文部科学省「定期健康診断における結核健診マニュアル」について


結核予防会第一健康相談所診療部長
増山 英則


はじめに

 巷間、新聞等で報道されているが、平成15年4月より、小・中学校の結核対策が大きく様変わりすることとなった。BCG再接種廃止と共に、結核感染発見ツールとしてのツベルクリン反応検査(ツ反)も一律に小・中学校1年生に施行されなくなる。
 この背景としては、@小・中学校1年生のツ反を用いた健診は、患者発見率が極めて低いこと(中学校1年生で10万対1.0。2000年発見患者21人で、ツ反検査実施者128万人中発見患者13人)、A疫学的に予測される小・中学校学齢期感染者数を大幅に上回る予防内服が、日本全国でなされている事実がある。本来この年齢の予防内服は、濃厚な結核排菌者との接触の前提の下(”最近の結核感染が強く疑われる場合”の表現に当たる)、適応が決められるのが本来の姿である。しかしながら、現実はツ反発赤のミリ数のみが重視され、より本質的な、濃厚な結核排菌者との接触が無視または軽視され、誤った適応がなされることが多かった。文部科学省「学校における今後の結核対策について(最終報告)」1)及び厚生科学審議会感染症分科会「結核部会・感染症部会の共同調査審議に係る合同委員会報告書」2)でも、その点が指摘されていた。
 今回、厚生労働省、次いで文部科学省の学校における結核対策の見直しの勧告を受け、平成14年9月より日本学校保健会は文部科学省からの依頼により、一律ツ反による学校健診の廃止に代わる、問診を中心とした結核感染者発見の新アプローチを検討してきた。その委員の1人として、直に関わり、構築してきた「定期健康診断における結核健診マニュアル」が、平成14年12月26日付で文部科学省より通知されたので、その運用方法等、内容について以下解説する。
 問診で、ツ反の代役を果たせるのかの疑問はあろう。しかし、上記報告書1)2)にあるように、ツ反を使用していることにより不要な精検・予防内服が多く実施され、特に小・中の児童では、最近の結核感染を強く疑うことを重視せず、ツ反発赤のミリ数のみで予防内服が指示されることが多い。この年代での感染源の大部分は、家族・友人等近親者であり、定期外健診を徹底することにより、補足可能である。かつ年間の結核感染危険率が極めて低い現在では、不特定多数の集団での感染はほとんど皆無であり、定期健診の意義が薄くなった。よって今回、ツ反による一律定期健診を廃止し、「最近の結核感染が強く疑われる」事項を問診によりチェックした方が、より有効であり、実際的・効率的である。

結核健診の進め方様式1 問診票

1.結核対策委員会での要検討者の選定方法
1)学校は結核健診に先立って結核に関する問診票(様式1)を配布・回収し、回答を点検する。
*問診調査を行う際の注意点
  問診調査は結核健診の中でも極めて大切なものであり、以下の点に注意して実施する。

  1. 問診調査の重要性を保護者に周知し、問診票に正確に記入されるように努力する。問診票(様式1)の冒頭にも簡単な説明が記入されているが、これ以外に説明書をつけたりするとさらによい。中学生等では、本人が記入することがあるが、必ず保護者に相談のうえ、記入するように注意することも必要である。
  2. 回収された問診票に、記入もれがないか、誤った記入がないかなどをチェックし、不備がないようにする。
  3. 問診票を回収する際には、封筒に入れた状態で回収するなど、プライバシーの保護に配慮し、その旨を児童生徒、保護者に伝えるようにする。

2)問診票(様式1)の質問6及び補問6-1については原則として、小学校1年生にのみ質問するものとする。
3)学校は事前に学校医と相談し、結核健診に際して、問診票を学校医に提示し、学校医はこれを参考として診察を行う。
4)質問1、質問2、質問3、質問5で「はい」、質問4で「はい」と答え、それが世界保健機関の示す高まん延国(下記2-II*参照)である者、質問6で「いいえ」、のいずれかに該当する者は原則として結核対策委員会での検討を要するものとする。
 しかしながら、質問5(自覚症状有り)の者で、学校医が問診票と診察所見を勘案し、検討の必要がなしと判断した者についてはこの限りではない。
5)学校では、結核対策委員会における検討を円滑にするため、「結核健診実施状況報告」(様式2)「結核対策委員会要検討者名簿」(様式3)を作成し、結核対策委員会に提出する。

              様式2 結核健診実施状況報告              様式3 結核対策委員会要検討者名簿    

2.精密検査対象者選定の基準
 結核対策委員会は、問診票及び結核健診の所見にもとづいて精密検査対象者を選定するが、その基準は概ね下のI、IIのいずれかあるいは両方に該当することとする。
I 呼吸器症状について質問5(自覚症状)に「はい」と答えた者。ただし、補問5-1または補問5-2に「はい」と答えた者及び質問5の回答にかかる症状が急性上気道炎や喘息、喘息性気管支炎等によるものであると考えられる者(例えば理学所見で咽頭発赤があるなど)は除外する。
II 結核関連の既往歴等のある者。以下のいずれかに該当する者とする。
@質問1、2、3で「はい」と答えた者。
A質問4で「はい」と答え、補問4-1で下記の外国を答えた者。
B質問6で「いいえ」と答え、かつ補問6-1で「1.ツベルクリン反応検査で陽性だったため」と答えた者。
*補問4-1(居住歴のある外国)で答えた国のうち該当国は下記のとおりとする。
 アフリカ全域、アフガニスタン、イラク共和国、インド、インドネシア共和国、エクアドル共和国、ガイアナ共同共和国、カザフスタン共和国、カンボジア王国、キルギス共和国、タイ王国、朝鮮民主主義人民共和国、ドミニカ国、ネパール王国、ハイチ共和国、パキスタン・イスラム共和国、パプアニューギニア、バングラデシュ人民共和国、フィリピン共和国、ブータン王国、ベトナム社会主義共和国、ペルー共和国、ボリビア共和国、マカオ、ミャンマー連邦、モロッコ王国、モンゴル国、ラオス人民民主共和国、ラトビア共和国、ルーマニア

<その他委員会において要否を判断される者>
 上記、I、IIの少なくともいずれかに該当する者で、医療機関で適切な措置がとられていることが明らかな者については除外することができる。
 さらに新入生以外の者でIIに該当した者で、昨年度までの健診で精密検査を受け、その結果「異常なし」であった者は精密検査対象から除外することができる。
[参考]
 上記のIのただし書き以下について、補問5-1で「はい」と答えた、現在受診中の者を精密対象から除外するのは、主治医による臨床的な判断を重視するためである。
 補問5-2による除外の理由は、この質問の該当者における「せき」や「たん」は喘息、喘息性気管支炎などによるものであると考えられるためである。
 II*に挙げられているのは、世界保健機関の報告により、日本よりも明らかに結核のまん延度が高いと考えられている国や地域である。

3.精密検査の方法
 精密検査は保健所や医療機関において行う(医療機関における精密検査の実施方法・判定方法等については、別に参考文献を添える。資料「精密検査の実施方法について」参照)。

4.評価・精度管理
 この精度の評価、及び結核健診の精度管理の基礎として「精密検査受検理由・精密検査結果報告」(様式6)を各教育委員会において作成し、結核対策委員会において評価・精度管理を行う。

                資料 精密検査の実施方法               様式6 精密検査受検理由・精密検査結果報告

 次いで、結核対策委員会の設置、運営に関する事項は以下のごとくとなる。

結核対策委員会の設置・運営

1.目的
 結核対策委員会は、教育委員会が結核対策の管理方針を検討するにあたり必要に応じて設置し、結核対策の専門的な役割を果たすものであり、具体的な役割については以下の通りである。
 1)学校における結核健診の実施状況・結果を把握する。
 2)精密検査対象児童生徒の管理方針を検討する。
   (精密検査や経過観察の指示等に関する専門的検討)
 3)患者発生時に関係機関と協力し対策を検討する。
 4)地域と連携し、学校の結核管理方針を検討する。
なお、プライバシーの保護には十分配慮することとする。

2.設置主体
 結核対策委員会は、原則として、小・中学校・中等教育学校を設置する地方公共団体の教育委員会が設置主体とする。なお、市町村の規模等地域の実情により、複数の教育委員会が共同して設置するなどの設置方式も考えられる。

3.構成委員
 構成委員は、原則として、保健所長、結核の専門家(2名)、学校医(1名)、医師会代表(1名もしくは2名)、学校長の代表、養護教諭の代表とする。

4.開催頻度・開催日
 学校において定期健康診断が実施される時期には、随時開催するものとする。その他の月に関しては必要に応じ開催する。
 開催日については、各地域の実情に応じ、効率的に運用するよう努める。

5.地域の結核対策との連携
 地域と連携した結核対策の観点からも、結核対策委員会は保健所や地域の実情に詳しい結核の専門家等と連携して運営されるべきである。
 なお、地域の実情に詳しい結核の専門家については、保健所の結核診査協議会構成員とすることが望ましい。
 特に結核対策委員会の設置単位については、市町村の規模等地域の実情により、様々な形が考えられるが、保健所の管轄区域との関係や首長部局との関係に従って以下に例示する。
例1 保健所の管轄区域を勘案して、市町村等教育委員会が単独又は共同で結核対策委員会を設置する。
 例1-1 1つの保健所(都道府県)の管轄区域に複数の教育委員会(市区町村)がある場合。
  設置単位:区域内の教育委員会が合同で結核対策委員会を設置。
  運営方法:
    @特定の1教育委員会が事務局担当となる。
    A事務局担当の教育委員会を輪番制とする。
    B全ての教育委員会が合同で事務局を運営する。
 例1-2 1つの保健所(都道府県・市・特別区)の管轄区域に1つしか教育委員会(市・特別区)がないとき。
  設置単位:市又は特別区の教育委員会が単独で結核対策検討委員会を設置。
  運営方法:上記の市教育委員会が事務局となる。
 例1-3 1つの教育委員会(市)の域内に複数の保健所(市)がある場合。
  設置単位:市教育委員会が単独で結核対策委員会を設置。
  運営方法:上記の市教育委員会が事務局となる。
例2 既に地方公共団体で結核に関する委員会等がある場合、当該委員会等を活用する。(その場合教育委員会には結核対策委員会は設置しない)

様式4 精密検査検討者名簿6.事務局(教育委員会)の行う業務
 1)結核対策委員会の設置に関すること
 2)結核対策委員会の開催に関すること
 3)資料の作成・事前の準備
 事務局においては結核対策委員会において審議が円滑に実施できるように、事前に資料を精査しておくこととする。
 また、結核対策委員会の検討結果を「精密検査検討者名簿」(様式4)にとりまとめ、各学校に報告・指導を行う。
 なお、プライバシーの保護には十分配慮することとする。

様式5 精密検査結果名簿7.学校の行う業務
 各学校においては教育委員会が事前の資料作成を円滑に行えるように、児童生徒の結核健診結果を下記の様式等に整理することとする。
 「結核健診実施状況報告」(様式2)
 「結核対策委員会要検討者名簿」(様式3)
 「精密検査結果名簿」(様式5)
 等
 なお、プライバシーの保護には十分配慮することとする。

8.私立及び国立の学校の取り扱いについて
 原則として学校単位で運営するものとするが、以下のような設置の仕方が考えられる。
 1)それぞれの地域の教育委員会と協力して設置・運営。
 2)単独もしくはいくつかの学校で協力し、結核予防会や予防医学事業中央会等に運営を委託する。

 なお、上記委員会は学校保健法に基づき実施となるが、保健所としては、教育委員会の委託を受け、技術的援助をする立場で参画できるようにすることが望ましい。

文献
1)「学校における今後の結核対策について(最終報告)」文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課、2002年8月
2)「結核部会・感染症部会の共同調査審議に係る合同委員会報告書」厚生労働省健康局結核感染症課、2002年6月


Updated 03/05/19