バヌアツにおけるDOTSの強化
−バヌアツ移動セミナー活動より−

結核研究所国際協力部
国際研修科総括主任
藤木明子

 
バヌアツ地図 「Y字型に大小の島々が浮かぶ国バヌアツ」とバヌアツのガイドブックには紹介されている。6州から構成される海と自然の美しい国である。人々の気立ても優しい。

はじめに
 2001年3月19日から22日まで結核研究所大菅克知国際研修科長及び筆者がバヌアツ,ポートビラ市において検査技師及びTBコーディネーターを対象に移動セミナーを実施した。本稿ではDOTS戦略の要の一つである喀痰塗抹検査強化トレーニングを中心に筆を進めてみたい。

 南太平洋に浮かぶバヌアツ(旧ニューヘブリデス)はオリジナルのバンジージャンプの地として知られ,火山と珊瑚礁,大小約80あまりの島々で構成されている。また,イギリスとフランスの共同統治から1980年に独立した若い国でもあり,近隣諸国には,ニューカレドニア,ソロモン,フィジーがある。人口約18万人,そのうち3分の2がエファテ島,サント島,マレクラ島,タンナ島の主4島に住んでおり,人口の93%がメラネシアンである。ここ数年の人口増加率は3%,15歳以下の占める人口割合は45%と言われており,人口構成においても若い国と言えるだろう。国の行政区分はトルバ州(人口7,000人,面積882km),サンマ州(人口33,000人,面積4,248km),ぺナマ州(人口25,000人,面積1,198km),マランパ州(人口32,000人,面積2,779km),シェファ州(人口49,000人,面積1,455km),タフェア州(人口27,000人,面積1,627km)の6州より成り,首都はシェファ州・エファテ島にあるポートビラである。

* バンジージャンプ
正式にはNaghol(Land Diving)と言う。25m位の高いやぐらの上から足首をツルで縛った少年が地上目掛けて頭から飛び降り肩で大地に触れる,という成人式である。また,往きの機内で見たビデオによると,ある男性と婚約した女性が彼を嫌って逃げ出した。その男性に追い込まれた女性は木に登り逃げ切ろうとしたが,木の枝先に道を塞がれ逃げ場を失った。そこで彼女はツルに足首を縛って飛び降り逃げ切ることができたが,そのまま後を追ったその男性は,死へ飛び込んでしまった。この男性を偲んでこのナゴール(ランドダイビング)を行うらしい。

バヌアツ結核事情と移動セミナー実施の背景
 結核はバヌアツにおいて重要な保健問題であり(全結核罹患率10万対98.1,98年),バヌアツは結核対策が非常に遅れている国の一つである。DOTS戦略による結核対策が導入されたのは2年前の99年3月のことで,まだ日が浅い。DOTS導入以前の結核診断はレントゲンによる診断が中心であった。しかし,そのレントゲン所見の質は,治療中患者の診断時レントゲン写真を再読した結果,16例中13例はレントゲン写真正常で結核患者ではなかったとWHOレポートに述べられているほど信頼性に欠けるもので,結核患者のほとんどは塗抹陰性患者であった。さらにそのレポートは続けて,治療は2カ月入院で行われるが標準化された治療は無く,結核服薬の直接監視も行われておらず,2カ月後のフォローアップ時の喀痰検査は行われていない。記録・報告法も標準化されていないため疫学的データを登録台帳から引き出すのは非常に困難を極めたとある。98年10月にDOTS戦略導入のための現状分析調査が行われ,翌年3月に本格的にDOTSが2カ所のモデル地域(全人口の50%をカバー),シェファ州・エファテ島のビラ中央病院(VCH)及びサンマ州・サント島の北部病院(NDH)に導入されて以来,ほぼ半年に1度の割でWHO結核アドバイザーによる様々なレポートがWHO/WPRO(WHO西太平洋地域事務局)に提出されている。これらバヌアツ結核レポートをひもとくと,DOTS導入・実施1年後の成績は良好で,治療2カ月後の陰性率92%,治癒率82%に達した。しかし一方では,結核患者の中で塗抹陽性の占める割合はわずか29%に過ぎず,さらに3回喀痰採取による診断も60〜65%しか実施されていない。また,検査材料の喀痰の質も適切でないことが述べられている。このように数ある結核レポートに共通して見られることは,結核菌検査の脆弱さ,塗抹検査の精度管理の確立,検査技師への塗抹検査強化トレーニングの実施の必要性等が繰り返し指摘されていることである。

 このような状況の中で,WHOアドバイザーから,かつて結核研究所がソロモン諸島国の結核対策を支援したように,バヌアツに対しても行って欲しい,特に塗抹検査技術の改善は急務で,早急に行って欲しい旨の要望が出された。これを受けて結核研究所では移動セミナーを開催することになった。

 国際協力フィールドワーカーの常として,必ず現場に足を踏み入れ現状を自らの目で確かめるところから活動は始まる。私たちもその例に漏れず移動セミナーを始めるに当たり,バヌアツ入りしてから関係者への表敬訪問後の翌日には,DOTSモデル地域の一つであるサント島と今年9月からDOTS導入予定のタンナ島に渡った。サント島NDR病院は国際ロータリークラブによって設立された136床を持つ一般病院で,結核病棟が16床ある。現在15人の結核患者が入院していた。検査室の設備・環境は特記すべき問題点は見られなかったが,検査台帳の記載法が十分理解されておらず,情報記入の不正確さ,不完全さにより検査情報データを抽出することはできなかった。また,提出されている検体の4分の1が唾液様検体であったために検査されていなかった。タンナ島レナケル病院の検査室ではランダムに選択されたスライド標本を評価した。多くの標本は厚く不均等に塗抹され,脱色が不十分なものであった。鏡検一致率は82%,偽陽性,偽陰性はそれぞれ21%,11%であった。このような現状はWHOのレポートを裏付けるものであった。

移動セミナーの実際
 4日間の検査技師対象トレーニング及び2日間のTBコーディネーター対象セミナーが開催された。全国から検査技師5人,TBコーディネーター8人が参加した。セミナーにおける講師・ファシリテーターは私たちに加えWHOアドバイザーのJacquesSebert医師(WHO)が担った。

 全国の結核担当検査技師を一同に集めた喀痰塗抹検査のトレーニングはこれまで行われたことがなく,バヌアツ初のトレーニングとなった。トレーニングは農業訓練センターで行われ,実施時間は午前,午後とも15分の休憩を取り,午前は8時から11時半,午後は1時半から4時までであった。トレーニングでは塗抹標本の作成実習に重点を置き,喀痰塗抹検査の重要性,チ−ル・ネールゼン染色法,塗抹標本の評価法に関する講義,新結核対策(DOTS)に伴い導入された検査台帳の記録の仕方についてのオリエンテーションも行われた。

 トレーニング参加者たちは毎回10枚の塗抹標本を作成し,それらの標本を評価チェックポイントにしたがって参加者間で互いに評価しながら技術向上に励んだ。1回目に作成した塗抹標本群をその後の塗抹標本作成群と比較すると驚くほど顕著な改善が見られている。具体的には,染色4.3倍,塗抹の厚さ58倍,塗抹の均等性6.2倍,塗抹の大きさ1.3倍に技術が向上した。4日間という非常に限られた時間で技術の標準化を目指さなければならない厳しい条件下で成果が現れたのは,現地側の協力,参加者たちの熱心さの賜物と言わねばならない。トレーニングの評価は参加者たちに質問表を配布,記述によって行われ,トレーニング期間が短すぎることとトレーニング施設の悪さを除いては全員から高い評価を得た。コメントに現地共通語であるピジン英語で,このコースは「NanbaWan!」(Numberone!),と書かれてあったのは印象的であった。やはり自分の気持ちを表すには,英語でもなくフランス語でもない現地語がピッタリ来るということなのだろうか。
 TBコーディネーター対象のセミナーはバヌアツで最も古いとされるロッシホテルでほぼ缶詰状態で行われた。初日は大菅科長からフィールド視察レポートがあり,DOTSの概念・塗抹検査の重要性について懇切丁寧な講義があった。その後参加者達はグループに分かれ,それぞれの問題点について活発に討議が交わされた。2日目は各州ごとに活動計画を作成し,それぞれの発表が行われた。この活動計画は中央のTBコーディネーターにも提出され,活動の進行状況が今後モニターされることになった。

新聞記事
週2回発行のバヌアツ唯一の新聞に移動セミナー開催の記事が掲載された。「より良いDOTS戦略実施を目指して検査トレーニング及び活動計画策定のためのワークショップが,結核研究所によって行われた……」

今後の展望
 今回のトレーニング・セミナーはバヌアツにおけるよりよいDOTS戦略の推進,とりわけ毎回WHOレポートに指摘されるいくつかの検査関連の問題点改善に貢献したものと確信する。今後脆弱な検査を強固なものに変えていくには,現場での技術指導を含むスーパービジョンの実施,塗抹標本の評価法のトレーニング,活動計画策定に関するワークショップなどが重要であろう。また,質の高い塗抹検査技術の確保に不可欠な塗抹検査精度管理システムの確立についてもWHOレポートにしばしば指摘されているが,実際の喀痰塗抹検査数が少ないこともあり,スライド標本を通してのExternalQualityControl(外部精度管理)は有効ではないと思われる。むしろ塗抹検査技術の質を向上させ
るためには,継続的にスーパービジョンを行い現場で技術指導を行う方がより効果が期待され,現場の状況に適合していると考えられる。

 2年前にDOTSが導入されたとは言え,まだ現場には混乱が見られそのシステム定着には多少の時間が必要と思われる。時間はかかっても確実に定着させる南太平洋ペースとパワーに大いに期待したい。


Updated 01/10/05