結核菌DNA指紋法(RFLP分析)

結核研究所長   森  亨


 Aさんに引き続いてBさんが相次いで結核を発病した場合,この2人の患者から得られた菌が同じ系統か どうか,つまり例えばA→Bと結核菌が伝播したのか,それとも2人は別々の経路で感染したのか,というよ うなことを正確に知ることはつい先年までは不可能でした。わずかに結核菌につくバクテリオファージの型(数 種類)とか,薬剤耐性のパターン(もちろんなんらかの耐性がある場合に限り)などからぼんやりとした推 論を行うのが精一杯でした。結核の発病論を少しでも考えたりする疫学者,集団感染の対応に当たる公衆衛 生関係者にはそうしたことが可能になることはほぼ「叶わぬ夢」でした。
 犯罪捜査では昔から被疑者の指紋と現場に残された指紋を照合してきました。DNAの個人特異パターン を用いて血液などの体液,毛髪などのDNAを用いて同様のことを行うことも少し以前から可能になりました。 この技術は広く動植物や微生物に応用されていますが,結核菌を含む抗酸菌についても1980年代の後半以降技 術の開発が進み,90年代には方々で臨床・疫学応用がされるようになりました。夢は「正夢」となったのです。
 こうして90年の後半までに一応確立された技術は「結核菌DNAのRFLP分析」と呼ばれますが,もっと 広くは「DNA指紋法」と呼ばれます。結核菌に指紋があるはずはなし,菌といっても一人の患者の病巣で は何千万個の菌が作られているのですから,「結核菌DNA指紋法」は正確には菌の「個体」の鑑別ではなく, 一人の患者の菌の「系統」ないし「菌株」の鑑別と言うべきで,専門家は菌の「タイプ分け(タイピング)」 とか「亜種分類」(結核菌という「種」のレベル以下での分類)といった言い方をしています。
 菌のDNAは「塩基」という分子が並んでできた長い鎖のようなもので,菌の形態や機能を決定する遺伝 子(特定の塩基が集まり)がそれぞれ決まった部位に載っています。よく見ると遺伝子とは別に一見何の役 割を持っているのか分からない塩基の配列がその間を埋めています。それらの配列の中には結核菌の仲間に 特有なものがあり,またそれが出現する場所や個数は患者菌株によって一定していることが知られるように なりました。そこでこれをDNA指紋法の目印としよう,ということになったのです。そのような目印となる塩 基配列も多々あるのですが,IS6110という配列が種々の点で最も有用とされ,専らこれが用いられています。 実際の分析では,「指紋」は縞模様として表現されます。この縞(バンド)の出現位置と個数が菌株によって固 有ということです。
 この分析が威力を発揮するのはまず冒頭に挙げた様な感染源の確認です。結核研究所では90年代の早い時 期から各地の集団感染事例にこの検査を応用してその正確な対応を支援してきました。検査の結果,2人の 患者の菌株が全く違うことから集団感染の疑いが晴れたこともあるし,一見無関係な2人が実は第3の感染 源から感染を受けたケースと判明したこともあります。このようなことが確実に知られればその後の対策はず いぶん違ったものになります。いくつか印象的だった例を挙げてみましょう。

例1-高齢者施設での集団感染
 ある老人ホームで80歳代の入居者が年余にわたる診断の遅れの後で結核と判明,入居者や職員の接触者検 診と臨床症状などからその後22人の患者が確認された。うち菌陽性が20人あり,そのうち16人の菌株が初発患 者の菌と一致した。患者は職員1人(20歳代)を除いてすべて70歳以上の高齢者で,大半が既感染と考えられ, 最近の感染曝露に引き続く発病(外来性再感染発病)は考え難いところだったが,DNA指紋が一致したので, やはり高齢者で様々な免疫抑制要因を持っている場合には外来性再感染も起こりうると判断された。同時に 高齢者でも最近は全員が既感染ではない(70歳で既感染は約70%)ので,集団感染も起こり得ることも思い 出させる事例となった。

例2-まばらな接触でも感染を起こし得る
 2カ所の病院に続けて入院した1人の患者から家族2人のほか13人(病院の職員・患者等)が発病,その 中には待合室に数分間同時にいただけで対面接触がなかった2人の乳児(粟粒結核,髄膜炎)が含まれてい た(RFLPで確認)。非常にまばらな接触関係でも感染が起こり得ることを示し,患者の症状のほかに菌 の特性の差があるのではないか,と考えさせられたケースである。

例3-見知らぬ人の間での感染
 ある地域で短期間の内に発生したホームレス的生活の患者19人について指紋分析をしたところ,そのうち 3人,2人,2人がそれぞれ同一菌株と判明,各群(「クラスター」)の成員の共通項としてたまに利用する24 時間サウナが浮上した。あるクラスターにはサウナ従業員も含まれていた。この事例は,不特定多数の出入 りする集団生活の場が集団感染の発生母地になり得ることを示したものとして,注目された。

 このようなことから集団感染が疑われる可能性のある患者の発生については,続発例が出る前から菌を保 存しておき,続発例と思われる患者の発生に備えることも日本では奨励されています。上の「サウナ」事例 では,調べてみて初めて菌株の一致が判明したものですが,このような「隠されたリンク」を暴くためには 地域で発生する患者を全員ルーチンに調べる体制が必要です。オランダでは既に93年から国内の全患者につ いてこのような分析を行い,接触者対策に生かしています。日本ではルーチンではありませんが,結核研究 所で高橋細菌学科長らが全国の抽出患者約900人について調べました。日本の患者菌株のRFLPパターンは バンド数が0〜19本の間にあり,その平均本数は10.6本でした。世界的にはバンドは25本くらいまであるとさ れますが,アジアでは0〜2本という様に少ないものが多いと言われます。株間のパターンの類似性を分析 しますと,国や地域により特有の類似株が優位を占める傾向が認められます。その中で「北京ファミリー」 と呼ばれる類型は有名で,中国から東南アジアにかけて優勢なパターンとされます。この様な分析がさらに進め ば地域別の有力株の同定,その進化の過程(日本の結核菌はどこから来たか?など),さらに結核菌や非定型抗 酸菌の進化の解明にもつながるでしょう。
 学問的な夢はともかく,対策への応用を目指して,日本でも沖縄県が結核研究所の協力の下に96年以降,全県 下の菌株について分析を行う体制を敷いており,これまでに760人の新登録患者の分析が行われています。これ までのところではRFLPバンドパターンが完全に一致した2株以上の菌株のクラスターは合計61個同定され, これらのいずれかに属する患者数は延べ286人で,全体の37.6%が何らかのクラスターに属していました。単純 に計算すれば(286-61)÷760=29.6(%)が最近の感染によって発病したことになります。これはオランダ等 でも同様で,近年の成人結核の大半が内因性再燃による発病とする従来の疫学の考え方からすると意外な数字で す。その一つの原因として,どうやらバンドパターンの一致がそのまま直接の感染伝播を表さないことがあるら しいのです。例えば沖縄県で最大のクラスターである23株からなるものは,ある先島の患者たちのクラスターで すが,患者は大半が中高年齢者で,互いに接触のない関係が大半です。恐らく遺伝学的に安定した株ないしは強 毒株で,過去の流行が今に残存しやすいということなのではないでしょうか。
 このような最近の感染によらずにパターンが一致することがあることは鑑別のためには欠点となりますが,も う一つの欠点は少数バンドの株にかかるものです。バンドが1〜2本という場合にはバンドの出現位置はほとん ど定まっているので,それ以上の鑑別はできません。そこでバンドが5本以下の菌株についてはIS6110以外の目 印を用いた分析を重ねて行い,その結果の一致・不一致をもってクラスターを決める必要があります。結核研究 所ではこの目的のためスポリゴタイピングという方法を用いています。
 もう一つの,そして最大の欠点はこの分析が時間,手間の点でまだ手軽といえないということがあります。培 養で増やした大量の菌を必要としたかつてに比して,最近はかなり改善しましたが,それでも一件を処理するた めの時間は3時間を下りません。遠からずこのような問題が解決され,また疫学的なデータ分析の方法がさらに 深まれば,この方法は現在よりも一層普及して,間違いなく患者管理の必須の技術になるでしょう。


updated 01/12/14