高知市中学校の大規模な集団感染と
建築物構造の関連について


高知県幡多保健所長
豊田 誠

《はじめに》
 高知市の中学校では,1999年1月28日に初発患者が発見されてから4年半後までに患者34人,予防内服者155人にのぼる大規模な結核集団感染が発生した。
 患者の中には,初発患者と広い体育館で短時間立ち話をしただけの軽微な接触で発病し,菌のRFLP検査が初発患者と一致したケースもあった。初発患者は感染性飛沫核を多量に排出するHighly infectious caseと考えられ,これが大規模な集団感染の要因の1つに挙げられた。
 しかし,今回の事例では初発患者と同クラス生徒の感染率が90.0%と極めて高いことや,初発患者と接触の少ない生徒や教師からも11人の患者が発見されるなど,建築物の構造や環境要因が感染拡大に影響していた可能性があった。
 そこで,この中学校の教室,校舎で環境測定を行い,建築物の構造や環境が結核集団感染に及ぼす影響を検討した。
 《方法》
 正確な換気環境を把握するためには,トレーサーガスを放出し,その濃度を測定する方法が知られている。
今回の測定では6フッ化硫黄をトレーサーガスとして用い,初発患者が発見されたとほぼ同じ条件下で,教室や校舎での換気回数とガス濃度の変化を測定した。 また,初発患者発見当時の校舎の見取り図から,結核感染の曝露を受ける可能性のあった空間や接触者を検討した。
 《結果》

図1 6フッ化硫黄を用いた室内換気実験
6フッ化硫黄を用いた室内換気実験
図2 3年校舎の見取り図と感染性飛沫核の推定汚染場所

 環境測定は2003年2月3日の午前中に,中学校の1階の教室で行った。測定開始時点の教室の環境は,気温10.5℃,湿度52%,窓を閉めた状態の気流0.05m/sec未満であり,教室の1人あたりの気積は6.3m3であった。
 測定は,3とおりの設定条件により行った。実験結果を図1に示す。
 設定@では,通常の授業中の換気回数を確認することを目的に,教室の窓と出入口を閉めた状態で測定を行った。教室で6フッ化硫黄を放出してから一定時間が経過し,気中濃度が安定した状態での教室換気回数は1.6〜1.8回/時間程度であった。
 設定Aでは,常時教室内に気流を発生させて変化を見ることを目的に,5cmの隙間を窓,出入口に作った状態で測定を行った。教室換気回数は,2.5〜4.5回/時間まで上昇した。
 設定Bでは,休み時間における教室内と廊下の空気の攪拌を確認することを目的に,出入口を5分間全開にした状態で測定を行った。教室換気回数はさらに5.0〜6.5回/時間まで上昇し,教室の6フッ化硫黄濃度は15ppmまで低下し,廊下の6フッ化硫黄濃度の10〜14ppmとほぼ同程度の値になった。
 図2に初発患者発見当時の校舎の見取り図と感染性飛沫核の推定汚染場所を示した。初発患者は3年1組だけでなく,3年2組,音楽室,美術室,被服室,理科室を利用しており,これらの教室は3年生を中心に,1年生も使用していた。また,3年1組は,3年校舎の出入口の近くにあり,3年校舎に出入りする生徒や教師の動線と交わっていた。



 《考察》
 最近の結核集団感染増加の要因として,アルミサッシの普及に見られる建築物の気密性の向上との関連が指摘されている。今回集団感染が発生した校舎の構造を見ると,教室と廊下の外側の窓はアルミサッシで冬期は閉められており,校舎への出入口もアルミサッシの引戸で冬期は閉められ,校舎には暖房器具や空調機器は設置されていなかったことから,校舎の気密性は高いと考えられた。
 環境実験の結果でも,窓を閉め切った状態の教室の換気回数は1.6〜1.8回/時間であり,学校保健法に示されている換気基準3.2回/時間に比べて少なく,1人あたりの気積も6.3m3と少なかった。今回の事例では,同クラス生徒の感染率90.0%,合同クラス生徒の感染率60.8%と非常に高かったが,この背景として,1人あたりの気積が少なく,換気も少ない濃厚な感染曝露環境が,長時間続いたことが考えられる。実験の結果から,5cm程度窓を開けることで,教室の換気回数が増えることが確認されており,空気感染の予防の視点から,空調等の整備により建築物の環境改善を目指すことも必要と考えられた。
 一方,今回の集団感染事例では,初発患者と直接接触していない他の3年生徒や教師,1年生徒からも発病者が11人見られ,感染が拡大していた。このうち1年生徒の発病者4人中2人は,初発患者が音楽室を利用した次の時限に音楽室を利用したクラスからの発病であった。同様に初発患者の後に教室を利用した他の3年生徒や教諭にも,間接的に感染が起こった可能性が考えられた。
 また,休み時間を想定し教室の出入口を全開した条件では,急速に教室内と廊下のガス濃度差が縮まっており,休み時間にクラスと廊下の空気が撹拌され,1時間ごとに廊下の感染性飛沫核濃度が高まっていたことが推測された。初発患者のいた3年1組の教室は,3年校舎の入口に近く,この空間を移動した他の3年生徒,教諭,1年生徒が廊下の感染性飛沫核を吸入し,間接的に感染した可能性が考えられた。
 以上,冬期で換気が少なく気密性が高まる建築物の構造が,大規模な集団感染の要因の1つであることが指摘できた。中学校の校舎でも条件が重なれば間接的な感染が起こりえるという知見は,今後の対策を考える上で重要と考えられた。


updated 04/03/16