾールの内服による、日和見感染症(細菌や原虫による)の予防がある。他に、抗ウイルス薬の服用がある。抗生剤と抗ウイルス薬による適切な管理は、HIV感染者、AIDS患者または結核とHIVの合併感染者の死亡率を改善し、生存期間を延ばし、生活の質を改善できる(表4-5)。
 HIV検査により、患者が配偶者や他者にHIVを拡げるのを防止できる。結核患者がHIV感染していることが判明したら、配偶者やパートナーにHIV検査のカウンセリングを行い、HIVの予防方法を教える。もし彼らがHIV感染していたら、適切な治療期間を紹介する。


3.結核患者へのHIV検査が、どのようにHIV/AIDS予防に貢献するか?

 結核患者にHIV検査を適切に行えば、HIV/AIDS対策に益する。これは、HIV検査前後に研修を受けた保健医療従事者が、HIVカウンセリングを行うからである。カウンセリングの内容は多岐にわたり、HIV予防も含まれる。
 もし結核患者がHIV陰性ならば、HIV検査とカウンセリングは、HIV予防について学ぶ機会となり、HIVリスク行動の予防を勧められる。
 もし、結核患者がHIV陽性ならば、彼らは、HIV感染をパートナーらに拡げるのを予防し、HIVウイルスを相互に感染させる機会を減らす方法を学べる。

表6では、結核患者へのHIVカウンセリングの効果(HIV予防の知識習得やコンドームの使用)に関する知見を載せている。全ての結核患者へのHIV検査は、全ての結核患者にHIV/AIDS予防策と治療を得る機会をもたらす。


4.結核患者はどのようにしてHIV検査に関する情報や助言を得るか?


 ポスター、パンフレット、印刷物
利点:診療待ち時間に読むことができる。医師や保健医療従事者の時間の節約になる。医師や医療従事者に会う前に提供できる。
欠点や注意点:文盲者は読めない。

 結核を診断した医師
利点:患者は医師を信頼しているので、彼らの助言によりHIV検査を受けようとする。
欠点:医師は忙しい。患者はHIV検査を受ける準備ができていないが、医師の助言は受け入れたいと思っている。

 結核外来の保健医療従事者
利点:結核外来のスタッフは、結核治療中の結核患者と接する機会が多く、信頼関係を作ることにより、最初はHIV検査を断った患者に、考えを変えさせることができる。
欠点:結核外来のスタッフには、HIV・AIDSカウンセリングの研修が必要である。

 HIV/AIDS外来のカウンセラー
利点:HIV/AIDSカウンセラーはHIVカウンセリングの経験はあるので、合併感染者への精神的および社会的な対応ができる。
欠点:活動性の結核患者(治療開始後2週間以内)を他の医療機関に紹介すると、医療機関における結核感染リスクが増加する。

 外来診療部の看護師やスタッフ(医師の診療の待ち時間)
利点:患者が医師や保健医療従事者の助言を聞く準備となる。
欠点:多忙で騒がしい外来環境では、患者の学びが限定される。

 病棟の看護師
利点:病棟の看護師は、患者との人間関係をゆっくりと構築することができる。
欠点:相部屋だと、隣の患者が誤解する可能性がある。患者自身も落ち着いて質問したり答えを聞いたりできない。カウンセリングには、個室を準備すべきである。


5 結核患者はいつHIV検査を受けるべきか
 結核症の診断がついてからなるべく早期
利点:HIV感染の診断が早めにできるので、治療開始も迅速的にできる。
欠点:結核とHIVの合併感染が判明したら、患者は精神的に耐えられないかもしれない。

 結核症の診断から2週間後または次回外来受診時
利点:HIVカウンセリングと検査中における保健医療従事者への結核感染リスクが減る。結核治療が結核の拡大を減らす
欠点:効果的な経過追跡体制や記録システムがないと、HIV検査未実施に終わってしまう。


6.カウンセリング、情報の守秘、同意 全ての結核患者にHIV検査を行うに当たっての3つの原則


カウンセリング
 患者はカウンセリングを受けるべきであり、結核治療におけるHIV検査の重要性や長期間にわたる健康維持に関する知識をもつべきである。
情報の守秘
 医師や保健医療従事者は、入手した患者情報(特にHIV感染を合併した結核患者)の守秘義務がある。
 守秘とは、患者自身と診療に携わる者以外は、患者のHIV感染の有無について知るべきではないという意味である。患者配偶者や親族への開示には、患者の同意が必要である。

同意
 患者はHIV検査を拒否する権利がある。
 検査前に、診療スタッフは患者からHIV検査の実施と結果の報告に関する同意書を取る必要がある。保健医療従事者は、患者の同意無しには、患者のHIV検査の結果について、配偶者や親族に伝えてはならない。

患者情報の守秘を遵守する病院や、患者のHIV検査への同意を得やすく、患者に満足をもたらすであろう。

HIV感染を合併した結核患者の情報の守秘の方法

患者の秘密は以下のようにして破られる。
 患者のIDカード、診療録、報告書、電子文書
 解放性でプライバシーが守られない相談室では、患者情報が漏れることがある。
 医師や保健医療従事者が、意識的または無意識に、他者に情報を漏らしてしまう。

病院に於ける守秘の方法
 まず最初に、患者の情報が他の情報と混ざらないように留意する。医療従事者が扱う患者の情報が他者にもれないシステムを作る。例として、情報を伝える前の患者氏名の確認がある。
 HIV検査の結果は電話で話してはならない。
 患者の同意なしに、HIV検査の結果を配偶者や家族に話してはならない。
 もし可能ならば、HIVカウンセリングに用いる部屋の表示は、HIVカウンセリング用と特定できない方が良い。「HIVカウンセリング室」では、周囲にHIVと関係した部屋だと分かってしまうので、「カウンセリング室」の方が良い。
 カウンセリング室は、プライバシーと秘密保持ができるような構造でなければならない。
 患者の診療や看護に携わらない病院職員は、患者が特定できる形ではHIV情報を入手しないことを明文化すべきである。
 HIV結果報告所には、患者氏名ではなく患者番号(例 病院ID番号)を用いる。(ただし、取り違えがないような確認体制が必要である。)
 情報の記録と利用に際してはコード化する。
 通訳者は、保健医療従事者と患者の情報交換が求められる。通訳者は秘密保持について研修を受けるべきである。

地域に於ける守秘の方法
看護師や病院のスタッフが、患者がHIV感染を家族や近隣者に話しているか知らない状況で、家庭訪問する場合がある。このような状況の場合、看護師や病院スタッフは以下の手順を踏む。
 家庭訪問前に、確認すべき3点。
1. 患者は、家庭訪問に同意しているか?
2. 患者は、HIV感染を家族に話すことに同意しているか?
3. 患者は、病気について家族に何を話したか?

 患者が不在の場合は、スタッフは置き手紙やメッセージを残してはならない。これは、守秘が破られることがある。
 患者と話すときはプライバシーが守られる場所を確保する。もし家族や近隣者が周囲にいる場合には、話が中断されないためと言って、家族にプライバシーの確保を求める。患者とスタッフが女性の場合には、理学的検査の必要性を話して、他者には外で待ってもらうようにする。
この世界に秘密はないということは真実でしょう。しかし、患者が病院や地域にいる間は、守秘の方法により患者情報は守ることができます。


7.結核患者が自主的にHIV検査に同意するための対応


7.1 HIV検査の重要性を伝える。

結核患者と話し合う中で、HIV検査の利点を伝えるために用いるメッセージ例
 結核患者のために、世界保健機関とタイ国厚生省は、全ての結核患者に年齢に関係なく、HIV検査を勧告した。多数の結核患者がHIV感染しているからである。
 HIV検査は結核患者に多くの利点をもたらす。結核とHIV感染を適切に治療すれば、HIV感染を合併した結核患者でも生存できる。
 AIDSは不治だが、抗ウイルス療法によりHIV感染者およびエイズ患者は長期生存できるようになった。次ページの2人の患者がその良い例である。二人とも結核とHIVに感染した。一人は存命中であり、一人は他界した。
 結核患者のために、全ての結核患者にHIV検査を勧める。検査結果の秘密は厳格に守られる。しかし、検査を受けるか否かは、患者自身の意志に委ねられる。

HIV検査について何かわからないことはありますか?
 検査方法と費用と結果が出るまでの時間について説明する。それらは病院により違う。
(訳者注:日本では、保健所で無料かつ匿名で検査を受けることができる。詳細は、エイズ予防財団のホームページの案内「HIV検査」または保健所にお問い合わせ下さい。)
 同意書の「同意」または「拒否」に署名してください。
○ HIV検査の同意または拒否
○ HIV検査結果の報告を受けることに同意または拒否
○ HIV検査結果の報告いつ受けたいか?
○ HIV検査の結果を誰に伝えても良いか?
○ 状況の説明を家族や職場の同僚等にするのに、病院スタッフの助力が必要か?

例1:彼女は結核が治癒してから7ヶ月後に、HIV関連の日和見感染症で亡くなりました。両親は大変悲しみました。かつては、抗ウイルス薬は高価なので、結核患者は購入できませんでした。しかし、現在は政府系医療機関で抗ウイルス薬を手に入れることができます。

例2:彼女は結核が治癒し、抗ウイルス薬で治療中である。現在も生きています。子供が二人いますが、孤児ではありません。母親が生きているからです。HIV検査は、患者が適切な治療を受ける機会をもたらすので、大変重要です。

7.2 HIV検査が陰性の患者への対応
HIV検査結果が陰性の結核患者に用いるメッセージ例
 検査により、HIVに感染していないことが分かりました。この結果は、エイズの原因になるHIVが、体内に発見されなかったことを意味します。しかし、以下の可能性も残されています。
○ HIV感染していない。
○ 最近HIVに感染したのでまだ、検査が陽転していない。この場合、3-4週間後に検査が陽性になります。

 HIV感染のリスクがないと確信できるならば、結核治療とHIV感染予防に留意してください。しかし、もし最近HIVに感染した可能性があるならば、3週間後に再検査を受けることを勧めます。(リスク行動と再検査の必要性について患者の話を聞き、HIV感染予防策に関して説明する)
 パートナーや配偶者はHIV検査を受けましたか?もしまだならば、あなたとあなたのパートナーのためにHIV検査を受けることを勧めます。もし二人とも未感染ならば、HIV感染予防を行うことを勧めます。もし、あなたのパートナーがHIV感染していたならば、パートナーからあなたへの感染を予防する方法を知りましょう。

7.3 HIV検査が陽性の患者への対応
HIV検査結果が陽性の結核患者に用いるメッセージ例
 検査の結果、あなたは結核とHIVの両方に感染していました。
 HIV感染していることがわかったので、あなたの結核とHIV感染をより良い方法で治療することができます。最初は、落ち込んだり、悩んだり、失望感を感じるでしょう。それらの感情に対応するには時間がかかります。しかし、あなたにとって最も大切なことは、常に希望をもつことです。私たちはHIV感染を合併した結核患者を多数見てきましたが、彼らは結核治癒後、今日まで生きていますし、HIV感染にもかかわらず自分や家族のために働いています。
 次ページの写真を示す。
 HIV感染をパートナーや家族に話すこと
病院は、あなたがHIV感染していることを守秘します。しかし、あなたがHIV感染していることをパートナーに話して、検査を勧めることは必要です。私たちは、HIV感染者のパートナーで未感染の方を数多く見てきました。パートナーがHIV検査を待つ間は、あなたはパートナーとの性交は控えるか、常にコンドームを使用すべきです。また、HIV感染が生じる可能性があるので、あなたの血液や臓器を提供してはいけません。HIV感染していることを、パートナーや家族に話すのに助けが必要ならば、私たちが協力いたします。

例1: Edwin Cameron 判事は、上告最高裁判所の判事であり、HIVに感染していることを公にした最初の南アフリカ国上級官僚である。10年間に渡って、彼はHIV検査の偏見との戦いと人権擁護に尽力してきた。一度エイズ関連疾患で死にかけたが、適切なHIV治療により再帰した。タイ国では、一部の上級官僚や裕福な会社役員 が結核とHIVに合併感染していますが、誰も彼のように公にしてHIV対策に尽力しようとしません。

例2: この青年は結核症になりましたが、HIVも感染していました。初期の重症な時期は、彼は死を覚悟しました。結核が治癒するまで結核薬の服薬を続け、今まで抗ウイルス治療を続けています。現在彼は、自分と母親のために働いており、母親と幸福に過ごしています。HIV感染が判明すると、多くの人は落ち込み、望みを失い、落胆します。しかし、最後に彼らはこの困難を克服します。私たちは、あなたがこれらの困難に打ち勝つことを望みます。私達はあなたとともにいます。


8. HIV検査を拒否する患者への対応

まず最初に、その患者がHIV検査を拒否する理由を知る必要があります。よくある理由としては、第1に、もし結果が陽性ならば、その事実に患者自身が耐えられないと感じて、現実から逃避している場合があります。第2に、過去にHIV感染のリスクが生じる行動を取っていないので、HIV検査の必要性がないと考えている場合があります(特に高齢者に多い)。第3に、過去に陰性というHIV検査結果を得ており、現在もその結果が有効と信じている場合がある。それぞれの理由について、患者と話すに当たって以下の項が役に立つかもしれない。

 もし、過去のHIV検査の結果が陰性だから、患者がHIV検査を拒否する場合
○ 最初に、何故過去にHIV検査を受けたかを尋ね、時期を聞き、検査結果を確認する。
○ 最新の検査結果が必要であることを説明する。
○ HIV検査がもたらす結核治療や長期的な健康管理への利点を説明する。

 もし、結果が陽性ならば、その事実に耐えられないと感じて、患者がHIV検査を拒否する場合
○ HIV感染についての知識を持っているかどうかを患者と確認する。
○ 病院のスタッフが、患者とその家族にカウンセリングをしたいということを確認する。
○ 有名人で、HIVに感染していながらも、今日まで幸福な人生を送っている例を紹介する。
○ 患者が病院を訪問してHIV検査を受ける準備ができた時には、いつでも検査を受ける機会を提供する。

 過去にHIV感染のリスクが生じる行動を取っていないので、HIV検査を拒否する場合
○ HIV感染についての知識を持っているかどうかを患者と確認する。
○ 有効な診断のためには最新の検査結果が必要であることを説明する。
○ 過去の調査結果(図1)を示す。この結果は、HIV関連のリスク行動を取っていないので検査は必要ないと言った人の中にも、HIV陽性の人がいたことを示している。よって、HIV検査が、HIV感染の有無を確認するのに唯一信頼できる方法なのです。

 高齢であることを理由にして、HIV検査を拒否する場合
○ タイ国の状況を説明する(50歳以上の者のHIV陽性率は、1%から47%であった。)。タイ国では50歳以上の結核患者のうちHIV感染率は1%の地域もあるが、50%近い地域もある。よって、高齢者はHIV感染リスク行動と無関係であるというのは、真実ではない。(訳者注:日本では、関東圏の結核専門医療機関5病院の3年間(2003-2005)における結核患者におけるHIV陽性率では、60代の日本人男性(443人)中3人(0.7%)陽性、70代(688人)は0%、女性は60歳以上472人中全員陰性だった。(文献 首都圏での結核診療機関でのHIV合併結核患者に関する調査: 厚生労働科学研究費補助金(エイズ・結核研究事業)平成17年度総括研究年度終了報告書 分担研究者:吉山崇))
○ HIV感染者の中には感染後10年無症状の者もいることを説明する。最近はリスク行動を取っていなくとも、過去のリスク行動により感染を受けた可能性がある。

9.結核患者のパートナーにHIVカウンセリングと検査を勧めるべきか?
病院のスタッフは、全ての結核患者にHIVカウンセリングと検査を行うこと自体を、過重な負担と感じるかもしれない。よって、結核患者のパートナーにHIV検査をする必要性や実施可能性を考えることはできないかもしれない。保健医療スタッフが限られている場合には、HIV検査について以下の優先順位が勧告されている。
1 結核患者
2 HIV感染している結核患者のパートナー
3 HIV未感染の結核患者のパートナー

結核患者のパートナーのHIV検査には2つの目的がある。
1:もし結核患者の配偶者がHIV感染していた場合、結核感染の検査を勧める。結核や他の日和見感染症の予防内服や抗ウイルス治療が開始できる。
2:もし、HIV未感染ならば、二人が一生に渡ってHIV感染予防策を実施できる。

調査結果は、結核患者(特にHIV感染を合併した結核患者)のパートナーは、HIVカウンセリングと検査を受ける必要がある。HIV感染を合併した結核患者の配偶者の半分は、HIV未感染である。この調査では、結核患者の妻は、夫からHIV感染を受けていないことを泣いて喜んだ。多くの配偶者は、相手からHIV感染を受けていると信じて、落ち込みHIV検査を受けようとしない。タイ赤十字のAIDS調査センターのデータも、夫と妻のHIV感染の違いを示している。すなわち、HIV感染している妊婦の夫のうち、HIV感染しているのは3分の1である(Prof. Praphan Phanupak, MD july 25, 2006 未発表)。結核患者のパートナーへのHIV検査は、保健医療従事者が対象者にHIVカウンセリングとHIV検査を勧める機会となり、HIVの予防もしくは、もし本人がHIV感染していた場合には、治療につなげることができる。


10.保健医療従事者の結核感染予防

全ての結核患者にHIV検査を行うにあたり、カウンセリングや検体採取をする保健スタッフは心配かもしれない。スタッフが抱く最も多い心配事は、結核患者からの結核感染である。それにより、スタッフは患者を嫌ったり、濃厚接触を避けたり、患者サービスを不要に急いだりするかもしれない。

医療機関内における結核感染リスク
アフリカ、南米、アジア各国の報告によると、保健医療従事者は勤務する医療機関(特に医療機関が結核病棟を有する場合)において結核感染を受けるリスクが高いと報告されている。

医療機関内において結核感染のリスクが最も高い者は、以下の条件を有する者である。
○ 感染性の結核患者(喀痰塗抹陽性、有空洞)
○ 診断前の結核患者、診断が遅れるほど、院内感染のリスクは高まる。
○ 頻繁にひどい咳をしているのに、咳する時に口を被わない結核患者
もし上記のような結核患者が換気の悪いところで他の患者(特にHIV陽性者)と同席していると、結核感染のリスクは高くなる。

保健医療スタッフの結核予防の勧告
以下の勧告は、保健医療従事者が、安心して結核患者の診療を行える一助となるであろう。

 HIV感染している保健医療従事者は、結核患者との直接の接触は避けた方が良い。結核感染しやすく発病もしやすいからである。
 新しいスタッフはツ反検査を受けて基礎値を得ておくと良い。もし陰性ならば毎年再検し、陽転したら結核感染を示唆するので精査し、予防内服の適応を検討する。
 保健医療従事者が、個室、剖検室、気管支鏡室、吸引室で作業する時は、N-95マスクを着用する。このマスクは、浮遊する感染性の細菌(結核菌を含む)を95%以上浄化する。
 多数の患者(結核やHIV感染者を含む)と対応する病院外来では、以下の方法により結核感染リスクを低減する。
○ 肺結核を疑わせる症状(2-3週間以上続く咳)を持つ者と結核感染の疑いのある者は、先に見つけて医師の診察を優先的に行い、待ち時間を短くして、周囲への感染リスクを低減する。
○ 患者には、診療を待つ間は、咳する時に口を被うように助言する。
○ 患者の移動を最小限にする。例えば、一度結核と診断されたら、すぐに結核患者用の待合室に移動させる。患者ではなく、患者家族かスタッフが検体を運んだり、支払いするようにして、患者自身が薬局で待つことがないようにする。
○ 患者には、建物の外で換気が良く日光があたるところで、採痰するように頼む。採痰の邪魔が入るべきではないが、周囲の者は最小限の暴露ですむように配慮する。
○ 迅速な結核診断、効果的な経過観察のシステムを実施する。例としては、喀痰検査の追跡、治療支援者のDOTS、治療成績の評価である。

 相談室の換気は良く行う。窓は開け、相談中は換気扇を回す。日光が届くようにする。患者が咳やくしゃみをする時は、ちり紙を渡す。保健医療従事者は、風上に座る。
 病棟では、HIV感染合併の結核患者は重症化して入院してくることが多く、入院後結核の診断まで時間がかかることがある。これは、病棟内で保健医療従事者や他の患者に結核感染が生じる原因となる。

病棟内で結核感染リスクを減らすためには、以下の方法を実施すべきである。
 結核患者用の隔離室を準備する(物理的に隔離するが無視してはならない)。可能ならば陰圧室とする。
 もし結核用の隔離室が確保できないならば、病棟の換気を良くし、日光が届くようにする。(病院は、寒い時期は窓を閉めてしますが、菌が病棟内に保持されて感染を起こしうる)
 喀痰採取に適切な場所を確保する。
 呼吸器症状を有する患者にはマスク着用を推奨する。口と鼻を被うマスクを付けるように指導する。
 看護師の前で服薬するようにし、結核薬の服用の重要性を強調する。
 他疾患で入院してきた患者でも、結核関連の症状がある場合には、結核感染の検査を迅速に行う。
 以下の項目を検討して、結核感染予防の方法を実施する。
○ 結核疑い患者のベッドの位置
○ 迅速に喀痰採取、結果報告を医師にする。
○ 結核患者の介護中はN95マスクを着用する。
○ 結核患者とその家族への結核教育
○ 結核患者の適切な退院計画

迅速な結核診断と適切な結核の治療は、保健医療従事者や他の患者への結核感染を低減する。


11.結核患者のHIV検査の評価方法

結核患者のHIV検査の評価は、個々の結核患者の記録や結核登録簿の分析により可能である。これらの分析は、結核登録簿の情報のもれがあるとできない。以下の指標を少なくとも年1回検討すべきである。

1. HIV検査のためのカウンセリング実施率:全結核患者中HIV検査のためのカウンセリングを受けた者の割合
2. HIV検査実施率:全結核患者中HIV検査を受けた者の割合
3. HIV検査を受けた結核患者中のHIV陽性率:HIV検査を受けた結核患者中HIV陽性者割合
4. HIV感染結核患者中のHIV治療率:
HIV陽性の結核患者中CD4細胞数を検査した者の割合
コトリモキサゾール服用適応者中の同薬剤服用者の割合
抗ウイルス治療適応例中の同薬剤服用者の割合


12.結核患者にHIVカウンセリングとHIV検査を行う手順の要約

1)結核症と診断されたら
 結核患者がHIV検査を受ける重要性について患者に説明する。
 説明の内容には以下を含む。
○ 結核治療におけるHIV検査の意義
○ HIV検査結果の秘密保持の方法
○ HIV検査への患者の同意の意義
○ HIV検査にかかる時間と費用
 質問する時間を設けた後、同意するか拒否するか判断してもらう。

2)―1 患者がHIV検査に同意した場合
 HIV検査の同意書に署名する
 HIV検査を行い、結果を伝える予約をする。
3)HIV検査の結果を伝えるに移動

2)-2 患者がHIV検査を拒否した場合
 拒否の理由を特定する。
 その理由に関係する情報を伝える
それでも拒否した場合
 より詳細な情報が必要かどうかを聞き、気持ちが変わったらいつでもHIV検査できることを伝える。

3)HIV検査の結果を伝える。

4)―1 もしHIV検査が陰性ならば
 結果を本人に伝える。
 もしリスクがあるならば、3-4週間後に再検査することを勧める。
 HIV予防の方法を紹介して実行を勧める。
 患者のパートナーのHIV検査を勧める。

4)-2 もしHIV検査が陽性ならば
 結果を本人に伝える。
 患者の精神状態を観察し、精神的な支援を行う。
 HIV感染合併結核の治療について助言する。
 HIV感染予防の方法について助言し、パートナーのHIV検査を勧める。
 HIV感染者とエイズ患者の自立支援グループや地域の支援団体を紹介する。
 HIVの管理(CD4の検査、日和見感染症の治療、抗ウイルス治療)について助言する。


updated 08/7/25