アジアにおける結核・肺の
健康会議(マニラ)開催される

〜第21回IUATLD ER会議レポート〜

結核研究所副所長  石川 信克

はじめに
 平成13年3月6日から9日までフィリピンのマニラにて,第21回国際結核肺疾患予防連合東部地区会議(21st IUATLD Eastern Region Conference)が,フィリピン結核予防会(PTS)とフィリピン胸部医師会(PCCP)との合同で開催され,多くの成果を収めた。内容は呼吸器全般と多岐に渡っており,かなり盛りだくさんであった。 個人的に興味あるテーマの概観と,筆者の印象を述べる。全体的に,技術的内容としては必ずしも目新しいものは無かったが,アジア地区の結核問題に焦点を当てた点,日本の(専門家の)貢献が大きかった点などが印象的である。

背景と準備
 ER(東部地区)は,IUATLDでは最も広い地域をカバーしており,西はパキスタンからインド亜大陸諸国,東はオーストラリア太平洋諸国まで含む。結核予防会の連合組織でメンバー(会費)制になっており,現在22カ国が参加している。歴史的な経過や民間組織の特徴もあって,香港や台湾もメンバー国として参加している。2年ごとに地域会議を持ち回りで開いているが,最近はバングラデシュ(1995),シンガポール(97),香港(99)で開かれた。筆者は98年以来ERの副会長に指名されていることもあり,昨年春に事務局長のユー氏(香港)らとマニラを訪れER会議の準備会を持った。そこで分かったことは,ERの会計担当で会議の総責任者カミロ・ロア医師が純粋な呼吸器臨床医であり,結核対策関係の情報が少ないこと,フィリピンの医学会がアメリカを向いていることなどもあり,その時点での企画がアメリカから講師を呼んで主な講演を依頼,あとは一般演題にするという程度のものであった。この内容は香港,シンガポールも同様であった。私は「これはアジア地区の会議なので,アジアの人達がアジアの問題や成果を持ち寄って討議すべき」と主張し,シンポジウムに最近の重要なトピックスを提案した。この提案をするからには,その準備や演者を呼ぶ資金援助をある程度せねばなるまいとは覚悟していた。その後,案の定準備は遅々として進まず,結核研究所が遠隔で支援することになった。夏以降,折しもWHOの西太平洋事務局(マニラ)に厚生労働省から赴任された葛西健先生の強力なる支援が得られ,重要なシンポジウム・ワークショップの企画,人選,資金調達などの準備ができた次第であった。

主なシンポジウム・ワークショップのトピックス
薬剤耐性
 サンジェー・キム氏(韓国)の企画で,アジア地区の薬剤耐性の現状と課題が討議された。フィリピン,中国,日本,タイ,ベトナム,マレーシア,台湾から報告があった。多くの国でサーベイランスは確立されていないが,耐性が増加している可能性がある。日本からは阿部千代治氏(結核研究所)が報告された。

痰塗抹検査の精度管理
 この企画は藤木明子氏(結核研究所)により行われた。カンボジア,モンゴル,フィリピン,タイ,マレーシア,イエメンの国家結核対策の結核検査責任者からそれぞれの国の精度管理に関する報告があった。報告者は皆,結核研究所の細菌検査国際研修の卒業生で,最初の3国はJICAプロジェクトの成果もあり,それぞれの国の精度管理を行っている。世界的にきちんと精度管理がなされている国は必ずしも多くない。特別報告としてCDCのリーダーホッフ氏が,最近WHOで企画されている痰検査精度管理のガイドラインの概要を説明され,いくつかの議論がなされた。また遠藤昌一氏(前JICAプロジェクト)が助言された。従来細菌学の専門家を中心にこの議論がされていたが,検査を行っている検査技師を中心にした議論がIUATLDの会議でされたのは,今回が初めてとも言えよう。リーダーホッフ氏は「こんなことやっている人達がいるとは知らなかった」と発言された。現場の仕事をいかに学術論文にしてゆくかが重要な課題である。

都市の結核
 これは下内昭氏(結核研究所),WHOの葛西健氏らの企画・司会で行われた。アジア地域における都市の結核問題は年々増加していると考えられ,都市型DOTSの開発が望まれている。筆者が都市の結核問題に関する概観をし,チッタゴン(バングラデシュ),セブ(フィリピン),大阪市(市保健所の中川氏が報告),ジャカルタ(本会インドネシアプロジェクトのカウンターパート,インドネシア結核予防会のイラワン氏が報告),バンコク(タイ),香港から報告があった。IUATLD のエナソン教授,ニューヨーク市のフジワラ氏がコメントをした。西欧諸国の都市では若年者,外国人,HIV陽性が多いが,アジア諸国では高齢者,本国人の比率が高く,HIV陽性率も低いという対比もされた。

結核の社会文化的側面
 ここでは高鳥毛敏雄氏(大阪大学)が日本の都市結核を中心とした社会的側面を報告された。

東部地区の結核
 これは本会議の特別企画で,WHO本部のクマレサン氏による世界の「ストップTB」の動きの説明がされた。昨年のアムステルダム宣言以降,様々な企画が進められており,パートナーの動きも活発化している。特に米国企業の多額な資金投入による「世界結核薬ファンド」,「世界結核投資計画」などの動き,パートナーの効果的な連携協力の必要性が強調された。WHO西部地域事務局のアン・ドンギル氏により地域の目標として2005年までにDOTS実施率100%,2010年までに有病率・死亡率の半減達成が述べられた。優先国としては,全体の新患者の9割を占める中国,フィリピン,ベトナム,カンボジア,モンゴル,ラオス,パプアニューギニアが挙げられる。最大の課題は抗結核薬の自給的確保をいかに達成するかである。最後に森亨氏(結核研究所)が,アジア地域の結核対策の将来展望を述べられた。特にWHOが最近発表した世界の結核患者の80%を生み出す「結核高負担国」22カ国の11までがアジアにあること,また同じアジアでもWHOの西太平洋地域と南西アジア地域とでは結核対策の現状には大きな差があり,特に後者でのDOTSの拡大は21世紀の大きな挑戦となることを指摘した。
 その他,DOTS拡大の課題,保健制度改革と結核,アジアにおけるHIV/TB,政府−民間連携,結核のアドボカシーなど興味あるシンポジウムがあり,日本からの発表もあったが,誌面の都合で省略させていただく。

中蔓延国会議
 サテライトとして下内氏(研究班)の企画で,日本,台湾,韓国,シンガポール,香港など中蔓延国の疫学情報の交換・検討会が持たれた。アジアの中蔓延国では,韓国を除き罹患率減少の鈍化が見られ,興味ある疫学的研究課題が示されている。

理事会・評議委員会
 ER活性化のための新企画や太平洋諸国の加入奨励など熱心な討議がなされた。2003年はネパール,2005年はパキスタンが主催することになった。




−結核制圧マニラ宣言−
我々は確認する

 結核は未だ世界的な病気で新発生の90%,結核死の95%は低収入国(途上国)で起こっている。結核は毎年700〜800万人を発病させ,子供を含み200万人を死に至らしめている。結核は青・壮年における単一要因による死因としては最大のものである。世界の22の結核高負担国(世界の結核新発生の8割を占める)のうち,10カ国が東部地域に存在している。世界の新登録患者の3分の1が東部地域(22加盟国)で発生している。発病者の大半は15−59歳の生産年齢であり,病気による経済的な損失は大きい。多剤耐性結核は東部地域においても増大の兆しを見せており,対策の脅威になっている。

我々は主張する
 結核は医学的のみならず,社会的経済的課題でもある。また社会的経済的に莫大な損失を与え,特に貧困層,子供,様々な弱者で著しい。結核は都市のスラム地区のように貧弱な環境や貧しい生活条件に起因している。結核対策は様々な保健政策の中で最も対費用効果が高いものの1つと評価され,経済危機にある国でも保健向上に役立つ。DOTSは結核を征圧し,薬剤耐性の出現を予防すると国際的に評価された国家結核対策の方策である。DOTSが効果的であるためには適切な運用が必要である。政府のみでは結核の征圧は成功し得ず,民間との協力が必要である。結核対策の維持には非政府部門,民間非営利組織からの展望や参加が必要である。アドボカシーは政府及び民間が用いるべき結核対策の重要な手段の1つである。

我々は行う
 実践の質向上のために政府−民間のより密な協力を強化する。全国100%の拡大,人的・資金的資源の確保による維持を目指す。地域,国,国際的パートナーシップ,又は社会のすべてのグループ(政府,民間,ボランティア組織及び地域住民)との連携を促進する。非政府組織が結核対策DOTS の適正な実施と維持のために国の制度のもとで政治的アドボカシーや根回しを行う。研究・技術専門家,政府組織,ボランティア団体の間での協力を強化する。

我々はパートナー達に呼びかける
 結核対策は有効であっても,それがより必要な国々には十分な資源があるとは言えず,国際的支援が必要である。この会議に参加した様々な団体の代表者達は(国際)地域的,世界的連携の協約を作り出すために,それぞれの国の政府に働きかける。この協約により,個人,政府,民間組織,企業のすべてが国内外のDOTS 進展を保証する政治的意志の強化と資金の調達に貢献できる。なすべき課題の大きさと必要な莫大な資源の必要を鑑み,国際的開発団体や資金支援組織,様々な財団がさらに支援を拡大することを要請する。


 この内容の根幹は,1年前の「ストップTB アムステルダム宣言(2000年3月)」の再確認である。異なるのは,アムステルダム宣言がWHO主導の大臣会議で,政治的・実践的であり,WHOが外部組織との連携の窓口として始めた「Stop TB」傘下への結集呼びかけと,「世界結核基金」の打ち上げがなされたが,マニラ宣言は民間組織であるIUATLD・ER(東部地域)の範囲内で,予防会活動特にアドボカシーの強化,政府−民間の連携への呼びかけがなされている。


Updated 01/07/09