第4回WHO西太平洋地域結核制圧技術諮問会議
−DOTS拡大の焦点は絞られてきた−
2003年11月17〜19日/マニラ(フィリピン)
結核研究所国際協力部長 須知 雅史


会議の概要
 2003年11月17〜19日,フィリピンのマニラにあるWHO西太平洋地域事務局(WPRO)において,第4回WHO西太平洋地域結核制圧技術諮問会議が開催された。もともとは6月にオーストラリアで開催が予定されていたものが,SARS流行の影響で延期されたものである。中心議題は,2005年にDOTSカバー率100%,治癒率85%,患者発見率70%の西太平洋地域の目標まであと2年と迫った現在,特に達成が危ぶまれている患者発見率向上のために,地域の結核高負担国(中国,フィリピン,ベトナム,カンボジア,ラオス,パプア・ニュー・ギニア,モンゴル)において,今後2年間でDOTS拡大をいかに加速させ,患者発見率を向上させるか。そしてもう1点は,前回の大阪での会議で議論された中負担国(日本,韓国,香港,マカオ,シンガポール,マレーシア,ブルネイ)のDOTSの導入であった。 出席者は,技術諮問委員8名(森結核研究所長が議長,委員として牛尾厚生労働省結核感染症課長のほか,WHO本部,IUATLD,米国,オーストラリア,オランダ,フィリピンから各1名,中国は欠席)のほか,高負担国,中負担国にフィジーを加えた15カ国からの結核対策の代表各1〜3名,結核研究所,JICA(フィリピンから宍戸チーフアドバイザー,白濱専門家,カンボジアから岡田チーフアドバイザー),オランダ結核予防会(KNCV),米国国際開発庁(USAID),オーストラリア国際開発庁(AusAID)などのパートナーや援助機関の代表など,総勢70名以上であった。
 会議では,世界と西太平洋地域の結核対策並びにパートナーシップの現状の報告,高負担国の国別の進捗状況と2カ年計画の報告,高負担国,中負担国並びにパートナーのグループ討議,結核/HIV,他セクターとの連携,貧困と結核,塗抹検査の精度管理などへのWHOの取り組みの報告などが行われた。

2005年目標達成のための焦点

 今回の会議は,これに先立つ10月7〜8日にオランダのハーグで開催された「第4回DOTS拡大作業部会会議」(後述)において強調された2005年の世界目標達成に向けて,「2004年は活動を加速させるぞ」という方向性と,現状分析で指摘された患者発見におけるインドなどの躍進と中国の低迷を反映させたものとなった。
 先にも述べた2005年目標の達成のため,今世界中が必死になっているが,WHOの示す推計患者数と実際に届け出られている患者数の差(missing cases,見つかっていない,正確には報告されていない患者)は,新喀痰塗抹陽性肺結核患者について西太平洋地域を見ると,中国がダントツで,それだけで全体の約80%,フィリピン,カンボジアを加えると90%となっている。その中国がDOTS拡大を急いでいるのに,結核対策と公的病院の連携の不備によって,なかなか患者発見率を上げることができないことが,今回の会議の中で確認された。これに対し技術諮問委員会は,勧告文に中国向けの具体的勧告を明記すること,欠席した中国技術諮問委員に今回の協議内容を説明すること(12月18〜20日,森議長が実際に訪中し説明した),中国政府の感染症対策部と医療サービス部のトップの対話を促進すること,今後は中央政府だけではなく成績の良くない省(日本の県にあたる地方自治体)に直接働きかける方策をとることなどを,事務局を通じて実現することとした。つまり,おおざっぱに言えば,地域的には中国,特にDOTSの進展の遅れている省,分野的には結核対策と公的病院を含む他のセクターとの連携が,今後の目標達成の焦点であることが明確になった。ただし,他のセクターとの連携は,フィリピンをはじめとして多くの国の課題でもある。

その他の課題
 このほかには,1)人的資源開発,特に中国,ラオス,パプア・ニュー・ギニアに対する技術援助を行う,2)カンボジア,ベトナムの経験を基に結核/HIV活動を強化する,3)中負担国に関してはDOTの応用を含む患者管理の向上が必要で,そのための治療成績の コホート分析が重要,4)JICAプロジェクトがフィリピン・セブで実施した新しい精度管理指針の拡大,などが討議された。中負担国のグループ討議では,各国の結核対策の現状,特にDOTやコホート分析の実施状況が披露され,日本については石川国立感染症研究所国際協力室長(厚労省結核感染症課併任)が報告した。勧告では,DOT,短期化学療法,菌検査の実施状況の把握と,コホート分析の実施の徹底などが強調された。また,結核研究所が中心となりセブで実施した新しい塗抹検査精度管理指針の試行結果がWHOより披露され,精度管理の質を落とすことなく業務量が低減されることが報告されたことを特記しておく。

第4回DOTS拡大作業部会会議
 技術諮問会議に先立つ10月7〜8日,オランダのハーグで第4回DOTS拡大作業部会会議が開催された。今回が第4回,第1回のカイロ(複十字誌No.278/2001年3月号参照),第2回のパリ(同No.284/2002年3月号参照),第3回のモントリオール(同No.289/2003年1月号参照)に続くものである。前2回と異なり,今年はKNCV創立100周年に併せ,IUATLD世界大会とは別に開催された。
 参加者は,インド,中国,インドネシアをはじめとする結核高負担国22カ国の代表,WHO本部・地域事務局のスタッフ,ストップ結核パートナーシップ調整理事会のメンバー,パートナーの代表など,約100名であった。
 会議前日の6日に,KNCV本部において中心メンバー(約10名)会議が開催され,組織,メンバーなどの運営について討議された。会議初日の7日はオランダ会議センターにて行われ,DOTS拡大の現状報告,高負担国を5つのグループに分けての各国の現状報告と討議(筆者は,カンボジア,インド,フィリピン,ベトナムのグループ討議の議長を務めた),再び全体会議でグループ討議の報告が行われた。2日目の8日は,会場をオランダ外務省大会議室に移し,DOTS拡大における人材育成,DOTS地方拡大,パートナーシップ構築,住民参加などが,それぞれ先進的な活動をしている国の代表により発表された。また,Fidelis(カナダのオペレーショナルリサーチ基金)や世界・エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)の現状報告,結核流行に関する第2回特別会議の報告などが行われた。
 昨年のヒーロー的存在は短期間でDOTSをほぼ100%まで普及させ,患者発見率を60%近くまで向上させたフィリピンであった。フィリピンに深く関わってきた者として非常に喜ばしく思ったものである。そして,今年のそれはインドであった。それまで停滞気味だったDOTS拡大を1999年以降急速に50%まで拡大し,しかもDOTS実施地域での患者発見率を60%以上に向上させたからである。DOTS実施地域での患者発見率の伸びが思わしくない中国が対比されていた。

まとめ
 DOTSを実施すれば治療成功率は85%近くを維持できることは,今年の報告からも確認された。現在の焦点は,中国のようにDOTS拡大の遅れている国のDOTS拡大と,公的・私的病院など他のセクターとの連携に絞られてきたと言える。ただ単にその地域でDOTSが利用できるというだけでなく,すべての医療機関でのDOTS実施が求められている。それは,単に患者発見率を向上させるだけでなく,治療成功率の高い質の良い結核治療の提供をも意味するからである。


updated 04/04/05