INH初回耐性頻度4.4%!

―1997年度結核療法研究協議会による結核菌耐性サーベイランスの結果から―


結核研究所疫学研究部長 和田雅子

はじめに

 結核は全世界的に増加する傾向にあり、WHOは今後有効な対策が立てられないと一層深刻さを増すと予想している。日本でも1980年頃から罹患率の減少の鈍化が始まり、97年には逆転増加に転じ、今もなおその傾向が続いている。

 WHOは結核対策の目標として、塗抹陽性結核患者の治癒率を、先進国では95%以上、途上国では85%以上としている。高い治癒率を得るためには現存の抗結核薬に対する耐性菌の発現を抑え、いかに患者を治療終了に導くかが最も重要である。

 耐性菌の頻度は化学療法の成績のバロメーターでもある。日本では全国的な結核菌薬剤耐性のサーベイランスは行われていないが、全国の結核病床を持つ国立療養所や私立病院が参加している研究団体である結核療法研究協議会は2〜5年ごとに耐性菌のサーベイランスを行ってきた。この度97年に行われたサーベイランスの結果が報告されたので、その概要を報告する。

研究対象

  97年6月1日から11月30日までに傘下の病院に新たに入院し治療を受けた患者で、臨床検体から抗酸菌が分離された全症例について、分離された抗酸菌と患者調査票を結核研究所に送付してもらった。

抗酸菌の鑑別・同定

 分離株はアキュプローブ結核菌群、アキュプローブ M.avium complex、及び抗MPBモノクロナール抗体を用いる免疫クロマトグラフィーで鑑別した。結核菌群以外の非結核性抗酸菌はDDHマイコバクテリア及び生化学的方法で同定した。

薬剤感受性試験

 感受性試験は日本結核病学会より新しく提案された小川培地を用いる比率法で、イソニアジド、リファンピシン、ストレプトマイシン、エタンブトールの主要4抗結核薬について行われた。

結果

(1)菌株の概要

 全国から78施設が参加し、2167株が送られてきたが、54株は汚染されていたり、発育しなかったりした。16例は結核菌と非結核性抗酸菌が混合していた。453例は非結核性抗酸菌、1644株が結核菌であった。汚染された菌株を除外すると、培養された抗酸菌のうち21.6%が非結核性抗酸菌であったことは注目に値する。

 結核菌が分離された1644株中1374株は初回治療、264株は再治療患者から得られた。6例は治療歴は不明であった。

(2)臨床診断と分離された菌種

 各施設で肺結核症と診断された1586例中1488例(93.8%)からは結核菌が分離されていたが、36例(2.3%)は非結核性抗酸菌が分離された。15例からは結核菌と非結核性抗酸菌の両方が分離された。またMAC症と診断された319例中1例は結核菌が分離された。肺結核症と肺外結核の合併は98例あり、93例からは結核菌が分離され、1例は結核菌と非結核性抗酸菌が混合していた。粟粒結核または髄膜炎と診断された49例中46例から結核菌が分離されており、3例は汚染・他であった。

(3)検査された検体の種類

 結核菌では喀痰が最も多く、1644例中1529(93.0%)を占めていた。次いで、気管支洗浄液が37(2.3%)、胃液29(1.8%)であった。非結核性抗酸菌も同様の傾向であった。その他の検体として、胸水、尿が検査された。

(4)各病院で行われた結核菌検査の方法

@塗抹検査 チールネールゼンで行われたのは1100例(50.8%)、蛍光法は1049(48.4%)であった。

A培養法 小川法が最も多く1975例(91.1%)を占めていた。寒天培地または液体培地を用いた方法は91例(4.2%)、その他の方法が76例(3.5%)であった。15例は不明であった。

B使用された培地 94%は市販培地を用いていた。また、検査を外注していたのが4%、自家製培地を用いていたのはわずか2%であった。

C感受性試験の方法 マイクロタイター法を用いたものが最も多く930例(42.9%)であり、普通法は893例(41.2%)であった。ウェルパックは288例(13.3%)に用いられていた。

D同定法 ナイアシンテスト、PNB培地、アキュプローブ法、DDHマイコバクテリア、その他の方法に分けて調査した結果、重複して行われたものを含めると、同定法について調査できた2145例中アキュプローブ法は958例(44.7%)で最も多く、ナイアシンテストは739例(34.5%)、DDHマイコバクテリアは599例(27.9%)、PNB培地は195例(9.1%)で行われ、375例(17.5%)はPCR法、23例(1.1%)はMTD法で行われていた。アキュプローブ法で同定された958例中705例はアキュプローブのみが使用されていたが、残りの253例はその他の方法も使用されていた。ナイアシンテストが行われた739例中260例はナイアシンテストのみで同定され、他の479例は他の同定法も組み合わせて使用していた。またDDHマイコバクテリアは599例に使用されており、280例はDDHマイコバクテリアのみ使用、残りの319例は他の方法も併用されていた。DDHマイコバクテリアが使用された菌の内訳をみると結核菌365例、非結核性抗酸菌213例、結核菌と非結核性抗酸菌が混合していたものが2例で、残りの19例は汚染・他であった。

E臨床診断と分離同定された菌が不一致の症例 臨床診断が結核症であったが、結核研究所で行われた同定試験で非結核性抗酸菌とされた36例の同定検査についてみると、アキュプローブのみが13例、ナイアシンテストのみが10例、ナイアシンテスト十DDHマイコバクテリアが3例、DDHマイコバクテリアのみが3例、ナイアシンテスト十PNB培地、アキュプローブ十DDHマイコバクテリアが各2例、ナイアシンテスト十PCR,PCRのみ、PNB培地のみが各1例ずつであった。

(5)塗抹検査の成績

 塗抹陽性検体は2167例中1683例(77.7%)であった。そのうち結核菌は1311例(77.9%)、非結核性抗酸菌は317例(18.8%)、結核菌と非結核性抗酸菌が混合した例が11例、汚染・他は44例であった。菌群別にみると結核菌では1644例中1311例(79.7%)が塗抹陽性、非結核性抗酸菌では453例中317例(70.0%)が塗抹陽性であった。

(6)初回治療肺結核症 1374例が初回治療肺結核症であった。男女比は2.5対1で平均年齢は全例で57.7歳、男性58.0歳、女性56.8歳であった。胸部X線学会病型ではT型とU3は181例(13.3%)、U2とU1は669例(49.1%)、V型は476例(34.9%)、36例(2.6%)はその他の病型で、12例の病型は不明であった。

  初回治療例中4剤のいずれか1剤に耐性があったのは140例、頻度は10.2%であった。SM耐性(7.5%)が最も高く、次いでINH耐性(4.4%)、RFP耐性(1.4%)であった。EB耐性は1%以下であった。耐性のあった140例中103例(73.6%)は1剤耐性、29例(20.7%)は2剤耐性、わずかであるが、5例は3剤耐性、3例は4剤耐性であった。また少なくともINHとRFP両剤に耐性のある例(多剤耐性菌)は11例(0.8%)であった。

(7)再治療肺結核症

 再治療肺結核症は264例で結核症の16.1%を占めており、97年の新登録喀痰塗抹陽性結核患者中再治療結核患者の割合11%と比較するとやや高く、これは傘下の施設の多くが結核専門病院であるためと思われる。男女比は3.3対1で初回治療より男性が多く占めていた。平均年齢は全例で60.4歳、男性60.2歳、女性60.9歳であった。再治療例中いずれか1剤に耐性があったのは112例、耐性頻度は42.4%で、INH耐性(33.0%)が最も多く、次いでSM耐性(24.2%)、RFP耐性(21.6%)、EB耐性(15.2%)であった。また1剤のみ耐性は40例(35.7%)にすぎず、2剤、3剤耐性がそれぞれ27例、4剤耐性は18例であった。つまり再治療例では耐性例の64.3%は複数の薬剤に耐性を獲得していた。

@前回治療の規則性といずれか1剤への耐性獲得 再治療264例中前回の治療状況が分かった例は221例で、うち規則的であった例が134例、不規則または中断が87例であった。

  前回の治療が不規則または中断した87例中、いずれか1剤に耐性だったのは46例(52.9%)であり、規則的であった例(134中51例、38.1%)に比較すると、統計学的に有意に高かった(P=0.05)。

A前回治療の規則性と多剤耐性菌の頻度 多剤耐性菌は52例で、そのうち前回の治療状況が分かったのは46例であった。前回の治療が不規則または中断した87例中多剤耐性菌は23例(26.4%)で、規則的だった134例中23例(17.2%)に比較すると高い傾向がみられたが、統計学的に有意差はみられなかった(P=0.136)。

終わりに

 今回の調査で前回と異なる点は、第一に療研傘下施設以外にも協力を依頼した結果、前回92年度の調査よりも症例数が多かったこと、第二に薬剤感受性試験の基準薬剤濃度を結核病学会薬剤感受性検討委員会の勧告した濃度で行ったこと、第三に薬剤感受性試験を今までの絶対濃度法から比率法に変更したことである。

 耐性菌サーベイランスの結果、INH(0.2μg/ml)初回耐性頻度が4.4%であった。WHOやCDCはその耐性頻度が4%を超す地域においては、あらゆる初回治療はピラジナミドを加えた4剤併用で開始すべきであると勧告している。またいずれか1剤に対する耐性菌の頻度は10.2%で、初回多剤耐性菌の頻度は0.8%であった。一方、再治療例の獲得耐性の頻度は、いずれか1剤に耐性が42.4%と非常に高く、多剤耐性菌の頻度も19.7%と高かった。今回の結果から、ピラジナミドを加えた4剤併用療法のさらなる普及と治療中断や脱落を抑制する方法を早急に取り入れることが必要であると言えよう。

 また今回は療研傘下の施設が主であったという制約があるが、これらの施設に入院し治療開始した抗酸菌培養陽性例中21%にも及ぶ症例から非結核性抗酸菌が分離されていたことが分かった。98年の結核の統計から、抗酸菌陽性新登録2万1558例中非結核性抗酸菌と診断されたのはわずか13.8%(2983例)でしかない。結核と登録された中で非結核性抗酸菌症がどのくらい含まれているか明らかにしていく必要があると思われた。

 同定法ではアキュプローブ法が最も多く使われており44%を占めていた。次いで多いのはナイアシンテストであり、34%に行われていた。今回DDHマイコバクテリアが使用されていた例が599例(27.6%)と多く、そのうち61%は結核菌であった。DDHマイコバクテリアが他の方法と同時に行われていることが伺われた。

 全国的なサーベイランスが行われていないので、この結果が全国の耐性菌の頻度を示しているかどうかは不明であるが、同時期に届け出られた菌陽性例は全国で1万214例で、そのうち1644例(16.1%)がこの調査の対象となった。日常的に感受性試験の結果と臨床的な薬剤に対する反応が異なることを散見する。薬剤感受性試験の精度管理は難しいと言われているが、臨床医は薬剤感受性試験に基づいて治療方法を決定するのであるから、精度の高い試験結果が得られるように日常的に精度管理を行い、また全国的レベルで耐性菌サーベイランスができるような組織作りが望まれる。


Updated 00/08/29