都市部における一般対策の及びにくい特定集団に対する結核対策に関する提言


都道府県による予防計画のための資料

            (平成16年10月)

 平成14年度より、厚生労働科学研究費補助金による新興・再興感染症研究事業、石川班では「都市部における一般対策の及びにくい特定集団に対する効果的な感染症対策に関する研究(都市結核研究)」に関して予防策定の資料をまとめました。詳しくは今年度中に、報告書をまとめる予定ですが、その要約をまとめた次第です。「予防計画」作成に当たりましては、本提言をご参照下さり、今後の効果的な対策のあり方に盛り込んで頂ければ幸いです。


厚生労働科学研究費補助金による新興・再興感染症研究事業

都市部における
一般対策の及びにくい特定集団に対する効果的な感染症対策に関する研究

主任研究者 石川 信克


 わが国の結核問題は、西欧先進諸国と同様、都市部に集中しつつあり、そこにおける特定集団の持つ問題性が増加しつつある。結核はその特異性により、都市部でまん延しやすい特徴がある。即ち、空気感染のため都市部で感染しやすいこと、慢性に経過し、長期の投薬が必要なため、診断や治療が困難な生活困窮者や外国人などの特定集団に集積しやすい。それらの集団に対しては、一般的な対策のみでは解決しがたく、特別な対応が必要とされている。また結核対策には感染症としての健康危機管理の観点に立った対応が必要である。
 本研究班は、それらの都市部の特定集団に対する効果的な対策のあり方に関して研究を推進してきたが、いくつかの積極的な施策の必要や可能性が明らかにされてきた。本提言は、その研究成果に基づき、現在進められている都道府県による結核対策の「予防計画」策定の資料として提示するものである。
 都市部の特定集団としては、住所不定者などの生活困窮者(ホームレスなどとほぼ同義。新登録患者中の割合は全国では10%程度、都市部では20%以上)、外国人(新登録患者中の割合は全国で2.5%、都市部では10%以上、主に超過滞在などで生活基盤が不安定な外国人)、その他の様々な社会的結核高危険群が考えられるが、主に前2者(以下、住所不定者等という)が重要である。また、様々な行政的な制約の中でも、発見患者の治療完了への努力が危機管理上の最優先策であるという認識に立って施策を柔軟に遂行することが肝要である。
 ただし、本課題は一般対策の中で取り扱われるものもあり、特定集団への対策のみの課題とはなり得ないものもあるが、議論の性格上、都道府県の予防計画に関わる課題に加え、国の課題への提言も併記した。

一般的基本理念(ポリシー)
 都道府県は、以下の基本理念をふまえた結核予防計画を策定することが求められる。
  1.  都道府県は、結核は、都市部の健康危機管理、社会と個人の安全保障の課題であり、結核対策は広域的な都市政策の重要な一部であることを認識する必要がある。また、この認識の共有を管内の区市町村に求める必要がある。
  2.  都道府県は、結核の空気感染によって起こる慢性感染症としての特異性と専門的対応の必要性、住所不定者等の患者の移動への対応の必要性、住居政策等を含む総合的対策の必要性を認識し、区市町村(特に政令指定都市、中核市、保健所政令市、特別区)相互の協力体制および区市町村と都道府県の協力体制の構築を行う必要がある。
  3.  都道府県は、住所不定者等の特定集団に対して結核対策を効果的にするために、路上生活者等へ住居の提供などを含めた保健、医療、福祉の強い連携を促進するとともに、早期発見・治療完了のために地域内の様々な社会資源(NGO、元患者グループ、調剤薬局等)を積極的に動員する必要がある。
  4.  区市町村は、都道府県が結核予防計画を作成するにあたり、保健・医療・福祉・住宅・労働・都市計画等の関連分野において自ら定める行政計画との整合性と調和を図り、都道府県結核予防計画の実現に協力する必要がある。
  5.  上記の政策を行うために国は以下の特別な措置をとる必要がある。
    @ 健康危機管理、国民全体の安全確保の観点から「特定集団に対する結核対策」を積極的に推進する。
    A 当該地域の住民登録がない患者の治療費や福祉費を特定地域に負わせないため、住所不定者など非定住者の結核対策費など必要な財源を確保する。
    B 対策の技術的妥当性を確保するための調査・研究及び結核対策専門家の育成を行う。
    C 三位一体改革による地方分権の中で、健康危機管理への国の主導性を発揮する立場から、大都市の結核対策の特別指針を策定すること。これに基づき、感染症の危機管理における技術的指導を都道府県に対して行う。
    D 大都市の結核対策への特別指針の策定と、東京・大阪など広域的な対応によって効果的・効率的に対策を進める必要がある地域を対象にした「結核対策特区(仮称)」制度を創設する。


    上記の基本的理念を実現するための個別的対策の内容
    <リスク及び対策の評価>
  6.  住所不定者等の結核発生の現状、結核感染拡大への影響、感染の大きさの推定、都道府県および区市町村にあたえる健康および財政的な負荷の大きさと将来予測など、リスクを測定・公表し、それぞれのリスク管理の責任所在を明確にする。
  7. 1.リスクの測定および評価のための指標を明らかにする。
  8. 2.指標を用いて対策の有効性を定期的に評価する。
    <患者発見>
  9.  特定集団における高い罹患率に対し、それらを抱える地方公共団体およびその所属する組織では、結核患者を発見するため以下の方策を強化する。
  10. 1.症状受診の促進のために、福祉関係者、雇用主、NPO、支援者等、特定集団に関わる人達に対して、結核に関する啓発的研修を実施するとともに、言語バリアや医療費など受診の障壁の解消に努める。
  11. 2. 住所不定者やまん延国出身者での健診発見率が高いことより様々な機会を捉えて定期健康診断を実施する(入居施設、就業させている事業所、通学している学校、支援者等との連携による)。
  12. 3. 医療機関との協力を深める(情報の提供や診断・治療マニュアル提供や指導)。
    <治療>
  13.  治療継続・完了を目指した支援のために、医療・保健・福祉関係者および入居施設、事業所、学校、支援者等との連携・協力体制を構築する。
  14.  都市部の特定集団を意識したDOTSの推進を行う。
    @ 退院後の中断回避のため生活保障と地域DOTSの確保
    A 外来DOTSの促進と地域社会資源の活用(NPO、調剤薬局、シェルター等の発掘、ガイドライン作成)
    B 保健医療及び福祉関係者の合同研修など関係者スタッフ間の教育システムの構築
    C 医療・保健・福祉関係者の参加による定期的治療評価会(コホート検討会)の開催


    備考:
     本提言は前文に述べた通り、進行中の研究班による現時点での研究成果と提言作成のためのワークショップでの議論を主任研究者の責任でまとめたものであり、詳細な報告は、平成16年度末の最終報告書に出される予定である。


提言作成のためのワークショップ参加者
(敬称略:50音順)
○本研究班分担研究者

総 括
○石川 信克(結核研究所)
 稲葉 久之(事務局、結核研究所)

行政班(まとめ役:加藤・平山)
 阿彦 忠之(山形県村山保健所)
 稲垣 智一(東京都福祉保健局)
 今井 弘行(京都市左京保健所)
 大角 晃弘(結核研究所)
 大川 昭博(横浜市寿福祉プラザ)
 加藤 誠也(結核研究所)
 小林 誉明(上智大学法学部)
 小林 環 (東京大学大学院)
 鈴木 修一(国立保健医療科学院)
 高鳥毛敏雄(大阪大学大学院)
 富田 秀樹(複十字病院)
 豊川 智之(東京大学大学院)
 平山 恵 (結核研究所)
 船橋 香緒里(愛知県知多保健所)
○前田 秀雄(東京都福祉保健局)
 安江 鈴子(新宿ホームレス支援機構)
 渡辺 雅夫(国際協力機構)

患者発見・検診班(まとめ役:吉山・星野)
 石川 典子(結核予防会外国人結核相談室)
 逢坂 隆子(四天王寺国際仏教大学)
 尾形 英雄(複十字病院)
○下内 昭 (大阪市保健所)
○星野 斉之(結核研究所)
 藤野 睦子(荒川区保健所)
 山下 眞実子(訪問看護ステーション コスモス)
 山村 淳平(港町診療所)
 吉山 崇 (結核研究所)
(オブザーバー)
 竹内 理絵子(訪問看護ステーション コスモス)
 田中 美和(訪問看護ステーション コスモス)
 武笠 亜企子(訪問看護ステーション コスモス)

治療班(まとめ役:和田・星野)
○和田 雅子(結核研究所)
○豊田 恵美子(国立国際医療センター)
 長島 こぎく(勝瀬薬局)

治療支援・評価班(まとめ役:大森・小林)
 稲葉 静代(名古屋市中保健所)
○大森 正子(結核研究所)
 神楽岡 澄(新宿区保健所)
○小林 典子(結核研究所)
 笹井 靖子(台東保健所)
 瀬戸 成子(川崎市健康福祉局疾病対策課)
 藤生 道子(川崎区役所保健福祉センター)
 堀  裕美子(荒川区保健所)
 宮川 淳子(大阪市保健所)
(オブザーバー)
 岡本 理恵(名古屋市健康増進課)
 金井 教子(川崎区役所保健福祉センター)
 平岡 真理子(川崎市健康福祉局)
 丸山 路代(名古屋市中保健所)
 美馬 和子(川崎区役所保健福祉センター)