患者を各方面から支えるネットワーク
横浜市のDOTS事業



はじめに

 平成13年11月21日(水),結核予防会青木会長,結核研究所石川副所長,新宿保健所河野予防課長,水口医療指導主査,東京女子医大医学部医学生3名と共に,横浜市のDOTS事業を見学させていただいた。横浜市は,中区に日雇い労働者の町「寿地区」という結核高まん延地区を抱えており(11年の全結核患者数は92名,罹患率は1,533.3),この地区の患者に対して,医療・保健・福祉が一体となった理想的なDOTSが推し進められている。行政のDOTS事業開始に先駆け院内DOTSを推進してきた国立療養所南横浜病院,南横浜病院退院後の寿地区の患者にDOTSを実施している寿町勤労者福祉協会診療所(寿診療所)でDOTSの現場を見学させていただいた後,関係者が参集して月2回行われているDOTSカンファレンスに出席した。

南横浜病院での院内DOTS

 南横浜病院では,抗結核薬を飲まずに廃棄していた入院患者の発覚を契機に,11年2月より院内DOTSを1病棟で試行,12年1月より全4病棟で,全入院患者を対象に実施している。4病棟のうち1病棟は昨年感染防止病棟への改修工事がなされ,治療初期段階の患者中心に入院しており,DOTSは看護婦がそれぞれの病室をまわる形で行われている。それ以外の病棟では,基本的には患者に処置室まで来てもらって実施している。1日1回の服薬確認を基本としているが,体調等により3回に分ける場合もあるという。実施期間は入院開始から1カ月で,それ以降自己管理にするかどうかは,看護婦の面接等により決定される。詳細は複十字誌No.277(13年1月号)に本病院市橋副看護部長からの報告が掲載されているので割愛させていただくが,13年10月末までに1,250名に実施し,脱落者がいないことからも,本事業が職員にも患者にもスムーズに受け入れられていることが感じられる。
 本病院は寿地区の患者の約9割を受け入れているが,その数は,多い時は全入院患者の2〜3割,現在は1割程度で,減少傾向であるという。寿地区の患者は入院中に治療完了させることを原則としており,入院継続が困難な場合(飲酒,集団生活不適応)でも,3カ月の入院を目標とし,入院期間中に服薬の重要性をしっかり認識してもらうようにしている。一般的に路上生活者・日雇い労働者の患者の場合,飲酒等のトラブルにより強制退院となり,その結果治療脱落となってしまうケースが多いのだが,南横浜病院では強制退院を廃止し,できる限り入院治療を継続させる配慮がなされている。結核看護の原点に立ち,患者に治療を強制するのではなく,一緒になって病気を治していこうという思いからである。しかし,実際は長期入院できない例も多く,その場合は菌が陰性化し退院となると,寿診療所でのDOTSへと移行する。
 また,病院と保健所の連携においては,菌検査のデータを病院から集めるのが困難であるということが保健所共通の悩みであるようだが,本病院では今後の菌検査情報の提供のあり方について検討中である。患者のプライバシーに配慮し,暗号化するなど慎重な措置が必要とされるが,この試みを成功させ,病院と保健所のデータ共有のモデルとなることが期待される。

寿診療所でのDOTS

寿診療所でのDOTS
患者さんは皆,医師・看護婦に打ち解けている様子

 一方,寿診療所では,12年2月〜13年10月に主に南横浜病院を退院した患者67名にDOTSを実施。現在は12名の患者が,生活保護を受給し,主に寿地区内の簡易宿泊所に居住しながら,月〜金の毎日,2時〜4時の間にDOTSに通っている。見学の当日は佐伯診療所長,横浜市により本事業のために雇用されたDOTS担当看護婦1名と,南横浜病院より週1回派遣されている看護婦1名が業務に当たっていた。患者のほとんどがアルコール依存を筆頭に何らかの疾患を合併しており,結核薬とあわせてそれらの疾患の薬の服用も行っているということで,1回に飲む薬はかなりの量である。また,当日お会いした中には病気の不安を切々と訴える患者もおり,医師,看護婦が親身になって励ます姿に,DOTSが単なる服薬の確認の場ではなく,患者の健康管理,精神面のサポートの全般をカバーする事業であると感じた。
 横浜市衛生局は本事業実施に当たり,DOTS担当看護婦のほか,医療ソーシャルワーカー,カウンセラーを雇用して南横浜病院に派遣し,患者の生活相談,病院・保健所・福祉事務所等多方面にわたる関係機関の連絡調整の役割を補強している。また,南横浜病院からも週1回医師と看護婦が寿診療所を訪れ,技術的支援,情報交換を行っている。このように,要所に人材を配置し,関係機関が密接に連絡を取り合う体制が整えられていることが,DOTS成功の秘訣であると感じた。
 また,保健所や福祉事務所,寿生活館は,日常的に患者の生活全般に関わり,相談・支援を行っている。さらに,寿生活館はDOTS対象者及び治療終了者に呼びかけ,「結核友の会」を月1回開催し,とかく孤独に陥りがちな患者のため病気の不安などを話し合う場を設けている。

DOTSカンファレンス

 DOTS見学に引き続いて,寿診療所内でのDOTSカンファレンスに出席させていただいた。横浜市では,南横浜病院において患者退院・寿地区でのDOTSへの導入時に,また寿診療所においては治療状況の報告を目的として,あわせて月2回DOTSカンファレンスを実施している。開催に当たっては,保健所が患者管理・支援を効率的に行うため関係機関との調整を行っている。当日の会議では,現在寿診療所でDOTSにより治療が行われているすべての患者について,治療状況や問題点が細やかに報告された。加えて各方面から活発に情報が提供され,和やかな雰囲気の中からも,患者一人一人の人柄まで把握した上で,各方面が力を合わせて治癒まで結びつけようとする意気込みが感じられた。それぞれの機関が重要な役割を担いながら,緊密な情報交換の中で1つにまとまってDOTS事業を作り上げていることが実感できた。

 今回横浜市のDOTS事業のそれぞれの現場を見せていただくことで,理想的な連携体制の中でDOTSが行われているということを肌で感じることができた。これを日本版DOTSの1つのモデルとして,各地域の現状にあったDOTS計画を策定する動きが全国に広まっていけばと思う。折しもこの訪問の翌週には「全国DOTS推進連絡会議in横浜」が開かれ,横浜市の経験を全国の結核関係者が共有する場が持たれた。これを機に,各地にDOTSの輪が広がることを期待したい。

 最後に,お忙しいところ見学をお引き受けいただき,貴重なお話をお聞かせ下さった横浜市衛生局,南横浜病院,寿診療所ほか関係者の皆様方に,心より御礼申し上げます。

(文責編集部)


Updated02/03/01