「保健所における結核対策強化の手引き」解説

愛知県新城保健所長 犬塚君雄


手引き作成の趣旨

 保健所は地域における結核対策の中核的な拠点であります。定期検診や予防接種の実施状況の把握、結核患者の登録や保健指導、管理検診などの患者管理の実施、治療に関する情報の把握、定期外検診の実施などその活動内容は多岐にわたっています。こうした地道な活動や国民の生活水準の向上、医学・医療の進歩などによりわが国の結核は以前に比べかなり改善されてきましたが、平成9年の結核の統計において、新登録患者数が38年ぶりに、罹患率が43年ぶりに増加に転じました。これを受けて、厚生省は平成11年7月、「結核緊急事態宣言」を発表しました。その中で保健所に対して、「地方自治体におかれては、結核対策の最前線である保健所等の結核対策機能の強化、結核患者が発生した場合の危機管理の観点からの迅速かつ的確な対応、健康診断の実施の徹底等を図っていただきたい」と要請しています。保健所、都道府県関係者の結核に対する認識の低下、患者発生時の危機管理対応能力の欠如などの指摘に基づくものです。結核対策の原点が保健所活動にあることを再認識し、従来にもまして大きな役割を演ずることが期待されています。保健所が行うべき結核対策活動について、その望ましいあり方、効果的かつ効率的な結核対策が地域において推進されることを願ってこの手引きは作成されました。この手引きを活用して、行政関係者と医療関係者が密接な連携の下、予防と医療が相まった総合的な結核対策が推進されることを期待しています。

手引きのポイント

 この手引きは3部で構成されています。

第1部「結核感染に関する基礎知識」

 ここは保健所に勤務する結核対策に携わるすべての職員が理解しておく必要最低限の知識をまとめたものであります。結核の感染経路が飛沫核感染(空気感染)であることを正しく理解し、飛沫感染が主であるとして行ってきた感染経路対策を見直す必要があります。近年多用されている結核菌の核酸増幅法についてもその結果の解釈が述べられています。

 感染の危険性を感染源の状況、接触者の状況や接触の程度、環境因子に分けて考えると、最も危険性が高いケースは、感染源が未治療の喀痰塗抹陽性患者で長期間にわたり激しい咳を繰り返しており、接触者がBCG未接種もしくは免疫抑制状態にあり、空気の入れ替わらない狭い部屋で長時間にわたって感染源と接していた場合です。喀痰塗抹陽性でも咳を全くしていなければ感染の危険性はほとんどありませんが、咳をしている患者の部屋と空調がつながっていれば直接の接触が無くても感染する可能性があることに留意する必要があります。

第2部「保健所の結核対策関連業務と課題」
 多岐にわたる保健所の結核対策業務を表1に示すように九つの業務にまとめ、それぞれの業務の制度や目的等を述べるとともに、これら業務の実施に関して現状の問題点や留意点、今後取り組むべき事項を課題として述べています。各保健所で、業務ごとに現状及び課題への対応状況を再点検し、組織的に検討し改善すべき事項に取り組んでいただきたいと思います。

表1 保健所における結核対策の業務の概要

 結核患者の登録に関しては、発生届等の各種届け出が遅れる場合が見られることから、その届け出の必要性について、管内の医師等に対してあらゆる機会を活用して周知徹底を図ることが重要であるとしています。また、結核と診断された後、早期に死亡した事例や死後剖検で診断が確定した場合に見られることですが、人口動態統計等で結核患者の登録から漏れている事例を発見した場合に担当の医師に連絡し、生前活動性結核であった場合には必要な措置を講じなければなりません。このように保健所で得られるあらゆる情報について注意深く観察し、活用する必要があります。

 結核発生動向調査に関しては、このシステムが規格化された登録者の情報を中心としており、結核の疫学的、管理的問題のすべてを包含しているものではないことを認識し、都道府県市の発生動向調査委員会の機能を高めると共に、定期外集団検診の対象者が複数の保健所にまたがることが予想されるような場合には本庁の担当課や関係保健所と速やかに連絡をとり、情報の提供あるいは収集を行う必要があります。さらに今後、結核菌の同定、薬剤感受性検査所見、RFLP分析結果等の「病原体情報」や、集団感染に際しての「積極的疫学調査」による情報の収集・解析、その結果に基づく指導などに発生動向調査事業として取り組み、データの蓄積や結核対策上参考となる事例の紹介などを行う必要があります。

 管理検診に関しては、対象者を@総合患者区分が「病状不明」の者、A要医療の患者でありながら受療していない者(中断者を含む)、B経過観察を指示されている者などとし、その確認を年末などの特定時期に集中しないよう、計画的に実施する必要があるとしています。

 結核患者の医療に関しては、結核診査協議会の運営が必ずしも十分かつ的確でない場合があるとして、結核医療の専門家を多く加えたり、改組して高い専門性を有する協議会となるよう努力すべきであるとしています。保健所長は公費負担申請書の記載事項を事前にチェックし、菌検査結果(特に培養検査)や薬剤感受性検査成績、受療状況や服薬状況など診査に必要な情報が不足している場合には保健婦等を通じてその把握に努め、診査会に情報提供すべきです。

 家庭訪問に関しては、地域によって家庭訪問の実施状況に著しい格差が見られることから、特に初回訪問については可能な限り早期に、患者本人に対して行うことが必要であるとしています。結核患者の治療、特に外来治療に当たる医療機関において患者が規則的に受診をしているか否かについて密接な連絡体制を設け、患者の受診が不規則になったら速やかに適切な指導を行い、必要かつ適切と思われる場合にはDOT体制(毎日通院による服薬指導)なども医療機関と協議の上で導入することを検討すべきであるとしています。また、保健婦等の人員の確保が十分でなかったり、結核病床の統廃合により入院先の病院が遠隔になる事例も見られることから、患者との直接の接触を図る上で、保健所内の体制整備や保健所間の連携が重要であります。

 地域結核対策計画の立案、評価に関しては、著しい地域間格差に鑑み、罹患率等の疫学的指標と共に、各都道府県や保健所別に結核対策の実施状況の格差を調査、認識し、その結果に基づいた地域結核対策計画を立案、評価していくことが重要であるとしています。

 結核対策の普及・啓発に関しては、医師会をはじめとした関係団体に対して、結核関連情報の積極的な提供を行うほか、健康診断や予防接種の機会を捉え、一般住民に対する結核に関する知識の普及、集団感染の発生などに際して、関係者の結核に対する正しい認識を深める必要があります。さらに結核緊急事態宣言による国民の結核に対する関心の向上を一時的なものにするのではなく、継続していくために、各都道府県等や保健所において、より住民に密着した普及啓発活動が求められています。

第3部「結核の積極的疫学調査」

 結核感染を受けた可能性のある者の確認とそれらの者に対する適切な措置について、従来より積極的かつ包括的な保健所活動として取り組むことが重要と考えられることから、初発患者の家族等の身近な者を対象として実施する「接触者検診」と、結核集団感染の可能性を視野に入れて学校や職場の者を対象として実施する「定期外集団検診」の両者を含んだ概念として「積極的疫学調査」を位置づけ、初発患者調査、接触者検診の範囲と時期の決定、定期外集団検診の要否の検討などの実施の手順を記述しています。今まで用いてきた「結核定期外健康診断ガイドライン」を全面的に改定したものであります。

(1)初発患者調査

 初発患者調査は、接触者検診や定期外健康診断の企画及び実施、感染源や感染経路を究明する上で、極めて重要な調査であることから、特に塗抹陽性肺結核患者で感染危険度が高いと判断される場合は、医療機関や関係施設(職場、学校、福祉施設等)も対象に含めた詳細な調査が必要です。調査を行う上でのチェックポイントを医療機関から情報収集を行う場合と患者や家族から行う場合に分けて表2にまとめられていますので、参考にしてください。

表2 初発患者調査(医療機関からの情報収集)のチェックポイント

(2)接触者検診

 接触者検診の重要度については、従前のように、化学療法開始前のガフキー号数に咳の期間(月数)を乗じて、感染危険度の指数を算出する方法で行います。指数の値が10以上ならば、周囲への感染の危険が極めて大きいので、接触者検診の重要度は「最重要」となります。接触者の重要度ランクは、接触の度合いに応じて「最濃厚接触者」、「濃厚接触者」及び「その他の接触者」に分類されています。従来「家族」と分類されていたものを、より分かりやすい例示をつけて「最濃厚接触者」としています。

 接触者検診の目的は、@感染者の発見と発病予防(化学予防)、A発病者の早期発見、B感染源の把握の三つです。初発患者からの他の者への感染が疑われる場合、感染の可能性が高いと考えられる対象者の検診を優先し、初発患者の感染性の大きさを推定しながら接触者検診を進めます。例えば「最濃厚接触者」で患者や感染疑い例が発見されなければ、接触者検診の範囲はこれ以上拡げません。しかし、このグループから患者あるいは感染者が発見されれば検診の範囲を次の接触頻度のグループである「濃厚接触者」に広げる必要があります。このように接触者検診は初発患者を中心に、発病者や感染者の発見状況を見ながら同心円状に範囲を設定して実施します。発見された患者が29歳以下の場合のように、周囲の人から最近感染を受け発病した可能性が高い時には、感染源追求のための接触者検診も忘れてはなりません。

 接触者検診の具体的な対象や実施時期、内容については表3にまとめられています。従来のものと比較しますと、表題にカッコ書きしてありますように、感染者追求のための措置についてが主な内容となっています。接触者の年齢区分は乳幼児に対しより慎重に対処することと、実際に扱いやすいように、6歳までの乳幼児、小・中・高校生、大学生・成人の3区分とし、初発患者の重要度ランク別に、登録直後から、1ヵ月後、6ヵ月後、1年後、2年後のそれぞれの時点での具体的な検診内容が記載されています。初発患者の登録が大幅に遅れた場合の対応や、表中に「不要」とある接触者の間で二次発生例が出ているような場合には、積極的な検診が望まれます。

表3 接触者検診の対象、時間及び内容
(感染者追求のための措置について)

 ツ反応検査については、最近では30歳代でも結核未感染者が9割以上なので、感染危険度等の実情に応じて、その対象を29歳以下に限定せずに、30歳以上にも実施する価値があります。化学予防を実施する場合、30歳以上は公費負担の対象にはなりませんが、水疱等の副反応が見られる場合には積極的に化学予防を実施すべきと考えています。

 胸部X線検査については、結核感染を受けてから最初に発病が認められる時期に、BCG既接種者、BCG末接種者、免疫不全者では異なることが報告されており、接触の頻度と合わせて、接触者検診を2回目以降も含めて、いつ、どのように実施するか計画するときに注意が必要です。

 接触者検診の事後措置で注意すべき事例として、BCG未接種の乳幼児が「最重要」とされる初発患者と接触している場合には、届け出1ヵ月以内に行ったツ反応検査結果が陰性でも化学予防を開始することを検討すべきであり、2ヵ月後の再検査で陰性の者には、従来「化学予防は中止するが、すぐにBCG接種を行うことなく、さらに2ヵ月後にツ反応検査を行った上で最終判断を行う」としていましたが、現実的でない事例もありますので、「そのまま合計6ヵ月になるまで化学予防を継続する」こともよいとされました。

(3) 定期外集団検診(集団感染対策)

 集団感染対策として定期外集団検診については、@塗抹陽性肺結核で多数の者(特に若年者)と接触のある患者の発生届を受理した場合やA同一集団から2人以上の結核患者の発生届を受理した場合には、より詳しい情報を集め、保健所内で定期外集団検診検討会を開催し、定期外集団検診の要否や方法を決定します。詳しい調査を要する主な場合として児童、生徒、学生等やデインジャーグループが例示されていますが、特に、精神病院をはじめとする医療施設、老人の入所施設、刑務所等における結核集団感染が多発していることに鑑み、これらの施設に入院・入所中の者が塗抹陽性肺結核と診断され、かつ、発見が大幅に遅れていた場合には、他の入院・入所者及び職員への集団感染の有無を調査する必要があります。初発患者の調査がおおむね完了した時点で、保健所長は、所長以外の保健所医師、結核対策所管の課長、担当保健婦など内部の関係者と定期外健康診断の要否について検討会を行うことが重要です。初発患者の居住地の保健所と問題となる施設や事業所の所在地の所轄保健所が異なる場合には、当然双方の保健所が情報交換を行う必要があります。定期外集団検診の要否は初発患者の排菌状況、咳の期間、被曝露集団の性質などを勘案して決めます。感染危険度指数が10以上なら原則として集団検診が必要、0.1〜9.9の場合もおおむね必要でありますが、0の場合には被曝露集団が未熟児、新生児、抵抗力の弱い人々の集団などの場合を除いて、集団検診は不要です。表4に原則的な考え方を示しましたが、「要検討」、「ほとんど不要」、または「不要」とされた場合でも、被曝露集団に既に発病者が見られる場合、感染危険度指数の算定に不確実な者がある場合などには、より積極的に考える必要があります。学習塾・予備校等の場合においては、被曝露集団の属する年齢を考慮し、表4を適用します。さらにBCG未接種の乳幼児の多い集団・施設、免疫抑制状態の患者が多数含まれる集団などについては年齢によらず慎重に考える必要があります。

表4 定期外集団検診要否決定の考え方のポイント

 結核集団感染の可能性があると考えられ、定期外集団検診を行うことを決定した場合には、保健所以外の関係者や専門家にも参加を求めて対策委員会を設置し、検診対象者への説明、担当部局への報告を行うとともに、検診の対象範囲を決定します。

 定期外集団検診の実施に当たっては、個々の対象者の過去のツ反応検査成績やBCG接種状況が今回の検査結果の解釈に極めて重要であることから、可能な限りその把握に努める必要があります。BCG既接種者では、個人のツ反応検査のみで感染の有無を判定することは不可能ですが、集団にツ反応検査を行い、その分析を行えば、集団感染の有無の判断ができる場合が多くあります。ツ反応検査の実施時期は、初発患者の「感染危険度」、接触者への「感染曝露期間」、及び接触者の「年齢」や「BCG接種歴」に応じて計画します。主に29歳以下を想定してツ反応検査を行うべき時期の概略についても、6歳までの乳幼児、小・中・高校生、大学生・成人の3区分でより具体的に記載されているので、参考にしていただきたいと思います。なお、実施に当たってはツベルクリンアレルギー前期やブースター効果について留意する必要があります。

 ツ反応検査の結果は、結核予防法では発赤長径と判定結果〔(−)、(+)、(++)、(+++)〕及び二重発赤、水疱、壊死の有無を記載することとなっていますが、できれば硬結径もミリメートル単位で測定し記録しておく必要があります。

 ツ反応成績の解釈に当たっては、@ツ反応発赤径の度数分布を作り、さらに可能なら、A前回のツ反応発赤径と今回のツ反応発赤径の散布図を作って分析するとよいでしよう。

 このような分析によって集団感染があったか否かを推定した後に、対象者個々人の感染の有無を判断するのが基本です。@では二峰性分布が見られるか否かを検討し、二峰性分布が見られれば、集団感染の可能性が大きく、Aでは、前回のツ反応と今回のツ反応の大きさの差が20ミリ以上で、かつ、今回30ミリ以上の発赤を示す者は、感染を受けた可能性が高いといえます。これらは、ツ反応検査実施者総数で分析するだけでなく、接触状況、学級別などに分けて分析すると、結果はなお明瞭になります。

 最初の定期外検診の際には、ツ反応検査の結果から結核感染が疑われ化学予防が指示された者は当然のこと、化学予防の対象には含めなかったが感染の疑いを捨てきれない者も含め、ツ反応検査の発赤長径が10ミリ以上の者全員を胸部エックス線検査の対象とします。ツ反応検査を行わなかった場合には、接触者全員を対象とします。

 BCG既接種者では、胸部X線写真で最初に発見される異常は、感染の約6ヵ月後から認められる結核性胸膜炎あるいは肺結核症がほとんどです。従って、初発患者の発見後6〜12ヵ月後の胸部X線検査が極めて重要となります。

 最初の定期外検診の結果、接触が軽微と思われるものから多数の化学予防の指示者が出るなど、集団感染拡大のおそれがある場合には、定期外検診の対象範囲を拡大する必要があります。

 結核発病は感染の一定期間後に起こることが大部分なので、感染を受けた者、感染の疑いがある者については、患者の感染危険度等に応じた時期(初発患者登録の約6ヵ月後、1年後及び2年後)に胸部X線検査を行うことが望まれます。

 なお、定期外集団検診の対象となった人々には、有症状時の受診の大切さを徹底しておくことがさらなる感染拡大防止に重要です。

手引きの活用について

 この手引きは作成の趣旨でも述べましたが、保健所が行うべき結核対策が効果的、効率的に実施されることを願って作成されました。基礎的な知識から結核業務、接触者検診、定期外集団検診にいたるまでかなり具体的に記述されていますが、機械的な対応では必ずしも十分とはいえない事例も予想されます。手引きに示された内容をそのまま適用するのではなく、1例1例検討するときの参考書として本手引きが活用されることを願っています。

 

Updated 00/08/29