結核菌検査指針の改訂

島根医科大学名誉教授広島県環境保健協会技術顧問

齋  藤   肇

はじめに
 結核菌検査指針の初版が出てから30年を経た1979年、 その第7版が出版され、本書が結核菌検査法のバイブル(通称“赤本”)として広く用いられてきた。その後、87年工藤・高橋・筆者により、「微生物検査必携 細菌・真菌検査第三版 気道感染症」の中に「結核菌」のタイトルでその改訂版が出されたが、あまり一般の目には留まらなかったようである。
 わが国における従来の結核菌の細菌学的検査法としてはチール・ネールゼン塗抹染色標本の鏡検・小川法による分離培養、 分離菌の培養、生化学的性状による鑑別・同定、小川培地を用いた薬剤感受性試験などが行われ、それには検体採取から少なくとも10〜12週間という長い期間を要した。 米国においては、なかんずくエイズ患者における多剤耐性結核の出現とその広がりに対する危機感から、結核菌の迅速診断法の研究が強力に推し進められ、 新規液体培養システムの開発へと進展した。他方、近年目覚しい発展をみた分子遺伝学は抗酸菌検査の分野にも導入され、核酸の相同性を利用した菌種の鑑別・同定、 核酸増幅法による抗酸菌の迅速検出、IS6110を用いた結核菌の亜分類が実用化されている。また薬剤感受性試験法については、わが国で従来用いられてきた絶対 (固定)濃度法の比率法への変更、薬剤濃度の改変がなされた。また、分子遺伝学的手法を用いた検査法が開発され、RFPを除いてはいまだ基礎的研究段階にあるが、将来が期待される分野である。
 日本結核病学会抗酸菌検査法検討委員会では、上述したような近年飛躍的な進歩をとげた結核菌(抗酸菌)の検査法を踏まえて79年版指針(以下旧指針)の改訂を企画し、「新結核菌検査指針2000」(以下新指針) が阿部千代治、一山智、古賀宏延、筆者の4氏の分担執筆により、本年5月結核予防会から出版された。以下にその主要な改訂点について紹介したい。

◎染色標本検査法
塗抹標本の作り方
 [旧指針]検体を消化・集菌することなく直接塗抹。
 [新指針]NALC―NaOH法による検体の消化・ 集菌材料を塗抹する。ただし、外来患者で検査結果を 急ぐ場合に限って直接塗抹検査をし、後程改めて、消化・集菌検体について再度検査、確認する。
染色及び鏡検
 [旧指針]チール・ネールゼン法、ホールベルグ法、 蛍光法のいずれかを用いる。
 [新指針]観察が簡便、かつ見落しが少ない蛍光法 (200倍)ですべての検体を検査する方法が推奨されている。
成績の判定と記録
 [旧指針]チール・ネールゼン染色標本では500倍拡大で5分間程度観察し、 ガフキー0(菌陰性)から、 検出菌数の多少をガフキー1〜10号に区分して記録する。 蛍光法では200倍拡大による鏡検所見を上記に準じて (蛍光法であることを明記)記録する。
 [新指針]●蛍光染色標本では明瞭な桿菌のみを陽性とし、球菌状のものは陽性としない。●前処理前の検体量当りに換算した検出菌数を、ガフキー号数に代えて1+(ガフキー2 号)、2+(ガフキー5号)、3+(ガフキー9号)で記載する。●ガフキー1号は±(要再検)と記述し、同一検体からの塗抹標本を作り直すか、別の 検体について再検査する。

◎分離培養法
前処理法
 [旧指針]水酸化ナトリウム法。
 [新指針]N―アセチル―L―システイン・水酸化ナトリウム(NALC―NaOH )法。
培地
 [旧指針]1%小川培地あるいは3%小川培地を検体の前処理条件に応じて用いる。
 [新指針]●卵培地 2%小川培地を推奨。●寒天培地 7H10培地・7H11培地を新たに記述。●液体培地 新規液体培養システムとして手法のMGIT (ミジット)、セプティチエックAFB 、MBREDOXが、 また自動測定培養システムとしてMGIT960、MB/BacTが開発され、 いずれも小川培地よりも菌の検出率並びに検出日数において優れており、これらについて新たに記載した。なかでもMGIT手法及びMGIT960は国際的に高く評価され、 すでに日常の臨床検査に採用されている。他方、液体培地は発育コロニー数を測定しえない、このことはまた非結核性抗酸菌症診断基準に不都合を生じること、 結核菌と非結核性抗酸菌の混合発育が分からない、高価であるという欠点がある。卵培地と液体培地の実地上の使用法は各施設の事情によって決定すべきものであるが、 初診時連続3日間の喀痰検査では、予算・労力上可能な施設では3回とも両者、2回を両者+1回卵培地、1回両者+2回卵培地、2回液体培地+1回卵培地といった選択肢があろう。 3回の塗抹検査が陰性の場合、塗抹・培養両検査を行った日とは別の日に気管支鏡検査をすることができる。また初診時1回の核酸増幅法を行いうる。 また、患者の経過観察あるいは退院時期決定は塗抹検査と2%小川培地単独の培養検査とするという考え方がある。

◎分離抗酸菌の同定
 [旧指針]培養・生化学的性状並びに実験動物に対する病原性を同定の鍵としている。
 [新指針]核酸の相同性を利用したDNAプローブ(アキュプローブ)法、あるいはマイクロプレートハイブリダイゼーション(DDHマイコバクテリア)法による同定を第一選択とし、 必要に応じて培養・生化学的性状検査(キット市販)を行って同定をより確かなものとする。アキュプローブテストはわが国における肺抗酸菌感染症の原因菌の90%以上を占める結核菌、 トリ型菌群、カンサス菌の同定が2時間内に可能であるのに対して、DDHテストでは抗酸菌種の同定ができるが、それには数時間を要し、かつ手技が煩雑である。 従って、まずアキュプローブ結核菌群及びトリ型菌群キットを用いて順次同定を行い、同定不能の場合にはDDHテストと培養・生化学的性状テストを行うのが能率的であろう。 集落の十分な観察の重要性は言うまでもない。

◎核酸増幅法
 培養に1〜2カ月を要する結核菌を検体採取日内にも検出可能な遺伝子診断(DNA診断)で、新指針に新たに記述された。
検査キット
 わが国で市販され、保険診療下で使用可能なキットには以下のようなものがあるが、有用性については大 差はない。●DNA増幅キット PCRを応用したアンプリコアマイコバクテリウムとその自動化システムのコバスアンプリコア(結核菌・トリ型菌、イントラセルラーレ菌の検出可能)と、 LCRを応用したLCXM・ツベルクローシス・ダイナジーン(結核菌に特異的)の2種類がある。●RNA増幅キット MTD 。
臨床的位置づけ
 米国FDAは核酸増幅法の検査対象を塗抹陽性呼吸器由来検体に限定していたが(95年〜)、 99年10月には用いる検体量を増やした改良型MTDの開発により塗抹陰性患者からの結核菌検出、もしくは結核症を否定するための検査にも拡大することを承認しているが、 結果の解釈には常に臨床所見と対比して判断するよう勧告している。また日本結核病学会予防・治療合同委員会(95年)からは核酸増幅法について次の様な内容の勧告文を出している。 すなわち、本法は必ず塗抹・培養検査と並行して行うこと、従来法が陰性で本法が陽性の場合には臨床所見や画像所見を総合して判断すること、原則として治療経過判定には用いないこと、 気管支鏡などの汚染されやすい器具を使って採取された検体が本法陽性の場合は解釈を慎重に行うこと、検査精度の確保に努めること、と述べている。 具体的には核酸増幅法の適応症例としては、エイズ患者に発症した抗酸菌症の様に迅速診断の必要な症例、塗抹陰性であるが結核が強く疑われる症例、 塗抹陽性でも結核菌と非結核性抗酸菌の鑑別が急がれる症例、治療経過に問題があり再発・増悪・耐性化が疑われる症例などが挙げられよう。

◎薬剤感受性試験
 日本結核病学会薬剤耐性検査検討委員会(委員長筆者)は現行の1%小川培地を用いる普通法 (試験管法)による薬剤感受性(旧“耐性”)試験について、試験濃度の改変と比率法導入の提案を行い、これに則った試験用培地もすでに市販されている。 しかし、小川培地を用いる比率法は結核菌並びにカンサス菌の薬剤感受性試験法であって、トリ型菌群をはじめとする非結核性抗酸菌の試験法ではない。
薬剤感受性試験普通法
●抗結核薬の種類と試験濃度
 [旧指針] 12薬剤につき低濃度と高濃度の2〜3濃度が試験に用いられていた。
 [新指針] 10薬剤中INHのみは2濃度、その他の薬剤は1濃度とし、表に示すような濃度を用いることとした。
●検査手技
□直接法 塗抹陽性検体についての検査法
 [ 旧指針]1%水酸化ナトリウム処理検体の0.1mlを薬剤含有培地へ、 またその1%水酸化ナトリウムによる100倍希釈液の0.1mlを接種生菌単位測定用に対照培地へ接種する。
 [新指針]NALC―NaOH処理検体を接種菌液としてその0.1mlを薬剤含有培地と1本の対照培地へ、 さらにその冷蒸留水による100倍希釈液の0.1mlをもう1本の対照培地へ接種する。
□間接法 卵培地または液体培地の初代培養菌についての検査法
 [旧指針]1r/ml菌液の冷滅菌精製水による100倍希釈液の0.1mlを薬剤含有培地へ、 さらにその100倍希釈液の0.1を接種生菌単位測定用に対照培地へ接種する。
 [新指針]1r/ml菌液の冷蒸留水による100倍希釈液の0.1mlを薬剤含有培地と1本の対照培地へ、 さらにその100倍希釈液の0.1mlをもう1本の対照培地へ接種する。
●判定
 [旧指針] 絶対(固定)濃度法が用いられており、薬剤の各濃度ごとの発育の程度を対照培地のそれと比較して、「完全耐性」、「不完全耐性」、「耐性菌の発育なし」と判定する。
 [新指針] 比率法が用いられており、直接法の場合は薬剤含有培地上のコロニー数が100倍希釈菌液、間接法の場合は10,000倍希釈菌液を接種した対照培地上のコロニー数よりも多ければ耐性菌の割合が1%以上、 10倍以上であれば10%以上と判定し、この両者を記載する(表参照)。耐性菌の割合が1%以上になれば治療経過中に間もなく大多数の菌が耐性菌で占められるようになるとの考えから、耐性菌の割合が1%未満を感受性(S)、1%以上を耐性(R)と判定する。 多剤耐性の場合は10%の成績を参考にする。

その他の試験法
 新しい試験法に基づいた簡便法の開発、最近米国のNCCLSが推奨している寒天培地及び液体培地による薬剤感受性試験法の導入、遺伝子を用いた耐性菌の迅速検出法の開発の実現が期待される。

むすび
 今回出版された結核菌検査指針は、79年版の書に比べると隔世の感がある。将来改訂の機会があれば結核菌検査に携わる関係者の意見をも汲み入れ、より現場に即した内容の書となることを期待している。本書がわが国の結核菌検査のレベルの向上に多少でも役立てば本書の執筆にかかわった一人として望外の幸いである。

表 薬剤感受性試験成績

抗結核薬

試験濃度   (μg/ml)
対照培地(10 -4)のコロニー数

1%

10%

INH

0.2

SまたはR

SまたはR

INH

1.0

SまたはR

SまたはR

RFP

40

SまたはR

SまたはR

PZA
ピラジナミダーゼ試験

SまたはR

SM

10

SまたはR

SまたはR

EB

2.5

SまたはR

SまたはR

KM

20

SまたはR

SまたはR

EVM

20

SまたはR

SまたはR

TH

20

SまたはR

SまたはR

CS

30

SまたはR

SまたはR

PAS

0.5

SまたはR

SまたはR

LVFX

1.0

SまたはR

SまたはR
注:間接法では10,000倍希釈菌液(直接法では100倍希釈)接種対照培地のコロニー数と比較して、薬剤含有培地のコロニー 数が多ければ耐性菌の割合が1%以上であり、1%の欄にRと記録する。また対照培地のコロニー数の10倍以上であれば、10%の欄にR と記録する。1%あるいは10%未満であればそれぞれの欄にSと記録する。治療には1%の成績を用いる。10%の成績は多剤耐性例の場合のみ参考にする。

PZAに対する感受性はピラジナミターゼ試験で行う。試験陽性例はS 、陰性例はRと記録する。
LVFXは抗結核薬には指定されていないが、多剤耐性結核例に使われているからここに掲げた。

(新結核菌検査指針2000 、p.102 より引用)


Updated 06/06/15