結核予防会渋谷診療所地域DOTSの展開
− 訪問DOTS成功第1号の報告 −

結核研究所対策支援部
保健看護学科長 小林典子


はじめに

 日本版DOTSでは,介護を必要とする在宅の高齢者や一人暮らしの高齢者への服薬支援の方法として,地域の資源を活用した「訪問DOTS」を示しています。結核予防会渋谷診療所では,平成15年8月から5カ月間,91歳の女性Aさんの訪問による服薬支援を実施しました。複十字誌No.290で紹介された「1人1人の患者のニーズに合わせた個々の方法での服薬支援」渋谷診療所方式の第1号です。

服薬支援の実際

 7月下旬,Aさんが入院していたF病院の医師から「訪問DOTSが可能なら退院できる」という連絡を受け,入院中のAさんに面談を開始しました。骨粗しょう症のためベッド上の生活ですが,他の合併症がなく,同居している家族も退院を希望しています。そこで,Aさんを担当するS区保健所保健師及びケアマネージャーと連絡をとり,退院に向けて調整を行いました。結果,図1の支援体制の下,8月8日の退院と同時に訪問DOTSによる抗結核薬の服薬支援が開始されました。

図1 Aさんを取り巻く関係機関
図1 Aさんを取り巻く関係機関

 月曜日から金曜日は,渋谷診療所看護師4名と当研究所保健師がDOTSナースとして交代で訪問,土・日・休日は家族にお願いし,翌週空き袋による確認を行いました。訪問時,手洗いをした後,家族が手作りした壁掛け式の薬入れから薬を取り出します。錠剤(INH)とカプセル(RFP)はAさんが自分自身で服用します。散剤(胃薬)はDOTSナースがAさんの口の中に含ませます。その後10分ほど会話をしながら,誤飲なく確実に服薬できたかを観察し,服薬手帳にサインをします。以上の手順は,「訪問DOTSマニュアル」を作成し,DOTSナースの対応に差がないように心がけました。

エプロンとハンガーが手作り壁掛け式お薬入れ(1カ月分)に大変身!
エプロンとハンガーが手作り壁掛け式お薬入れ(1カ月分)に大変身!

関係機関との連携

 高齢者の地域DOTSを円滑に進めていく上で,関係機関との連携は重要です。訪問DOTS開始から2カ月が経過した9月29日,DOTSカンファレンスを開催しました。この席上で,訪問看護ステーションからDOTSへの協力を快諾いただき,月曜日は通常のケアに含めて訪問看護師が服薬確認を担当することになりました。これに伴って,家族の不安や問題点などについて一貫した対応と連携が図れるよう,関係者(地域担当医,介護職員,訪問看護師,DOTSナース)が共有できる連絡ノートを用意することにしました。

 在宅の高齢者が結核を発病した場合,サービス提供側が感染を恐れて支援が停止することも少なくありません。今回も入浴サービス提供者から感染について不安の声が聞かれましたが,結核の感染について十分説明をしたことによって,サービスが滞ることはありませんでした。訪問看護師からも「専門機関からの毎日の訪問は,大変心強い」との意見があり,地域DOTSを実践する中で関係者への結核の正しい知識の提供が可能であり,また必要との思いを強くしました。これらの経過については,随時F病院へ報告し必要な助言を得るよう心がけました。

緊急時の対応

 12月5日,血痰が出たとの家族からの電話があり,即,喀痰検査を実施することができました。Aさんの症状に特に変化は見られないこと,血痰もごくわずかであることから,菌検査の結果が出るまで様子を見ることにしました。塗抹検査の結果は陰性で,以後血痰は見られません。高齢者の場合,結核再発のほか,肺炎等による急変も考えられることから,入院先を含めて緊急時の対応が重要です。Aさんの場合,地域担当医がS区外のクリニックの非常勤医師であることから,緊急時の対応・診断について結核専門病院及び診療所との連携方法のあり方を明確にすることが必要です。今後は,渋谷診療所において3カ月ごとに喀痰塗抹検査を実施し,経過を見ていく予定です。

おわりに

 訪問DOTSによる最後の服薬を終えた後,いつものようにAさんは笑顔でDOTSナースの手を握りしめていました。「結核専門の看護師さんが毎日来てくれたので,安心して介護ができました」。献身的に介護を続ける長女の言葉は,結核の治療完遂の責任を毎日の介護に追われる家族に転嫁してはならないことを再認識させてくれました。今後,関係者が集まりAさんへの訪問DOTSによる服薬支援について検討を行う予定です。病院から地域へ安心して服薬継続のバトンタッチができるよう,Aさんへの訪問DOTSの試みを通して地域DOTS体制の整備・充実を急ぎたいと思っています。


Updated 04/04/16