結核菌検査における偽陽性

結核予防会結核研究所対策支援部医学科 伊藤邦彦

 


1.偽陽性について
 偽陽性とは読んだごとく「にせの陽性」ということで,要するに本当は陽性ではないのに陽性であると判断されるということです。結核の診断は単純に言えば結核菌を検出することと同じですから,言い換えると「結核ではないのに結核と診断された,誤診された」ということになりかねません。するといわゆる医療ミスの一つという判断をされて「非常にけしからん」というような論調になりがちです。
 しかし臨床検査,特に生物学的検査は非常に微妙な検査であることも多く,偽陽性や偽陰性が何がしかの割合で生じるのは検査の性質上仕方が無い側面もあります。だからといって「時々間違えて患者に迷惑をかけるような検査など無い方がましだ」というようなはなから検査そのものを否定する態度も大きな間違いであることは明白でしょう。菌検査における偽陽性の多くは,医療ミスというよりは検査に伴って生じる不可避の誤差のようなものとして考えるのが最も実際的
な態度ではないかと思います。もちろん運悪く「誤差」に当たった患者に対しては,「“誤差”なんだから諦めなさい」と言うのではなく,検査結果を判断する段階においてこの「誤差」を修正し出来るだけ「誤差」を少なくしてやる努力が必要です。臨床に即して言うと,検査伝票をいつもいつもそのままうのみにせず,常に偽陽性であることの可能性を考慮しつつ他の臨床での所見と考え合わせた上で,検査結果の解釈をせねばならないということになります。そのためには各検査における偽陽性がどのような場面でどのように生じるのかという知識が必要とされます。
 以下では結核の診断検査の代表である塗抹検査,培養検査の二つの検査に的を絞ってこれらの検査で生じる偽陽性について述べたいと思います。

2.塗抹検査の偽陽性
 塗抹検査は患者さんの喀痰などの検体を特殊な染色で染め出してから,直接顕微鏡で観察して菌を探そうという検査です。顕微鏡で見て外見から判断するわけですから,もちろん見間違えもあり得るのは容易に想像できます。またもう少し詳しいことを言うと,塗抹検査は結核菌の検査ではなく,抗酸菌の検査に過ぎません。抗酸菌とは結核菌を含む細菌のグループの名前であり,たくさんのメンバーを擁しています。従って塗抹検査の偽陽性とは「本当は患者の検体(喀痰など)に抗酸菌が含まれていないのに顕微鏡で抗酸菌が見えたという報告をする」ということになります。そのほとんどは要するに「見間違い」ということで,原因としては1,紛らわしい異物の混入,2,弱い抗酸性を有する抗酸菌以外の細菌の存在,3,検査技師さんの単純な見間違いなどがあります。また見間違い以外の偽陽性の原因としては,4,検体の取り違え,5,検査試薬の抗酸菌による汚染などが挙げられます。頻度としては1,が一番多いのではないかと思われます。筆者も一時自分自身で塗抹検査をやっていた時期がありましたが,かなり熟練しないと本当に抗酸菌なのかただのゴミなのかを見分けるのはなかなか難しいと感じました。また最後の“5,検査試薬の抗酸菌による汚染”の場合には,突然塗抹陽性検体が頻出するようになることから発覚する場合もあります。
 顕微鏡で見えたものが本当に抗酸菌であったかどうかは培養検査で確認するしかありませんが,抗酸菌の培養自体は非常に微妙なものですので,培養のやり方次第では運が悪いと本当に抗酸菌が見えていたのに培養検査で証明できなかったということもあり得ます。従って塗抹検査の「偽陽性」があくまでも「偽陽性の疑い」に留まることもあります。
 また抗酸菌は基本的に環境中の雑菌で,例えば水道管の中などにも一種の抗酸菌が存在しています。こうした病原性の無い雑菌性の抗酸菌が顕微鏡で見えても「塗抹陽性」として結果が返ってきますが,培養検査を経由した同定検査と言われる検査を施行しない限り結核菌かどうかは不明です。なぜなら前述したように塗抹検査は抗酸菌を検出する検査であって結核菌だけを特異的に検出する検査ではないからです。「塗抹陽性と言われたのに,結核菌ではなかった」という事態の場合に「検査の間違いだ」と勘違いされる方がいますが,こうしたものは塗抹検査の偽陽性というわけではなく,単に早とちりしていたというに過ぎません。

3.培養検査の偽陽性
 培養検査も塗抹検査と同じく結核菌の検査ではなく抗酸菌の検査ですから,同じように「培養陽性と言われたのに,結核菌ではなかった」という事態の場合に「検査の間違いだ」と思い込むのは早とちりに過ぎません。培養検査の偽陽性の原因としては,1,検体の取り違え,2,検査技師さんが実は肺結核で検体内に自ら咳などによって結核菌を撒いてしまう,3,試薬の抗酸菌による汚染,4,抗酸菌陽性の検体からの他検体へのクロスコンタミネーション,が考えられます。2,や3,の場合には,塗抹検査の場合と同じく培養陽性検体が多発することによって発見されることもあり得ます。 4,のクロスコンタミネーションは結構高い頻度で起こっている可能性が指摘されています。結核菌に話を限定すれば,海外の報告では菌陽性の全結核患者のうち約1%がこのクロスコンタミネーションによるものではないかという推測もあるようです。結核菌での培養検査のクロスコンタミネーションは,本当に結核菌を含んでいる検体から結核菌が何らかのルートで,細菌検査室内で他の検体に混入するといった事態を指しています。検体から検体へと結核菌が混入するルートについては不明な点が多いようですが,試薬瓶の注入口を介したルートや,結核菌を大量に含んだ検体の処理時に結核菌が空気中にエアーゾールとなって飛び散り,それが他の検体に落下するといったルートも考えられます。
 近年この結核菌での培養検査のクロスコンタミネーションを証明するのに使用される技術が広く用いられるようになったため,最近ではクロスコンタミネーションの報告が多く見られます。クロスコンタミネーションを証明するのに応用される技術はRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)と呼ばれる細菌のDNAパターンを調べる方法です。検体から検体へと結核菌が混入する場合には,その両者の検体から培養される結核菌は遺伝子的に同一であると考えられます。多くの場合,塗抹検査で陽性となるような大量の結核菌を含む検体から,この検体の検査の後に検査された検体へとクロスコンタミネーションが起こるのが普通のようです。またクロスコンタミネーションが起こる場合,大量に結核菌を含む一つの検体から複数の検体へと結核菌が混入することが多いようです。
 ある培養検査陽性の結果がクロスコンタミネーションによる偽陽性ではないかと疑われた場合には,まずその検体を検査する以前に処理された,大量に結核菌を含む検体が無かったかどうかを調べます。そうした検体が見つかれば,今度はその検体の処理後に結核菌培養陽性の検体が多発していないかどうかを調べます。これらの検体から培養された結核菌に対してRFLP検査を行い,DNAパターンが一致していたらクロスコンタミネーションの可能性があります。それぞれの検体を提出した患者をCTなどで詳しく調べて臨床的に活動性の結核である可能性を否定し,また患者相互間で個人的なつながりがないことを確認すれば,クロスコンタミネーションと判断できます。自経例を一つ挙げておきましょう(写真)。
 結核の診断が菌検査中心になってきた現在においては,培養検査で抗酸菌が見つかり同定検査で結核菌と確認されると,そのまま結核の確定診断ということになってしまうことが多いと思います。しかしそうした場合でも臨床的に結核の診断に疑問のある場合には,培養検査の結果を盲信せずクロスコンタミネーションなどの偽陽性の可能性を考えて検査を追加し,総合的に判断していく必要があります。

 文献
 病院検査室における結核菌培養のクロスコンタミネーション,
 伊藤邦彦 高橋光良他:結核.Vol.74,No.11:777-788,1999

 ある同じ日に検査された患者AからEの喀痰検体から結核菌が検出された。受付番号はこの日にその検体を検査した順番を示す。患者Aを除くと,結核菌の検出が臨床像と一致しないことからRFLPによる調査が開始された。患者AからEの検体から検出された結核菌遺伝子のRFLP分析のパターンを写真に示す。いずれも帯状のマーク(バンド)の出現位置が一致しており,同一の菌であると判断できる。患者Aから他の患者へのクロスコンタミネーションが起こったケースである。
注)患者BCEと患者Dの調査実施日は異なる  

患者A/59歳/M:受付番号1
前医より喀痰ガフキー7号の肺結核にて命令入所。入所時の3連痰で塗抹3+(集菌法),3週で4+の培養結果
患者B/47歳/F:受付番号3
菌陰性の肺結核にて治療開始後5カ月目の定期検痰で4週17コロニー陽性。レントゲン上悪化や治療失敗のサインはない。
患者C/46歳/F:受付番号4
慢性の咳で来院した他院の看護婦。レントゲン及びCTは陰性だったが外来での検痰で8週14コロニー陽性。
患者D/53歳/M:受付番号15
結核患者との接触ありとのことで来院し,レントゲン上不明影あるためCT施行するも正常であった。来院時の検痰で4週1コロニー陽性
患者E/38歳/F:受付番号16
外来慢性の咳で来院,レントゲンは正常であったが外来検痰8週1コロニー陽性

 

 


Updated 01/10/05