結核の統計2003を読む
結核新登録患者は3年連続して減少したが,減少速度はやや鈍化か


結核研究所副所長
結核予防会国際部長
石川 信克

 「結核の統計2003年版」(厚生労働省監修,結核予防会発行)が出版された。これは平成14年(2002年)中(1月1日〜12月31日)に全国の都道府県・政令都市より保健所を通じて報告される結核患者と対策の状況に関する諸統計を,結核発生動向調査としてまとめたものである。概況は厚生労働省から既に発表され,そのポイントが表1にまとめられている。主なトピックスについては,本書のグラビアで分かりやすく示されている。本稿では主な内容に対しいくつかのコメントを述べる。

結核新登録患者は3年続けて減少した
 結核基本統計値の3年間の動きを表2に示す。平成14年に全国で32,828人の結核患者が新たに登録された(前年比2,661人減)。人口10万人対の新登録患者数(結核罹患率)は25.8(前年比2.1減)であった。減少率は実数,罹患率ともにほぼ7.5%であった。前年に引き続き今回3年連続で減少したが,前2年がともに10%であった減少率は7%台とやや減少した。新登録患者は平成9年(1997年)に逆転上昇し3年連続して増加,平成12年(2000年)に4年ぶりに減少に転じたが,減少は継続している。
 年齢階級で罹患率を見ると,前年同様ほぼすべての年齢層で減少している(0〜4歳のみで0.1微増)。

表1 平成14年結核発生動向調査年報の主要ポイント
@平成9年より3年連続で増加していた新登録患者は3年
 続けて減少した。減少率はやや鈍化か

 新登録患者数:32,828人,罹患率:25.8
A新登録患者における高齢者の割合は増加傾向で,初め
 て4割を超えた

 70歳以上の患者の占める割合は41.5% 
B20歳を境に罹患率が高くなっており,青年層の新患者
 を無視できない

 20歳代で2,883人,30歳代で2,843人も発生
C国内の地域間格差はやや縮小したものの,依然大きい
 大阪市の罹患率(74.4)は,長野県(12.5)の6.0倍
D世界的に見て,日本は依然として結核中進国である
 日本の罹患率は,スウェーデン(4.5)の5.7倍,
 米国(5.6)の4.6倍




表2 結核基本統計値の3年間の動き
2000年(平成12年) 2001年(平成13年) 2002年(平成14年)
新登録患者数
(罹患率:10万対率)
39,384人(100%)
(31.0)
35,489人(100%)
(27.9)
32,828人(100%)
(25.8)
0〜19歳(%) 649人(1.6%) 616人(1.7%) 490人(1.5%)
20〜39歳(%) 6,852人(17.4%) 6,198人(17.5%) 5,726人(17.4%)
40〜59歳(%) 9,675人(24.6%) 8,395人(23.7%) 7,450人(22.7%)
60歳以上(%) 22,208人(56.4%) 20,208人(57.1%) 19,162人(58.4%)
70歳以上(再掲) 15,255人(38.7%) 14,062人(39.6%) 13,622人(41.5%)
80歳以上(再掲) 6,410人(16.3%) 6,161人(17.4%) 5,992人(18.3%)
肺結核/全結核(%) 82.1% 81.3% 80.6%
喀痰塗抹陽性患者数
(同上罹患率:10万対率)
肺結核患者中の割合
13,220人
(10.4)
40.9%
12,656人
(9.9)
43.8%
11,933人
(9.4)
45.1%
菌陽性肺結核患者数
肺結核患者中の割合
19,347人
59.8%
18,284人
63.3%
17,534人
66.2%
結核死亡数 
(死亡率,順位)
2,656人
(2.1, 24位)
2,491人
(2.0, 25位)
2,316人
(1.8, 25位)
年末活動性患者数
(有病率:10万対率)
41,971人
(33.1)
36,288人
(28.5)
32,396人
(25.4)

減少傾向は鈍化するか?
 前2年に続いた10%の減少率が7%台になったが,減少の鈍化の始まりか,あるいは引き続き高い減少率が続くのか。図1ではその傾向は未だ不明と言え,今後の推移には興味が持たれる。
 人口の高齢化(高齢者・超高齢者数の増加),高齢者中の高い既感染率,若年者での低い既感染率,糖尿病等の発病危険因子の増加,都市部での増加傾向,外国人人口の増加などが複雑に絡むため,将来予測は容易ではない。しかし,新登録塗抹陽性肺結核患者数を各高年齢層別に見ると(図2),80歳以上が増加しているが,各年齢層とも罹患率の減少傾向が見られることから,80歳以上の超高齢者人口の増加を反映した患者数の増加はあるものの,全体として着実な罹患率の減少が予測される。減少を促進する対策の効果とそれを鈍化させる諸因子の絡み合いで,急速な高齢化が始まったアジア諸国のそれに先立ち,日本の結核疫学像は世界的に興味ある様相を示すことになろう。

塗抹陽性患者の減少は5%台
 喀痰塗抹陽性肺結核患者数は11,933人(前年比723人減),罹患率は10万対9.4(前年比0.5減)と共に減少しているが,減少率はそれぞれ5.7%,5.0%と前年よりわずか高い。従来横ばいであった塗抹陽性罹患率の推移は減少傾向へ転じつつあると言えよう。しかし実数では,20歳代で800人余,30歳代,40歳代で1000人程度,70歳以上の高齢者が5,000人以上も発生している。 

さらに進む高齢化と無視できない青年層のピーク
 新登録患者で高齢者,超高齢者の割合は年々増加しているが,70歳以上の占める割合は,41.5%と初めて40%を超えた。一方39歳以下の割合はあまり変わっていないが,20歳代で急に罹患率が高くなることは注目に値する。10歳代新登録患者数は376人(罹患率2.8)に対し,20歳代は2,883人(罹患率16.5)で,感染性の高い喀痰塗抹陽性者が805人(罹患率4.6)となり,社会生活が始まるこの世代に新たな感染が起こっていることが示される。

図1 結核罹患率の推移     図2 増加を続ける超高齢の排菌患者
    


患者の36%は感染性の高い喀痰塗抹陽性肺結核
 新登録結核患者32,828人の内訳を見てみると(図3),ほぼ前年と同様で肺結核が81%を占め,そのうち結核菌喀痰塗抹陽性が36%,培養その他の検査で陽性が17%で,合計53%が菌陽性結核である。肺外結核は19%である。肺外結核には,胸膜,気管支,縦隔洞リンパ節結核などの呼吸器結核も含まれる。

都市部に問題が大きくなっている
 結核新登録患者数の多い順に全国患者総数の半数までをどの地域が占めるか見ると(表3),全体に減少しているが傾向は前年とほぼ同様である。47都道府県(指定都市を除く)と12指定都市の合計59自治体の中で,11が約半数の患者を占めている。特に東京と大阪が4分の1を占めている。日本の結核患者の12.7%が大阪(府+市)で,12%が東京都(特別区+都下)で発生している。またこれらの2大都市周辺の県・市も多くなっている。罹患率では,大阪市(74.4)が前年よりさらに改善を示したが,未だ全体として著しく高く,地区による差も大きい(西成地区363,浪速地区125等)。大阪市は2位の名古屋市(39.2)の約2倍で,これに神戸市(37.2),東京都特別区(36.6)が続く。特別区では,さらに高い区もある(台東区114,新宿区64等)。また埼玉県,千葉県,愛知県,神奈川県等は罹患率が低くても,患者の絶対数が多く,対策上の課題が大きい。
 これら以外で,罹患率が全国の25.8より大きい地域は表の右側に並べた。患者数及び罹患率,そして対策への取り組みの面から,量的,質的に地域の結核問題を分析する必要がある。これらの地域の高齢者や若年層の割合,外国人の割合,その他のリスク要因等でみた分析も必要であろう。

図3 新登録結核患者(32,828人)の内訳(2002年)

表3 新登録患者数及び結核罹患率の大きい県・市(2002年)
全国新登録患者数の半数までを占める自治体 左記以外で罹患率が全国25.8以上の自治体
県・市名 新登録患者数
(人)
罹患率
(10万対)
新登録患者累積
(%)
県・市名 新登録患者数
(人)
罹患率
(10万対)
東 京 3,926 32.1 12.0% 神戸市 562 37.2
東京都特別区(再) 3,032 36.6 (9.2%) 北九州市 322 32.0
大阪府 2,207 35.6 18.7% 京都市 467 31.8
大阪市 1,949 74.4 24.6% 川崎市 398 31.1
埼 玉 1,528 21.8 29.3% 岐 阜 637 30.2
兵 庫 1,306 32.1 33.3% 和歌山 318 30.0
愛 知 1,161 23.5 36.8% 徳 島 237 28.9
千 葉 1,152 22.6 40.3% 宮 崎 335 28.7
横浜市 875 25.0 43.0% 長 崎 431 28.6
名古屋市 856 39.2 45.6% 高 知 219 27.0
静 岡 808 21.3 48.0% 香 川 271 26.6
福 岡 769 28.8 50.4% 千葉市 239 26.4
山 口 401 26.4
奈 良 377 26.2
全 国 32,828 25.8 100.0% (小計) 5,214

日本は国際的には結核中まん延国
 わが国の結核罹患率は,西欧諸国のほとんどが10万対10かそれ以下であるのに比べまだかなり高く(図4),それらの国の状態に達するにはさらに20〜30年はかかるであろう。これは,主に結核の流行が遅れて始まった日本の歴史的背景によるためで,国際的には結核中まん延国と言われ,西欧先進国より大きな課題を持っているが,逆にこの分野での経験を生かした世界貢献もできると言える。 

さらに改善したい対策指標の動き
 対策に関するいくつかの指標を取り上げ,最近の改善の動きを見ると(表4),症状出現後1カ月以内の発見(診断)は前年まで増加していたが,今回は停滞している(『結核の統計2003年版』p57, 表7)。新登録肺結核患者中の菌陽性率は向上しており,より的確な診断がなされるようになっている。治療コホート情報あり(不明以外)の割合も顕著に向上,治癒と治療完了を加えた治療成功率も79%と前年より改善している(『結核の統計2003年版』p99〜106, 表26)。ただし前年同様,厳しく見ればこれらの指標は満足する値とは言えない。65%もが1カ月以上の発見の遅れがあること,32%もの自治体がコホート情報の入力がないこと,治療成功率79%は国際的な目標の85%にもう一歩不足しており,治療失敗6.2%も改善の余地がある。

日本版DOTSの進展や対策の動き
新しい結核対策DOTSの内容や動きについて,グラビア10〜11,20に整理されている。患者や地域の状況に応じた様々なDOTSの取り組みやその動きが示されている。
 本年上半期にSARS(重症急性呼吸器症候群)に揺れた世界の動きに関してもグラビア18に整理されている。SARSは結核対策とも様々な関連があることが示された。

各自治体・保健所の課題
 結核罹患率が3年連続して減少したとはいえ,3万3千人もの新しい患者が発生していることは,国内最大の感染症として依然「結核緊急事態宣言」発令中に変わりはない。各自治体,保健所にとってもそれぞれの地域の予防計画策定のために,疫学的推移や問題の分析が必要である。結核に関する担当者はそれぞれの地域の情報に加え,長期間の疫学的推移,対策指標を用いた評価,他地区との比較など様々な分析・検討を行うことができよう。それにより発生動向調査の内容がさらに充実したものになろう。


図4 先進諸国の結核罹患率(2002年) 表4 対策指標でみた改善の動き
指標 1999年 2000年 2001年 2002年
症状後1カ月以内の発見 31.1% 33.0% 34.5% 34.4%
新肺結核中菌陽性率 57.0% 59.8% 63.3% 66.2%
治療コホート情報あり 40.1% 47.1% 57.2% 68.1%
喀痰塗抹陽性治療成功率 71.2% 72.3% 74.7% 78.7%

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updated 04/04/13