日本の耐性結核菌の頻度について


本文は、結核研究所基礎研究部部長阿部千代治先生の原著論文に基づきまとめたものであり、詳細は下記論文をご参照ください。

Abe C, Hirano K,Wada M,Aoyagi T.Resistance of Mycobacteriumtuberculosis to four first-line anti-tuberculosis drugs in Japan, 1997. Int J Tuberc Lung Dis 2001 Jan;5(1):46-56

一1997年度療研研究「入院時薬剤耐性についての研究」の結果から一
結核予防会結核研究所    和田雅子

  結核は全世界的に増加する傾向にあり、WHOは今後有効な対策が立てられないとますます増加すると予想している。日本でも1997年から罹患率の減少の鈍化が始まり、今もなおその傾向が続いている。結核が制圧できるかどうかは先進国では塗抹陽性結核患者の95%以上の治癒率を達成できるか否かにかかっている。また治癒率を改善するためには現存する抗結核薬の耐性菌の発現を抑え、治療終了させるかが最も重要である。耐性菌の頻度は化学療法の成績のバロメーターでもある。日本では全国的な結核菌薬剤耐性菌のサーベイランスは行われていないが、結核療法研究協議会(全国の結核病床をもつ国立療養所や私立病院が参加している研究団体である)は2〜5年ごとに耐性菌のサーベイランスを行ってきた。この度1997年に行われたサーベイランスの結果が報告されたので、その概要を報告する。

1.研究対象
 1997年6月1日から11月30日までに新たに傘下の病院に入院し治療を受けた患者で、臨床検体から抗酸菌が分離された症例全例について、 分離された抗酸菌と患者調査票が結核研究所に送付された。
2.抗酸菌の鑑別・同定
 分離株はアキュプローブ結核菌群、アキュプローブM.avium complex、および抗MPBモノクロナール抗体を用いる免疫クロマトグラフィーで鑑別した。結核菌群以外の非結核性抗酸菌はDDHマイコバクテリアおよび生化学的方法で同定した。
3.薬剤感受性試験
 日本結核病学会より新しく提案された小川培地を用いる比率法で感受性試験は行われた。試験は主要4抗結核薬イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン (SM)、エタンブトール(EB)について行われた。

4.結果

1)全国から78病院が参加
 2,167株が送られてきたが、54株は汚染されていたり、発育しなかったりした。16株は結核菌と非結核性抗酸菌が混合していた。453株は非結核性抗酸菌、1,644株が結核菌であった。汚染された菌株を除外すると培養された抗酸菌のうち 21.4%が非結核性抗酸菌であったことは注目に値する。結核菌が分離された1,644株中1,374株は初回治療、264株は再治療患者から得られた。6例の治療歴は不明であった。

2)臨床診断と分離された菌種
 各施設で肺結核症と診断された1,586例中1,488例(93.8%)からは結核菌が分離されていたが、 36例(2.3%)からは非結核性抗酸菌が分離された。15例からは結核菌と非結核性抗酸菌の両方が分離された。またMAC症と診断された319例中1例は結核菌が分離された。 肺結核症と肺外結核の合併は98例あり、93例からは結核菌が、1例は結核菌と非結核性抗酸菌が混合していた。粟粒結核または髄膜炎と診断された49例中46例から結核菌が分離されており、3例は汚染・他であった。

3)検査された検体の種類
 結核菌では喀疾が最も多く、1,644検体中1,529 検体(93.O%)を占めていた。次いで、気管支洗浄液が37検体(2.3%)、胃液29検体(1.8%) であった。非結核性抗酸菌も同様の傾向であっ た。その他の検体として、胸水、尿が検査された。

4)各病院で行われた結核菌検査の方法
@塗抹検査
 チールネールゼン法で行われたのは1,100例 (50.8%)、蛍光法は1,049例(48.4%)であった。
A培養法
 小川法が最も多く1,975例(91.1%)を占めていた。次いで、寒天培地または液体培地を用いた方法は91例(4.2%)、 その他の方法が76例(3.5%)であった。15例は不明であった。
B使用された培地
 94%は市販培地を用いていた。次いで検査を外注していたのが4%、自家製培地を用いていたのはわずか2%であった。
C感受性試験の方法
 マイクロタイター法を用いたものが最も多く、930例(42.9%)であり、普通法は893例 (41.2%)であった。ウェルパックは288例 (13.3%)に、その他の方法が13例(0.6%)検査方法不明が43例(2.0%)用いられていた。
D同定法
 ナイアシン試験、PNB培地、アキュプロー ブ法、DDHマイコバクテリア、その他の方法に分け調査した結果、重複して行われたものを含めると、同定法について調査できた2,145例 2,922検査中アキュプローブ法は958例 (32.8%)で最も多く、ナイアシン試験は739例(25.3%)、DDHマイコバクテリアは599例 (20.5%)、PNB培地は195例(6.7%)で行われ、残りの431検体はその他の方法で同定されていた。375例(12.8%)はPCR法、23例はMTD法で行われていた。アキュプローブ法で同定された958例中705例はアキュプローブのみ使用されていたが、残りの253例はその他の方法も使用されていた。ナイアシン試験が行われた739例中260例はナイアシン試験のみで同定され、他の479例は他の同定法も組み合わせて使用していた。またDDHマイコバクテリアは599例に使用されており、280例はDDHマイコバクテリアのみ使用しており、残りの 319例は他の方法も併用されていた。DDHマイコバクテリアが使用された菌の内訳をみると結核菌365例、非結核性抗酸菌213例、結核菌と非結核性抗酸菌が混合していたものが2例で、残りの19例は汚染・他であった。
E臨床診断と分離同定された菌が不一致の症例
 臨床診断が結核症中、結核研究所で行われた同定試験で非結核性抗酸菌とされた36例の同定検査についてみるとアキュプローブのみが13例、ナイアシンテストのみが10例、ナイアシンテストとDDHマイコバクテリアが3例、 DDHマイコバクテリアのみが3例、ナイアシンテストとPNB培地、アキュプローブとDDHマイコバクテリアが各2例、ナイアシンテストとPCR、PCR、PNB培地のみが各1例ずつであった。

5)塗抹検査の成績
 塗抹陽性検体は2,167例中1,683例(77.7%) であった。塗抹陽性検体中結核菌は1,311例(77.9%)、非結核性抗酸菌は317例(19%)、 結核菌と非結核性抗酸菌が混合した例が11例、 汚染・他は44例であった。菌群別にみると、結核菌では1,644例中1,311例(79.7%)が塗抹陽性、非結核性抗酸菌では453例中317例 (70.O%)が塗抹陽性であった。

6)初回治療肺結核症(表1)
 1,374例が初回治療肺結核症であった。男女比は2.5:1、平均年齢は全例で57.7歳、男性58.0歳、女性56.8歳であった。胸部X線学会病型ではT型とU3は181例(13.2%)、U2とU1は669例(48.7%)、V型は476例 (34.6%)、36例(2.6%)はその他の病型で、12例の病型は不明であった。初回治療例の4剤のいずれか1剤に対する耐性頻度は10.3%であった。SM耐性(7.5%)が最も高 く、次いでINH耐性(4.4%)、RFP耐性(1.4%)であった。EB耐性は1%以下であった。初回治療例1,374例中耐性のあった141例中103例(73.0%)は1剤のみ耐性,29例は(20.6%)は2剤耐性、わずかであるが、5例は3剤耐性、3例は4剤耐性であった。また少なくともINHとRFPに耐性例は12例(0.8%)であった。

表1 耐性菌の頻度

表2 年令階級別耐性菌の頻度

表1 耐性菌の頻度
表2 年令階級別耐性菌の頻度

7)年齢階層別耐性の頻度(表2)
 初回治療1,374例中141例がいずれか1剤に耐性であった。これを年齢階層別にみると20歳未満が最も高く15.0%で、次いで40歳代が14.1%であった。60歳代、70歳代、80歳以上ではそれぞれ11.1、8.4、7.7%であり、 年齢階層別に耐性菌の頻度に差はみられなかった。INHに対する頻度は40歳代が最も高く7.6%にみられ、次いで60歳代が5.3%であった。同様に年齢階層別に差はみられなかっ た。再治療例では264例中112例(42.4%)がいずれかの1剤に耐性であった。年齢階層別にみると60歳代が最も高く52.7%、次いで30歳代が50.0%であった。再治療例での耐性頻度も年齢階層別に差はみられなかった。このことは従来、高齢者の発病は内因性再燃によって起こると考えられてきたが、 再感染発病も起こっていることを示していると考えられる。

8)再治療肺結核症(表1)
 再治療肺結核症は264例で結核症の16.1% を占めており、1997年の新登録喀疾塗抹陽性結核患者中再治療結核患者の割合11%と比較すると再治療例の割合が多く、これは傘下施設の多くが結核専門病院であるためと思われる。男女比は3.3:1で、初回治療より男性が多く占めていた。 全例の平均年齢は60.4歳、男性平均年齢は60.2歳、女性の平均年齢は60.9歳であった。再治療例のいずれか1剤に対する耐性頻度は42.4%、INH耐性(33.0%)が最も多く、次いでSM耐性(24.2%)、RFP耐性(21.6%)、EB耐性(15.2%)であった。またいずれか1剤耐性112例中1剤のみ耐性は40例(35.7%)にすぎず、 2剤・3剤耐性がそれぞれ27例・26例、4剤耐性は19例であった。つまり再治療例ではいずれか耐性例中の72例(64.3%)は複数の薬剤に耐性を獲得していた。
@前回治療の規則性といずれかの1剤への耐性獲得
 再治療結核264例中いずれかの1剤に耐性があった例は112例であった。そのうち前回の治療の規則性が分かった例は112例であった。前回の治療が不規則であった、または中断した87例中いずれかの1剤に耐性だったのは46例(52.9%)であり、 規則性であった例(51/134 38.1%)に比較すると、いずれかの1剤への耐性の頻度は統計学的に有意に高かった(P <0.05)。
A前回治療の規則性と多剤耐性菌の頻度
 再治療264例中前回の治療の規則性が分かっ た例は221例であった。MDRは52例であっ た。そのうち前回の治療の規則性が分かったのは47例であり、前回の治療が不規則または中断した87例中MDRは23例(26.4%)と規則的だった134例中23例(17.2%)に比較すると高い傾向がみられたが、 統計学的に有意差はみられなかった(P=0.136)。
おわりに
 今回の調査で前回と異なる点は、第1に療研傘下施設以外にも協力依頼した結果、前回1992年度の調査よりも症例数も多かった、第2に薬剤感受性試験の基準薬剤濃度を日本結核病学会薬剤感受性検討委員会の勧告した濃度で行った、 第3に薬剤感受性試験を今までの絶対濃度法から比率法に変更したことである。耐性菌サーベイランスの結果、INH(0.2μg/ml)初回耐性頻度が4.4%と、WHOやCDCはその耐性頻度が4%を超える国においてあらゆる初回治療はピラジナミドを加えた4剤併用で開始すべきであると勧告している頻度であった。 またいずれか1剤に対する耐性の頻度は10.3%で、初回MDRの頻度は0.9%であっ た。獲得耐性の頻度はいずれか1剤に耐性である頻度は42.4%と非常に高く、MDRの頻度も19.7%と高かった。また1992年度の成績では若年齢層の耐性の頻度が高年齢層に比較して高かったが、今回の調査では年齢による差はみられなくなってきた。 このことは、高齢になるに伴い免疫低下が起こり、外来性の再感染を受けていることを示していると考えられ、高齢者に対する結核感染予防を結核対策に導入しなければならないと思われた。今回の結果から、ピラジナミドを加えた4剤併用療法のさらなる普及と治療中断や脱落を抑制する方法を早急に取り入れることが急務である。 また今回は療研傘下の施設が主な参加施設であるという制約があるが、これらの施設に入院し治療開始した抗酸菌培養陽性例中21%にも及ぶ症例から非結核性抗酸菌が分離されていたことが分かった。1998年度の結核の統計から、新登録3万3,981例中非結核性抗酸菌と診断されたのはわずか8.8%(2,983例)でしかない。 結核と登録された中で非結核性抗酸菌症がどのくらい含まれているか明らかにしていく必要があると思われた。同定法ではアキュプローブ法が最も多く使われており44%を占めていた。次いで多いのはナイアシン試験であり、34%に行われていた。今回DDHマイコバクテリアが使用されていた例が599例 (27.6%)と多く、そのうち61%は結核菌であった。DDHマイコバクテリアが他の方法と同時に行われていることがうかがわれた。全国的なサーベイランスが行われていないので、この結果が全国の耐性菌の頻度を示しているかどうかは不明であるが、感受性試験の結果と臨床的な薬剤に対する反応が異なることを散見される。 薬剤感受性試験の精度管理は難しいと言われているが、臨床医は薬剤感受性試験に基づいて治療方法を決定するのであるから精度の高い試験結果が得られるように日常的に精度管理を行い、また全国的レベルで耐性菌サーベイランスができるような組織づくりが望まれる。



up dated  01/07/13